学園祭殺人事件

1

「初恋消失事件」を解決した後、俺たちにはまた退屈な日々が訪れた。あれから俺は意識して図書室に行くことも多くなった。やはり里見京子さとみきょうこの様子が気になるからだ。

 ある日のカウンターでは京子が吉川由紀よしかわゆきに何やら図書委員の仕事内容について説明している様子が見られた。真剣そうにやっているかと思えば、時折小声で冗談のようなことを言っており笑顔が見られた。真面目そうな京子が図書室でそんなことをしているのが、意外だったので強く印象に残っている。また、俺のクラスメイトで、京子と同じ吹奏楽部の佐々木とも親しくなったようで佐々木は里見京子のことを「里見さん」ではなく「京子ちゃん」と呼ぶようになった。たまに四組に顔を出すこともあり、その際俺ともちょっと言葉を交わすのだが、その表情はとても幸せそうだった。確かにあの一件により、京子の学校生活は良い方向へと変わったのだ。

 俺はそれで満足した。事件を解決したのは遥だ。だから俺は彼女にも京子の様子を語ると遥も得意そうだった。尤も遥も京子とは親しいので、もう知り及んでいることではあるだろうが。

 遥は難事件の訪れを待っているようだが、俺はこう思っている。劇的な活躍などしなくても日々の小さな謎、人々の悩みを解決するだけでも立派な探偵だ。というより凶悪な事件、例えば暴行傷害、そして殺人。こういった事件なんかない方がいいに決まってる。いや、あってはならないのだ。だから犯罪専門の探偵なんて必要のないこの退屈な日常はかけがえのない幸福だ。

 あの秋の悲劇を目の当たりにして以来、俺の中でその思いは強いものとなっていた。


 *


 平常、俺と遥は放課後五組の教室で、ニュースなどで報道されている事件の推理をしたり、英語の授業で実施される単語の小テストの山を張ったりとだらだら過ごしているのだが、学園祭の時期は放課後も準備に追われるため、さすがに暇をしている訳にはいかない。

 とりわけ俺がいる四組は縁日を意識して、射的屋はもちろん、スーパーボール掬いとヨーヨー釣りの屋台も出すためその準備で忙しい。担任がお祭り好きな性格のため教室内の装飾にもこだわっており、放課後はのぼりやはっぴの製作、買い出しなどに駆り出された。

 一方、遥たち五組はかき氷のシロップを炭酸水で割ったものを五百円という強気の価格設定で売るぼったくり喫茶をやるらしい。

 そんなふうにして、他のクラスの出し物の噂を話し合ったり、普段しゃべらない奴と意外と気が合うことが分かったりと、とにかく俺は青春を謳歌しているんだという実感が湧いていた。無論、学園祭マジックと呼ばれる学園祭をきっかけとした男女のカップルの成立という聞き飽きた出来事も起こっているようで、皆一様に浮かれており、そんな時間が俺は楽しくて堪らなかった。

 そして、九月の中旬。待ちに待った学園祭が開催された。


 *


「おい、津田。そろそろ休憩だろ? 交代しろよ」

 クラスメイトの川上という男子生徒は、急かすように言った。

「まだちょっと早いだろ」

「いいから代われって。お前も他のクラスの店、見てこいよ」

 我らが四組の出し物、縁日の屋台は特に親子連れに評判でそこそこに忙しかった。そして、そんな忙しさがみんな楽しいのだろう。誰もはっぴを脱いで休憩に行こうとはしないのだ。川上も同様で早くはっぴを着て、張り切りたいのだろう。かくいう俺ももう少しこの空間を楽しみたかった。

「……分かったよ。じゃああと頼むよ」

「おう、任せとけ」

 俺は渋々、川上に脱いだはっぴを渡した。川上はクラスのリーダー的な存在で、人に有無を言わせぬところがある。これ以上やつも引き下がらないようだったし、仕方なく当番を明け渡した。

 教室を見渡す。来客と元気に声をあげるはっぴのクラスメイトでいっぱいだ。

 最初、はっぴを着ての接客なんて乗り気ではなかったが、次第に気分が乗ってきて今の川上とのやり取りに至った。自分は意外とイベントごとが好きなのかもしれない。これは貴重な発見だった。

 この分だと今日はもう当番は回って来ないな。名残惜しいが明日まで学園祭は続く。そう思い教室を後にした。


 時刻は昼を過ぎていた。腹が減っていたので何か食べようと思ったが、とりあえず五組へ行ってみることにした。五百円のジュースがどれほど売れているか気になったからだ。

 五組を覗くと、机を横に並べたカウンターが作られており、そこに遥が座ってボーッとしていた。教室には簡易な座席が作ってあり、三組ほど客がいたが誰もジュースは飲んでいない。

