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 学園祭最終日。朝礼が終わると俺たちは早々に縁日の準備を済ませ客が来るのを今や遅しと待っていた。

 案の定、川上たちはもちろん、昨日当番が回って来なかった生徒たちに追い出される形となり俺と北川は四組から離脱した。

「今日も俺たちはお客さんか」

「いいじゃねーか。お前は山下さんとデート出来るんだし」

「それが出来ねーんだよ」

 北川は天井を見上げる。

「昨日、放送部が校内放送でラジオやってただろ? 今日は山下さんがパーソナリティだから準備のこともあって朝から放送室に篭りっきりなんだよ」

「そうかじゃあ野郎二人で周るか」

 俺たちは校舎内を散策することにした。といっても出し物はどこも昨日と同じで、特に目新しさはなかった。途中腹が痛いと北川がトイレに入った。思いの外長引きそうだから、一人で周ってくれと言われたので、そこから三十分ほどしばらくぶらぶらしていると、廊下の先に遥を見つけた。すると向こうもこちらに気付いたようで慌てて駆け寄って来る。

「敬介何してたの! 早く図書室に行くわよ!」

「図書室……? あ、しまった!」

 この時、ようやく俺は昨日の京子との約束を思い出した。十三時半に図書室でビブリオバトルの準備を手伝わなければならなかったのだ。近くの教室の時計を見ると時刻は十三時半に迫っていた。俺は遥とともに二階の図書室へと駆け出した。


 *


 図書室の前には京子、図書委員の一年生、吉川由紀よしかわゆきがいた。

「ごめんね京子ちゃん。敬介がバックれようとしてたから」

「違うよ、ちょっと忘れてただけだよ。ごめんね里見さん」

「いえ、私も今来たんですけど鍵がかかってて……」

 遥が図書室の引き戸に手をかける。横に力を入れるが動きそうにはない。

「本当だ。朝から誰も使ってないの?」

「多分。学園祭期間だから誰も来ないだろうし、先生はビブリオバトルの準備までは閉めてていいって。今、加藤さんに鍵を取ってきて貰ってます」

 京子が言う加藤さんというのは、加藤愛梨かとうあいりという俺と同じ四組の女子生徒だ。

「加藤さんもビブリオバトルに?」

 加藤はどちらかというと、川上たちの一派で俺の中では読書とは縁遠いイメージだった。北川が苦手としている女子生徒の一人だ。

「いいえ、たまたま通りかかって私と吉川さんが鍵を取りに行こうか話していたら、自分が取って来るって行ってくれたんです」

「へー、案外優しいところもあるんだな」

 俺は加藤愛梨の性格が悪そうな顔を思い浮かべた。

「おい敬介、ここにいたのか」

 背後から声がした。振り返ると北川がこちらに走って来ていた。

「よう、どうした? 腹は大丈夫か?」

「いや、それがあの後すぐ、すっかり治まってな。でお前探しても全然見つからない」

 北川はこちらに憎々しげな視線を飛ばす。

「柊さんに聞いたら図書室に行くって言ってたから、俺さっきここ来たんだぜ? そしたら誰もいないしよぉ」

「すみません、私たちもさっき来たばっかりで」

 京子は申し訳なさそうに言う。

「いや、里見さんは悪くないよ。見つけてもらって悪いが俺も今、暇じゃなくなった」

「どうせ暇なら北川くんにも手伝ってもらう?」

 遥が京子に聞いた。

「ええ、いいですけど北川くんは大丈夫ですか?」

「ああうん、いいよ。どうせ暇……だし」

 北川の表情が固まる、視線の先を見ると山下成海がいた。

「あ、噂の山下さん」

 遥が空気の読めないことを言う。

「え、私が⁉︎」

「昨日の投球は見事だったわね」

「あ、ああそれはどうも」

 昨日のストラックアウトを見られたのが恥ずかしいのかそれとも北川がいると思わなかったのか、やや取り乱している。

「ところで山下さん。今は休憩?」

 北川は遥を制して言う。

「う、うん。準備も終わってもうすぐ放送始まるし今のうちに飲み物とか買ってこようかなぁと思って」

 俺たちはそのまま話しているとようやく加藤がやって来た。

「お待たせー鍵持って来たよー」

「加藤さんありがとうございます」

 京子が礼を言う。

 加藤愛梨はすらっとしており、顔も派手で美人の部類に入るだろう。北川が加藤を苦手としているなら好対照の山下に好意を抱くのも分かるような気がする。

 だが、と思う。今見て思ったが加藤は背が高いという印象があったが北川の隣にいると、やはり背が低い。顔の印象で背丈を誤認するようなこともあるのだなぁと考えていた。

「早くしよう。ビブリオバトルは十四時からだろう?」

 北川がやや嫌味を込めて言うと加藤はムッとした。

「ごめんなさいね、事務室がどこか分かんなくて」

「まあまあ、愛梨ちゃん私たちもラジオがあるし準備しよ。私飲み物買って来るね」

 山下がそう宥める。

「へー加藤って放送部だったのか」

 意外だった。このタイプは大体運動部か帰宅部だ。

「うん、普段の校内放送はあんまりやってないからね。体育館で音響とかスライドショーの手伝いするぐらいだけど。学園祭だしみんなで出ようってことで、成海と今日のパーソナリティを務めるわけよ。

