彩しい猫

莉夏

プロローグ

プロローグ

 21世紀の群馬以上東京未満の都市の公園に巨大な怪物が現れた。病院の近くにある公園であり、病院の高い階の病室からもかなり明確に怪物の姿が見られた。

 平和ボケなのか。戦時中を生き延びなお現在も生きている者は少ない。だからほとんどが命の危険にさらされたことがない。故に我々は身長3メートルの怪物をただ見上げるしかなかった。別にその日人類は奴らに支配されていた恐怖を思い出した訳ではない。鳥籠に囚われてなどもいない。陸地のほとんどを支配し、地球の王となっていた人類に歯向かうように、黒い体毛で覆われた怪物が現れたのだ。怪物は一度轟音のような声で叫び出すと、街の人々はようやく身の危険に気付き逃げ出した。しかし中には逃げることすら思わない者もいる。怪物の出現の衝撃で建物や車両は吹き飛ばされ、その下敷きになった者、そして知り合いの死を目の前で見た者はその場から離れもしなかった。


 そんな中、重紙かさねがみともしも唖然としてその場を立ち尽くしていた。

光梨ひかり……」

 妻の名前を音にもならない声で呟きながら怪物に近付いた。


「おいアンタ! 早く逃げないと潰されちまう!」

 後ろから肩を強く叩かれ灯はハッと我に返った。

 話しかけて来た若い男を見ると、彼は鉄製の刀を持っている。この怪物に立ち向かう気か。

「君は……」

 よく彼を見ると何やら風貌が一般人と異なっている。その上、何か不思議なオーラを感じる。

 そうだ、俺は神社の神主でありオカルト現象の専門家だった。私だって怪物の動きを止めるくらいできる。私は胸ポケットから20cm×7cm程の護符を取り出した。

「アンタ! 奴に立ち向かう気か!?」

 男はそう灯に言ってきた。

「ああ。ここは……俺の地元だ」

 灯は護符を片手に怪物へ向けて走り出した。

 怪物はこちらの動きに気付くと左手の平を天に向けた。怪物は手の平上で巨大な蜂蜜色のチューリップのような花を作り出した。その花の花びらが散り地面に付くと、そこから爆撃が発生した。

 怪物は残りの花びらを灯に向けて飛ばしてきた。

 灯は爆撃と爆風をかわしながら近付いた。

 しかし、後ろからものすごい速さで先ほどの男が追い越してきて、その男は刀で怪物の足に傷を付けた。


「はやっ!」

 灯は彼の現実離れした動きに驚きながらも怪物の足元に近付いた。そして護符を右足に貼り付けた。この怪物は顔を除いてほぼ全身が体毛で覆われており、貼り付きが悪かった。

「アンタのお札……。まさか、紙神社の……?!」

 男はそう言ってきた。

「ああ、そうだ。とりあえず奴の修復力を下げさせた。あとはとりあえず、街への被害が広がらないようにしててほしい」

「被害を抑えるってか? ……くそっ、とりあえずできるだけやるよ」

 男は軽くジャンプしウォームアップを済ませると、右手は刀で塞がっているため、左手と両足だけを駆使して近くの電柱をよじ登った。

 怪物は相変わらず蜂蜜色の花を手の上で咲かせては、周囲に投げ飛ばし爆発させている。

 ここまで時間がかかると周囲の人々は皆避難を終えていた。

 そこで怪物は被害の拡大のためか移動を始めた。


「こっちだ化け物!」

 男は電柱の頂上から怪物の肩目掛けて飛び乗った。そしてそのまま異次元のバランス感覚で怪物の上を走り右目を上から右頬にかけて縦に一本斬った。男はそのまま地面に落下していたがうまく着地した。

 怪物は右目を抑え蹲った。


 そして灯は魔導書を取り出し開いた。

 この魔導書はこの怪物の身体に含まれるオーブを全て吸い出した。


「おい重紙! 封印するつもりかよ! 殺さなくていいのか!?」

 男は刀を鞘に収め、灯の元へきた。

 怪物は少し水分を失ったように萎れると、そのまま一瞬にしてオーブを放出して消え去った。そのオーブはものすごい勢いで魔導書の中に入った。

 灯はオーブが全て入ったのを確認すると、魔導書を閉じた。


「こいつが出現した原因を探るときが来るかもしれない。これは保管だ」

 灯は言った。

「でもこのあと警察とか来るよな。あの怪物なんて写真撮られただろうし、ネット上で今頃拡散されていると思う。どうやって説明すんだよ。封印だなんて言えるのか」

「いやすぐヅラかる。君も早くここから去ったほうがいい。……あ、えっと、協力してくれてありがとう」

「それは、どうも」

「君のお名前は?」

「……両木ふたぎです」

「両木……さん。君はまさか──」


 両木。そう名乗った男はその場から立ち去った。


 そして、この封印された怪物こそが「私」である。

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