 カウンターにはかき氷のシロップと炭酸水、プラカップが置いてある。客側に見えるように縦長の紙が机に貼ってあり「トロピカルジュース500円」と書いてあった。しかし「500円」の上にはマーカーで二重線が引かれ、隣に「300円」と訂正してあった。まだ高い。

「よう、調子はどうだ?」

 俺は陽気に尋ねた。自分たちのクラスの出し物が好評で活気に溢れていたため、ちょっと得意になっていたのだ。

「見るも無残な有様よ」

 見るとシロップも炭酸水もあまり減っていないようだ。

「売れてないのか?」

「値下げしたら中学生が買ってくれたわよ」

「優しい子たちだったな。アイスでも浮かべたら良かったんだよ」

「そんなことしたら千円越えるわよ」

 そんな小学生レベルのデザートに千円も出したくない。

「で、冷やかしに来たの?」

 遥は仏頂面で聞いてきた。

「まあな。交代して暇になったんだ。遥もどうせ暇だろ? どっか行こうぜ」

「残念だけど誰も帰ってこないみたいだから、一人で寂しくぶらぶらしときない。私も一人寂しくしてるから」

 遥は腕を組んで天井を見上げる。

「分かったよ。じゃあまたな」

 遥はテコでも動きそうにない。一人で学園祭をうろうろするのは気が引けたが、ここにいるのもなんだか勿体無い気がして、俺は五組を出た。すると、

「よう、敬介!」

「おお、北川か」

 声のする方を向くと、同じクラスの北川大樹きたがわだいきという男子生徒がいた。

「お前も当番交代したのか?」

「いや、今からのはずだったんだけど川上の取り巻きとか女子たちに追い出されてな。暇してたんだ」

 北川は野球部の部員だが、体育会系にしては珍しく騒がしいやつらを苦手としている。そんな所に親近感が湧き、学園祭の準備期間で仲良くなった。

「あれ? 五組は休憩所だったっけ?」

 北川は本気でそう思っていたようで、割と真剣な表情で聞いて来た。

「いや、薄めたかき氷のシロップを法外な値段で売ってる店だよ」

「じゃあ用はねーな。なあ一緒に来てくれよ」

 北川は拝むように言った。

「ああ、いいよ。ちょうど腹減ってたんだ」

 俺は快く言ったが北川は気まずそうにした。

「いや、そうじゃなくて。なんというか……まあいいから来てくれよ」

 よく分からなかったが、一人になるという事態は避けられたようなのでついて行くことにした。

 他のクラスが何をしてるのかぶらぶら見ようと思っていたのだが、北川はそれらをスタスタと通り過ぎてしまう。どうやら目的地があるようだ。すると、北川はようやく二組の前で立ち止まった。そのまま北川はちょっと中を覗くので俺も同じようにした。

「敬介、山下さん分かるか? あの背の低い子だ」

 見ると二組はクレープの屋台を出しており、そのカウンターの中で三人の女子生徒が楽しそうに談笑していた。俺たちから見て右端にその山下成海やましたなるみという女子生徒はいた。

「あの人か。いや、知らんな」

「放送部の人でな。……俺たち買い出しとか結構あっただろ?」

 北川は急に関係のない話を始めた。

「ああ、うん」

「百均で装飾品買う時とか他のクラスと一緒になることがあってな。それで二組の手伝いをすることが多くて山下さんと知り合ったんだ」

 北川の口調はまるでカップルの馴れ初めを話すようだった。

「それで付き合うことになったのか」

 俺がそう言うと、北川は「まさか!」と言う。

「そんなすぐに行ける訳ないだろ」

「なんだよ、つまんねーな。どこが良かったんだ?」

「可愛いだろ?」

 確かに綺麗というよりかは、可愛いというタイプだ。

「一緒に学園祭を周ろうって言ったら、うんって言ってくれたんだ」

「じゃあ周れよ」

 俺はもう聞く気がなくなっていた。

「だから今から呼びに行くんだよ。敬介、見といてくれ」

「何をだよ」

「フラれた時不安なんだよ。いいよな? 頼むぜ」

 そう言うと北川はクレープ屋のカウンター目掛けて突撃した。

 別に告白する訳でもないのだから、フラれるも何もないだろうに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る