5
俺は驚愕した。
図書室から「初恋」を持ち出したのは遥だった。探偵が指摘した犯人は、探偵自身だったのだ。
「おい、どういうことだ⁉︎」
「だからそういうことよ」
「じゃあ里見京子が無くなった『初恋』を探してくれと俺たちに依頼した時、すでにお前が持ってたっていうのか⁉︎」
ええそうよ、と遥は澄まして答える。
「敬介、あなた私が本を探そうとしないからイライラしてたでしょ? 私が持ち出したんだもの。探す必要はなかったのよ」
遥は少し変わり者で理解出来ない点は多々あったが今回のこれは本当に意味不明だ。
「なんでだ、おい!」
「あの本が無くなったことで、果たして京子ちゃんが困るのか知るためよ」
「なんだって‼︎」
「うるさいわねぇ」
遥はうんざりしたようだ。鬱陶しそうな視線をこちらに向ける。そんな態度を取られても、分からないものはわからない。
俺は落ち着くため遥の隣に座った。
「まさか探偵ごっこをして、退屈しのぎをするためにそんなことをしたんじゃないだろうな」
「探偵ごっこか。まあそうかもね。それにちょっとお節介だったかも」
俺は無言になった。これ以上しゃべると益々訳が分からなくなる。
そんな俺の心中を察したのか遥は悪戯っぽくこちらを見た。
「なんで私がこんなことしたのか、気になるみたいね」
「そりゃそうだよ。里見さんが依頼して来た時、なんですぐに返さなかったんだ?」
「それじゃあ駄目なのよ」
「なんで?」
「京子ちゃんが可哀想だから」
*
「ところで敬介。高橋先生の車が盗まれたのはいつの話かしら?」
遥は唐突に言った。
「どうしたんだよ、いきなり。
あれはそうだな。雪がまだ残ってた気がするけど、ほとんど溶けてたよな。二月はほとんど雪が降らなかったし。確か雪が残ってればもっとタイヤの跡が分かったのにって遥が言ってて……あ、確かバレンタインが近かったな。じゃあ二月の中旬頃だったかな」
「そう。そして私が見事に車の在処を突き止めて事件解決に大きく貢献した後、高橋先生はどうだったかしら?」
色々と余計な言葉が気になったが、この際指摘するのはどうでもいい。
「そりゃ絶望してたよ。ローンも残ってたろうしな。廃車だ廃車って騒いでたよ」
「でも最終的には感謝されたわよ」
「ああ、もう諦めに近かった気がする。そういや図書室の本が車の中に残ってたって言ってたな。貸出処理せずに勝手に持ち出してたんだよ。それで安心してたな」
「その時高橋先生が持ち出してた本のタイトルは?」
俺はしばらく頭を捻って考えた。
「さあ覚えてないな。というよりそんなの気にしなかった」
「じゃあ教えてあげる。その本こそ徳川徳次郎の『初恋』だったのよ」
「本当か⁉︎」
遥はええ、と頷く。
「間違いないわ、見たもの。ありきたりなタイトルだったけど、あの著者名は忘れないわ」
だとしたら、遥は里見に対してそんな作者のそんな本は知らないと、しゃあしゃあと嘘をついていたことになる。
「なんだよ。じゃあ徳川徳次郎も、『初恋』も知ってたんじゃないか」
「内容までは知らないわ」
「それで? 高橋先生が『初恋』を持ち出してたのならどうなんだ?」
「車と一緒に持ち去られたと思った本があって高橋先生は安心したのよ。変じゃない?」
どこが変なのだろう。分からない。
「変か?」
「変よ。だって学校関係の大切な書類だったらあれだけ安心するのもまだ分かるわよ。図書室の本よ? しかも貴重な蔵書ではない。貸出禁止でもないのよ」
その時点でそこまで知っていたのだ。それではわざわざ里見に本について、あれこれ聞く必要はなかったわけだ。
「そこで私は仮説を立てたわ。高橋先生は徳川徳次郎の『初恋』に秘密を隠していると」
「里見さんと一緒じゃないか! いや、里見さんが本当に何かを隠しているかは分からないけど」
「隠してたわよ」
「そうなのか?」
「車の盗難事件解決後、私は図書室で『初恋』を探した」
遥は無視して続ける。
「誰かに借りられる前にと思って昼休憩に探したけど見つからなかったわ。でも諦めずに放課後すぐに図書室に行ったの。すると昼休憩になかったはずの『初恋』があったわ」