 てことで、成海行くか。じゃあそのなんとかバトル頑張ってねー」

 そう言うと、二人は放送室へと向かった。後で知ったが放送室は三階にあり、図書室と同じ棟にあるらしい。


 *


「さて、じゃあこっちも準備を始めましょう」

 京子は鍵を開けると俺たちは図書室へと足を踏み入れた。

「うわ、暑いなぁ、早く冷房つけよう」

 北川がカッターシャツの胸元を扇ぐ。この季節はまだ残暑が厳しい。

「はい、今つけます。吉川さんみんなに椅子と机の配置を教えてあげて」

 俺たちは吉川の指示に従い、ビブリオバトルの会場を設営した。といっても机と椅子を並べるだけなうえ、北川も加わったので準備にそれほど時間は掛からなかった。なので俺たちはしばらく椅子に座りのんびりしていた。

「あとは出場者と審査員の先生たちが来るのを待つだけですね」

 京子が満足したように言う。

「そういえば、ここのベランダから書道部のパフォーマンスが見えるらしいな」

 俺は言った。図書室のベランダからは中庭が見下ろせる。今日はそこで書道部の書道パフォーマンスというものが行われるらしい。巨大な紙を中庭に広げ大きな文字を書くあれだ。

「書道部ももう準備を終えてる頃ですかね。この時間色々なところでイベントをやってますから、出場者はもうすぐ来ると思うけど、審査員の先生たちが集まるのはぎりぎりになるかもしれないですね」

「みんなまとめて十四時開催だもんな。もうちょっと分散したらいいのに」

 まあまあと、言いながら京子は自身の発表用のメモを読み始めた。当然彼女も出場するようだ。

「ちょっと俺ベランダ見て来るよ」

 書道パフォーマンスというのが少し気になったし、上から学園祭の様子を眺めるのもいいかもしれない。そう思い俺はベランダに出ることにした。

「いってらっしゃーい」

 遥が椅子にもたれて手を振る。

 ベランダへ出る引き戸はクレセント錠と呼ばれる半円形の金具で固定されている。これを外しベランダへ出た。

 さて、中庭の賑わいでも見てやるか。そう思いベランダの柵辺りまで行こうとした時、視界の隅に異様なものを捉えた。

 何か大きな物体。そちらに目をやる。人だ! 人が寝ている。いや、うつ伏せに倒れているのか⁉︎

「おい! 誰か来てくれ‼︎」

 俺は図書室に向かい夢中で声をあげた。遥が一番に飛んで来る。

「これは鈴木先生ね。気を失ってるのかしら。

 大丈夫ですか? 鈴木先生? 大丈夫ですか⁉︎」

 大型なシルエットはやはり鈴木先生のようだ。遥が倒れている鈴木先生の肩を叩き、呼びかけるが反応はない。続いて手首に手を当てる。脈をとっているようだ。

「おい! どうした⁉︎ 鈴木先生じゃないか‼︎」

 北川も駆けつけ大声を出す。

「倒れてるのか。俺、AED持ってくる。おい敬介、救急車呼んでくれ!」

「あと警察も必要ね。心臓が止まってるから多分AEDは作動しない。心臓マッサージをする方がいいわ」

 遥が言う。

「なんでもいい! とにかく救急車頼んだぞ!」

 そう言うと北川は図書室を飛び出した。

 京子と吉川は心配そうに遠くからこちらを見ている。

「鈴木先生の心臓はすでに止まってるわ。やるなら心臓マッサージよ」

 遥は冷静に言う。

「じゃあ、ひっくり返そう。うつ伏せじゃ出来ない」

「ねえ敬介、ここ見て」

 遥が鈴木先生を指差す。首の辺りだ。

「……おい、これって」

 見ると首には頭部側から胴体側に向けて線のような跡が残っていた。右上から左下にかけての斜めな線だ。

「索条痕よ。鈴木先生は首を絞められている。これは明らかに殺人だわ」

 遥はそう言うと京子と吉川の方を向く。

「京子ちゃん誰か先生を呼んできて、警察への通報はそれからでいいわ。吉川さんは救急車を。敬介と私は鈴木先生を仰向けにして心臓マッサージよ」

 躊躇する京子たちに遥は「急いで!」と檄を飛ばす。彼女の剣幕に押され京子たちは動き、俺たちも即座に行動した。そんな俺たちの頭上で放送部のラジオが始まる。

「みなさん! 南ケ丘高等学校の学園祭は楽しんでますか‼︎」

「のんびりお話と行きたいところですが、ちょっと時間が押してるのでさっそく曲のリクエストです。まずは二年三組の里見京子さんからのリクエストです」

「クラシック音楽のようですね! 普段聞き慣れないですけど、たまにはこういうのもいいかもしれないですね!」

「それではお聞きください。里見京子さんのリクエストでモーリス・ラヴェル作曲『優雅で感傷的なワルツ』管弦楽版です。どうぞ!」

 俺たちにとっては場違いな音楽と山下成海、加藤愛梨の元気な声が校舎内に響く。

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