第3話 狼の王様はわたしが助ける!

「父様……どうしたんだ⁉ どこか怪我でも――」

「怪我は……治ったんだけどなぁ(こんな姿、息子には見られたくなかったなぁ)」


 そんな大きな狼さんから、またしても声が二重に聴こえた。

 来牙くんは慌てて大きな狼さん……お父さんに駆け寄っている。


 来牙くんのあんな悲しそうな顔、初めて見た……。


 思わず絨毯の真ん中で見ていることしかできないわたしに、話しかけてくれたのはオシャレなスーツのような恰好をした青い髪の若い獣人さんだった。すごーく背が高い。


「失礼ですが、ライガ王子の人間のご友人だと……」

「あ、はい。恵川胡桃といいます!」


 慌てて頭を下げたわたしに、その人も優雅にお辞儀をしてくれた。


「私はフェンリル王の側近を務めます、リュコスでございます」


 いかにもファンタジーな名前に「リュコスさん……」と繰り返すと、リュコスさんはにっこりと微笑んでくれる。そして、チラリと来牙くんたちを見てから教えてくれた。


「王は先日大きな怪我を負った時から、熱が下がらないのです」

「でも、怪我は治ったって……」

「我ら獣人は人間より回復が早いのです。それは王なれば一層のこと。だからこそ、今回の長引く熱は何らかの毒や病の可能性があり、特別な治療薬が必要なのですが……」

「おくすりはそんな手に入りにくいものなんですか?」


 わたしが尋ねると、リュコスさんが困った顔をする。


「医師が言うには『輝き花の雫』さえあれば治ると。ただ、その花は断崖絶壁の中腹にあり、四足の狼姿はもちろんのこと、このような人型になりましても大人の体格では足場が狭くて――」

「待て、リュコス!」


 ずんずんと来牙くんが大股で戻ってくる。

 喉の奥でグルグルと唸りながら、来牙くんはあからさまに怒った様子だった。


「その話をどうしてこいつに言う必要があるんだ? まさかおまえ――」

「はい、クルミ様に取りに行っていただこうかと」


 次の瞬間、にっこりと笑うリュコスさんの胸倉を、来牙くんは思いっきり引っ張っていた。


 来牙くんが……わたしのために怒ってくれている?

 そのことはとても嬉しい。だけど……。


 私は勇気を振り絞って聞いてみた。


「その花の場所へは、わたしだったら行くことができそうなんですか?」

「クルミ様は小柄ですし、これ以上の適任はいないかと存じます」

「それなら、行きます」

「胡桃っ!」


 来牙くんに名前を呼ばれたのって、いつぶりだろうな。

 だけど、今は喜んでいる場合じゃないや。


「だって、その花がないと来牙くんのお父さんは治らないんでしょ? だったらわたし、行くよ――笑っているだけじゃ、病気は良くならないからね」

「でも……(おまえに怪我されたらと考えると怖いよ)」


 もう、そんな悲しそうな顔でわたしのこと見ないでってば。

 それに、不思議な二重の声が、来牙くんの思っていることだとしたら。


 より、がんばるしかないって気持ちになっちゃうよね!


「任せて! わたしがバビューンとおくすり持って帰ってきちゃうから!」


 わたしが笑顔で、自分の胸を叩いてみせた。




「すごいすごーいっ!」


 わたしは大きな狼の背に乗って、風を切っていた。

 この車より大きな青い狼さんが、リュコスさんの本当の姿なのだという。ビュンビュンと森や草原の中を駆けていると、周りの草木がわたしたちを避けてくれているみたいに思えた。


(喜んでいただけて何よりです)


 狼の姿になると、直接言葉がわからない。

 だけどなぜか聞こえる声がリュコスさんのものだとしたら、わたしの反応で悪い気にはさせていないようである。


 ただし、後ろに座る来牙くんは除いて。


(こいつ、今から何するのかわかっているのか?)


 口に出して言われないけど、背中に刺さる視線でも呆れられているのがわかる。

 それが居たたまれなくて、わたしは来牙くんに話しかけた。


「来牙くんもこんな大きな狼さんになれるの?」

「なれない……俺はハーフだから」


 ハーフといえば……普通に人間でもあるよね。外国人のお父さんを持つクラスメイトもいるもの。来牙くんのお父さんは、見ての通り狼さんだから、つまり――


「母さんが、普通の人間なんだよ。昔、父様が日本に遊びに来ていた時に知り合ったらしい」

「えーと……そんな簡単に行き来できるようなものなのかな?」

「王族の血を引く者だけ、異世界と行き来できる能力があるんだ。使命があるからな」

「国を治めることではなく?」


 わたしが質問を重ねていたら、来牙くんが一瞬口ごもる。

 だけど、彼はつづけた。


「異世界の聖女を探してくること」

(お話の途中ですが、着きましたよ)


 その時、リュコスさんがバフンとひと鳴きして、足を止める。


 潮風が気持ちよかった。崖の下を見下ろせば、白波が崖にぶつかり弾けている。

 そんな海辺の崖には、たしかに人がひとり通れるかなってくらいの細い下り坂があって。たしかにあの細さでは、四つ足の狼が向かうのは難しそうである。


 今からわたし、あそこを一人で歩いていくの?

 ごくんと口の中に溜まった唾を呑み込んだ時だった。


 来牙くんがぶっきらぼうに告げてくる。


「やめれば?」

「やめないよ」


 行く。わたしはやり遂げてみせるんだ。

 だって、今もこうしてわたしの心配をしてくれる来牙くんのためだもの!

 わたしが昔経験したような思いを……来牙くんにさせてたまるか!


「それなら……」


 すると、来牙くんがひょいっと先にリュコスさんから飛び降りる。

 そしてわたしに向かって両手を広げた。


「ほら」


 え、待って?

 その「ほら」って……胸に飛び込んで来いってやつ?


 そんなの恥ずかしいよ⁉


 わたしがもじもじしていると、来牙くんが不機嫌な顔をした。


「この高さ、おまえじゃ一人で下りれねーだろうが」

「でも……」

「それとも、俺じゃ力不足か?」


 そんなわけない!

 こうなりゃ……覚悟を決めてやる!


 わたしは「えいっ」とリュコスさんから飛び降りると、来牙くんが宣言通りに受け止めてくれた。当たり前のようにすぐに下ろされるけど、緊張したなぁ……。


 わたしが胸を撫で下ろしていると、来牙くんが「どうした?」と聞いてくる。

 だからわたしはにっこりと笑顔を返した。


「なんかもう、崖なんてぜんぜん緊張しないなって思って」


 だって、これ以上心臓がドキドキすることってなさそうだもん!


「よーし、行くぞー‼」


 わたしがこぶしを掲げていると、後ろから(おやおや)とリュコスさんがクスクス笑う声が聞こえたような気がした。

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