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翌日の昼休憩。廊下で里見京子と出くわした。
彼女は俺から何事か報告があるのを期待しているようだった。
「津田くん。その後どうですか?」
「まあ昨日の今日で手掛かりなしです。あ、でも心配しないでください。遥もやる気が出てきたようで色々とやってるみたいですよ」
昨日の図書室での調査のことは伏せておいた。依頼はあくまで本の捜索だ。
「そうですか。ありがとうございます」
里見は心ここに在らずといった具合だった。それだけ「初恋」が大事なのか。それともそこに隠した秘密を気にしているのか。
里見と別れると遥がやあ、と声を掛けてきた。我々のやり取りを見ていたようだ。
「里見さん、何か言ってた?」
「いや、本は見つかったかってそれだけ。昨日のことは言わない方がいいと思って黙っておいたぞ」
「うん。それがいいわね。私も改めて吉川さんには誰にも言わないようお願いしておいたから」
「そのために昨日は残ってたのか?」
「まあ、それもあるけど。色々よ」
誤魔化すような口調が気になったがあえて詮索しないことにした。
「それで今日はどうするんだ?」
俺は聞いた。あとすることと言えば高橋先生が本を持っているか確認すること。そうでなければそれらしい場所を探すことくらいしか思い付かなかったからだ。
「そうね。じゃあ敬介には里見さんの身辺調査でもお願いしようかしら」
「身辺調査?」
「ええ。里見さんについて色々気になることを調べてみて」
「気になることっていえば、本の在処だろ。そっちを当たりたいんだが。それにやっぱり高橋先生はどうなんだ」
「高橋先生についてはいいわ」
じゃあよろしくね、と言うと遥はさっさと行ってしまった。
すっかり遥のペースに飲まれてしまっている。しかしそれはいつものことだから、別段どうということはないのだが。
我々は一体何をしているのだろうか?
消えた本に隠した秘密。だがそれはあくまで俺たちの推理、いや妄想に近いのかもしれない。そんな曖昧なものを探ろうとしている。
里見に頼まれたのは本の捜索だ。探偵は依頼をこなすものだろう。なら、さっさと本を探せばいいのに。
昼休みの喧騒に取り残された俺は、そんなことを考えていた。
*
放課後、教室に遥の姿はなかった。
てっきりここで寝ているのかと思ったが、例によって「色々と」やっているのだろうか。
さて、遥がいないと寂しいものだ。普段ならクラスメイトと談笑しているが、部活をやってないとなると放課後は暇だ。
俺は遥に言われた通り、里見の身辺調査とやらをしてみることにした。
本探しも兼ねて図書室を覗くと、今日は当番なのかカウンターに里見がいた。
ということは、彼女が所属している吹奏楽部の部員に話を聞くチャンスなのではないか。吹奏楽部の部室なんだから、きっと音楽室に部員はいるだろう。そう思い一階の音楽室へと向かうことにした。
しかし、音楽室へ行かずとも部員は発見できた。吹奏楽部はそこら中の空き教室で楽器ごとに分かれて練習をしている。少子化の影響で使われなくなった空き教室はいくらでもある。
俺はその中にクラスメイトの佐々木という、クラリネットを持った女子生徒を見つけたので声をかけた。
空き教室を吹奏楽部員は練習室と呼んでいるらしい。練習室では各々が音出しをしているので少し離れたところで話すことにした。
図書室や職員室とは違う棟で練習しているため、あれだけの音量を出せるのだろう。
「どうしたの津田くん? 部活見学?」
「いや、違うんだ。ちょっと聞きたいことがあって」
里見京子について教えて欲しいなどとは言えず、図書室で本がなくなった。心当たりがないかとだけ聞いた。
「最後に借りた人がこの辺で無くしたかもって言ってたんだけど」
「全然見てないなー。なんて本?」
「徳川徳次郎の『初恋』って小説なんだけど」
「初めて聞いた。津田くん、それ読みたいの?」
即座に違う、と否定した。そう言われると恥ずかしい。
「ああ、そうだ。図書室といえば図書委員の人、里見さんって吹奏楽部だよね? いや、里見さんも心配してるんじゃないかなぁって」
かなり強引に話を里見に持って行くと、佐々木は好奇心に満ちた目をこちらに向けた。
「え、津田くん里見さんのこと好きなの? ライバル多いんじゃないかなー。でも里見さん年上の男が好きだと思う。すごく落ち着いてるもん。まあその分ちょっと浮いてる感はあるけど」
佐々木はおしゃべりだ。今のは興味深い話だった。
「え、里見さん浮いてるの?」
「うん。大人っぽいからねぇ。それとも私たちが幼稚なのかな? こう、空気感が違うの。それでみんなと合わせるの大変そうだなぁって。やっぱり狙ってるわけ?」
「そういう話じゃなくてあの、遥がさ、張り切ってその無くなった本を探してるから」
ああ、例のやつねと佐々木は手のひらを打って納得してくれた。放課後の推理を披露する遥を見たことがあるようだ。
「遥ちゃん名探偵だもんねー。見つかるといいね」
なかなか本題に切り込めずにいると、遠くからオーボエとイングリッシュホルンの音色が聞こえて来た。優雅で軽快なメロディーだ。なんとなく聞き入っていると、メロディーを奏でる楽器群は増え曲は一気に盛り上がる。
「いい曲だね。なんていうの?」
「ラヴェルの『道化師の朝の歌』。コンクールに向けて練習してるの。今年の自由曲なの」
「へえ」
なんとも派手な曲だ。賑やかなメロディーに遥を思い浮かべる。
雲一つない青空。色とりどりの紙吹雪が舞う、祭り一色の街を軽やかな足取りで行く柊遥。そんな映像が浮かんだ。
後に続きたくなるような光景だ。「柊遥のテーマ」とでも言おうか。それほど「道化師の朝の歌」は遥にマッチしていた。
「たぶんもうすぐ里見さん来るから直接本人に聞いてみれば?」
「え! 来るの?」
今日は里見が図書当番のはずだ。
「うん。そろそろテスト期間でしょ? 部活が出来なくなるから、当番の日でも暇だったら図書室の先生に任せて部活に来てもらうことにしたの。ほらうち、去年初めて支部大会まで進んで金賞だったじゃん? 惜しくも全国大会までは届かなかったけど、今年こそはってみんな張り切ってるからさ」
だったじゃん? と言われてもそんなことは知らない。初耳だ。そうか、うちの吹奏楽部は結構上手いのか。
「そうか、ありがとう。あ、このことは内緒にしといて。遥が本の在処を突き止めてから、里見さんに推理の過程を披露したいらしいから」
俺は適当に誤魔化すと佐々木はオッケーと言い、練習室へと戻った。何やらクラリネットパートの部員たちはヒソヒソと話していたようで楽器の音はいつの間にか止んでいた。
「やるねぇ、佐々木さん」
「先輩、さっきの彼氏ですか⁉︎」
「そんな訳ないじゃん! やめてよもー」
練習室に少女たちの笑い声が響く。とても楽しそうだ。
そういえば、里見は昨日、部活に行かなきゃと言い去って行った。なんだか追われているような感じだったのを覚えている。習い事やクラブ活動などを義務感でやるのが嫌いなので俺は部活をやっていないのだが、昨日の里見からは義務感で部活に行っているような印象を受けた。
彼女は佐々木たちのように部活を楽しめているのだろうか。それになんだか、「里見さん」だと他人行儀ではないか。俺たちだけに敬語なのかと思ったが、この様子だと部員にもそうなのかもしれない。彼女はそれでいいのだろうか。俺はそんなお節介なことを考えた。
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