「いつの間にそんなことしてたんだよ」
だが俺は感心していた。よくそこまで曖昧な推理で行動したものだ。
「開いてみると二つに折り畳まれた一枚の紙切れが挟まってたわ。見たところどうやら手紙のようで、無骨な男の字って感じだった」
「なんて書いてあったんだ?」
「読む訳ないじゃない。そんな野暮なことしないわ。一瞬見えた文字からそう推理しただけよ。
そして、図書室を出て敬介とお話したり、廊下をぶらぶらした後もう一度図書室に行ってみると手紙は無くなってたわ」
「誰かが手紙を受け取ったんだな。つまり徳川徳次郎の『初恋』は伝書鳩みたいな使われ方をしてたってことか」
「ええ、その通り」
遥は人差し指で俺の方を指した。
「次の日の昼休憩、『初恋』を探したけどまたしても無かったわ。だけど今度は昼休憩の終わり頃にもう一度行ってみたの。そしたら『初恋』は棚に戻ってた。開いてみると、封筒が挟まってたわ。もちろん中身は手紙でしょうね」
「今度は丁寧だな」
「おそらく前日の放課後に挟んであった手紙の差し出し人とは別の人物が書いた手紙よ。そしてその内容は十中八九、あの紙切れに書かれた手紙への返事ね。私が図書室の調査を一週間継続したところ、この現象はほぼ毎日起きてたわ」
内容を推理したということは中身は見ていないのだろう。
「文通してたんだな」
「そういうこと。二人はおそらく一日交代みたいな感じで手紙を『初恋』に挟んでやり取りしてた。何度も同じ本を借りるのは不自然だから貸出処理はせずにね。マイナーな本で誰も借りないから、秘密の文通には打ってつけだったのよ」
「そのやり取りしてた二人ってのは……」
「私が知ってる限り徳川徳次郎の『初恋』を所有してた人物は高橋先生だけ。そして、依頼人の京子ちゃんもその本を知ってた」
「まさか……里見さんと高橋先生が!」
信じられなかった。薄々予想はしていたが衝撃的だった。
「ちゃんと内容を見たわけじゃないけど、そう考えるのが自然よね。おそらく高橋先生の図書室通いが始まった去年の秋頃からの関係ね」
話の流れからなんとなく察していたが「関係」という言葉でそれが酷く生々しいものになった。
「そんな……高橋先生は妻子があるんだぞ。それにそんなの……」
「まだ決まったわけじゃないわよ。それとも京子ちゃんと高橋先生に直接確認する? そんな野暮なことはやめましょう」
「うん。そうだな」
俺はショックだった。同級生が大人と親密な関係になっているのが信じられなかった。白状すると、里見京子の身辺調査の際、佐々木に里見のことが好きなのか、と冷やかされたが、あれがきっかけでちょっと里見のことを意識していた。彼女自身、魅力的な生徒ではあるので、明確に恋愛感情ではないが、とにかくそんな経緯があったせいで、この時俺は言い知れぬ激情に襲われていた。
「そして吉川さん曰く、まあこれは二、三年生に聞いた話らしいけど、高橋先生が頻繁に来てたのは去年の秋頃から。でも春頃から足は遠のいたみたいね」
「春頃に何かあったのか?」
「終わりを告げる手紙が届いたのよ。高橋先生から」
「どうして分かるんだ? まさか読んだのか?」
読まない読まない、と首を振る。
「前ほど頻繁にではないけど、図書室に暇つぶしがてら行ってたら『初恋』がずっと置いてあるのよ。時々無くなってたから一応文通は続いてたんでしょうけど。
高橋先生も目を覚ましたんじゃないかしら。車のローンもあるのに、ことがバレて離婚になったら慰謝料だもの。
そうして『初恋』はしばらく本棚に置いてあったんだけど、ある日、また『初恋』が本棚から無くなってたのよ。しかも結構長かったわ。そして再び『初恋』が現れた四日前、私、本を開いてみたのよ」
遥の声にわずかに怒りがこもっている気がした。
「そしたら、ページの間に一万円札が三枚と走り書きのような字が書かれた紙切れがあったわ。きっと手切れ金よ。無理矢理関係を解消するためのね」
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