11

「私と加藤愛梨ちゃんは小学校からの幼馴染です。最近では部活でしか顔を会わさないけど……小さい頃はよく一緒に遊んでました」

 山下成海は椅子に座り、訥々と語り始めた。加藤愛梨は不貞腐れたように椅子にもたれ、窓の外を見ている。日が暮れており景色などはもう何も見えない。

 山下の声は小さく弱々しい。俺たちは一言も聞き漏らすまいと、彼女の言葉によく耳を傾けていた。

「昔から愛梨ちゃんは男の子からも女の子からも人気でした。綺麗で明るくて、頭も良くて元気な女の子で、私はそんな彼女に憧れてました。友達が少ない私を見かねてなのか……それとも、ただの人数合わせだったのかは分からないけど、遊びの輪の中に無理矢理入れてもらって本当に嬉しかった」

 山下は加藤の方を見るが、加藤はその視線を受け止めてはいない。

「でも中学校に入ってからは、やっぱり愛梨ちゃんはやんちゃな、といっても不良とかではないけど、とにかく目立ってて誰も何も言い返せないような人たちといることが多くなって、私はその輪の中には居られなくなりました。もともと生きる世界が違ったんです。その状態が普通だったんです。だんだん私は愛梨ちゃんとは以前のように話したり、ましてや遊ぶこともなくなりました」

 よくある話だ。自分自身にも身に覚えがあるような気がする。

「同じ高校に入ったのは知っていましたが、放送部で一緒になるとは思いませんでした。愛梨ちゃんは前よりもキラキラしてて、ちょっと怖いような気がして戸惑ったけど、次第に嬉しさが勝りました。また前みたいにとは言わない。それでも普通にお話出来たらと思ってました。でも……」

 この時初めて、ちらと加藤が山下の方を見る。その視線はとても冷たいものだった。

「幼馴染でしょと言い、愛梨ちゃんは私に飲み物やお弁当を買いに行かせたり、放送部の仕事や友達への伝言を押し付けて来たりと、まるで私は彼女の召使いでした。今更こんなことを言うだなんて、自分は卑怯な人間だと思います。ただ私はそうすることで、彼女と繋がっていられると思っていました。これだけ尽くしてるのだから、あの頃の愛梨ちゃんがいつか戻ってくる、病的なほどそう信じてました。だから……鈴木先生を殺そうと聞いた時、強く反対出来ませんでした。彼女に嫌われるのを恐れるあまり、善悪の判断が鈍っていたのです。そして、言われるがまま先生を殺しました」

 そこまで一気に言うと、山下は皆に向かい一度頭を下げた。

「私は馬鹿な女です。鈴木先生が死んでことの重大さ、自分の罪深さをようやく知ったのです。

 犯行を終えて図書室の様子を見に行った時、柊さんに声をかけられて、全てが露見したと思いました。でもその一方、どこか安心していました。ああ、やっと終われる。でもそうではなかった。結局、私は愛梨ちゃんに言われるまま沈黙を貫き、私なんかに優しくしてくれた、北川くんが警察に連れて行かれるのをただ見ているだけでした。

 何を言っても、この先どんな贖罪をしても許されることではないでしょう。でも……本当に申し訳ありませんでした」

 山下は声を震わせ改めて深々と頭を下げた。北川は信じられないというふうに、頭を抱えている。無理もない、好きな人が恩師を殺した犯人だったのだ。

「山下さん。このコードリール、粗大ゴミのコンテナに入れるはずだったんでしょ?」

遥は聞いた。山下はわずかに頷く。

「みんな学園祭のゴミはそこに捨てる。翌日業者が引き取りに来るからそこに入れておけばいい。でもあなたはそうしなかった……。被害者の打撲痕と一致する鈍器が放送室内にあるなんて都合が悪い。しかも近々警察が来るかもしれない。なのにあなたはこれを放送室に置きっぱなしにしていた」

遥は推理の続きを披露しているのか。それとも山下が事件当時から加藤に完全服従してはいなかったということを、言いたかったのだろうか。

「そうか……。それで加藤くん、これに対して何か言いたいことはあるか?」

 桜木警部は加藤に聞いた。

「……全部、あんたのせいよ」

 小さく加藤は呟く。

「せっかく……せっかく考えた計画が。もう少しで北川が捕まって終わりだったのに」

「そうは行かないわよ。警察はあなたと川上くんたちを疑っていた。北川くんから何も情報を引き出せなかったら、いずれあなたたちの番だったのよ」

 堪えきれない、というように遥は言った。腕を組んで加藤を見下ろす。その横に桜木警部が来た。

「それで、どうなんだ? 鈴木勲さん殺害について、柊くんの推理に対して何か言いたいことはあるか?」

「いいえ、全部彼女の言う通りよ。まるで見ていたようで恐ろしいくらいだわ」

 加藤はヘラヘラと遥を見返す。

「殺害動機は?」

「邪魔をされたからよ。あいつを殺す前日、廊下でみんなとSNSに投稿する写真を撮ってたのよ。片付けの時間だったのはたまたま。別にサボるつもりなんてなかったわよ。なのにあいつ頭ごなしに喚き散らして……。もうみんなしらけちゃって、せっかく盛り上がってたのに全部台無しにされた。それで腹が立ったから殺したのよ」

「それだけ……! それだけなのか⁉︎」

 思わず俺は叫んでいた。先生に怒られて腹が立った。そんな幼稚でくだらない理由で人を殺せるというのか⁉︎

「ええ、悪い?」

「そんなの……お前」

「まあ、待て津田くん。それで犯行当日はどうやって鈴木先生を?」

 桜木警部が片手を上げ、俺の言葉を制した。

「鈴木は三年生の担任だから、三年生の教室近くで待ち伏せしてたの。良くしてくれる先輩もいたし、いても誰も何も言わなかったわ。

 鈴木は自分のクラスの準備が終わると職員室に戻りそうだったから呼び止めたのよ。なんであんなこと言ったのか、分かんないけど昨日はごめんなさいってとりあえず謝った。あいつと話すことなんてないしね。そしたらあいつ、何のことだ? なんて言うの。それで怒られたこと説明したら、なんだそんなことかって笑うのよ。一瞬、殺すのはやめようと思ったわ。でも次の瞬間にはまた怒りが湧いて来たのよ。私はこんなに腹が立ってるのに、どうしてこいつはこんなにヘラヘラしてんだろうって。

 昨日のことは申し訳ないけど、私もまだ言いたいことがあるって言って十二時半に図書室に来るよう言ったわ。そしてベランダに出て、適当に怒られて反省する振りをしたわ。

 そしたら満足したのか、じゃあ戻るって言うの。戻す訳にはいかない。ベランダの真下にある、あれ何かしらって指差したら首を出して……あとは柊さんの方が詳しいわ」

 途中から加藤は興奮気味に話していた。その時の怒りが再燃してるのか、それとも自身の行いを正当化しようと苦心しているのか。

「……そうか」

 桜木警部も言葉を失ったようだった。しばしの沈黙。すると、

「……んなよ」

 北川が静かに何か言ったかと思うと、椅子を弾き飛ばして立ち上がる。

「ふざけんなよ! おい! そんなくだらない理由で鈴木先生を殺したっていうのかよ‼︎」

 加藤に飛びつこうとする北川を警部と部下が取り押さえた。

「離せ! 殺してやる!」

 北川は狂ったように身を捩り、吠える。

「私だってやめようかと思ったわよ! でも川上くんたちに鍵を盗ませて、成海に協力するよう脅した手前、引き下がれる訳ないじゃない‼︎」

「じゃあ、てめーのくだらねー見栄のために山下さんも巻き込んだのか⁉︎」

「成海も同罪よ! 私ばっかり責めないで!」

 皆の帰った校舎に二人の怒声が響き渡る。

「全部お前が始めたことだろ!」

「じゃあどうすれば良かったのよ⁉︎」

「死ね! ここで殺してやる‼︎」

「もういい黙れ‼︎ おい、パトカーをもう一台だ!

 加藤くん、君にも来てもらうぞ! いいな? よし、そこの彼に着いて行くんだ」

 桜木警部が言うと、加藤は逃げるように刑事の元へ駆けていき、やがて足音は消えた。

 北川が落ち着いて来たので、取り押さえる手は緩められた。北川は床にへなへなと座り込み、うずくまる。

「……ごめんなさい。北川くん、本当にごめんなさい」

 山下がそう言うと、北川は上体を起こし彼女の方を見たかと思うと、再びゆるゆると床にくずおれた。

「なんでなんだよ……。なんで君なんだよ……‼︎」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 山下成海と北川大樹。互いに惹かれ、想い合う二人は涙ながらにそんな言葉を繰り返していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る