好きな人と縁を切った話。

うみとそら

第1話 社会人になって片想いをしました。

最後に彼女がいたのは就活中の大学生のころ。

当時、就活だけに集中していた僕は彼女に見捨てられた。

そんなことをふと思い出しながら、社用車でお昼休憩をとっていた。

「はあ、今日も契約とれなかった」

午後のアポがなかったので、営業所に帰らなくてはならないのだが、上司に会いたいくない。

「絶対怒られるやつだ」

怒られることを少しでも先延ばしするために、空アポの予定を社内の共有スケジュールに入れて、てきとうに昼寝することにした。

しかし、座席を倒して目をつぶってみたが、怒られることを想像すると寝ることができない。

気をそらすために、スマホで今推しているアイドルグループの動画を見始めた。

「あー、まじで可愛すぎやろ」

僕はそのグループの中でもまふゆちゃんを推している。

そんな感じで10分の動画が終わると、マッチングアプリの広告が流れた。

「そういえば、3年彼女いないわ」

会社の先輩や上司からは童貞とバカにされることが多いが、一応童貞は卒業している。

「けど、彼女つくる気力もないしなー」

今までマッチングアプリの広告は幾度と流れてきたが、なんとも思わなかった。

が、今回は違った。

なんとなくノリでダウンロードしてしまった。


1ヶ月後の金曜日。

マッチングアプリ内でやりとりをした女性と実際に会うことになった。

好きな漫画が同じなのと、敬語を使ってのやりとりができて、不快感がなかった。

そして、今日、夜に待ち合わせをしてご飯を食べることになった。

「あのー、ふゆたさんですか?」

待ち合わせ場所でスマホを見ながら立っていたら、明るめの茶髪ボブで、白のブラウスに緑のスカートの女性に声をかけられた。

「あ、はい。もしかして、あかりさんですか?」

「はい!初めまして!」

プロフィールより少しふっくらした感じだったが、女性というより女の子という感じの明るさがあり、少しドキッとした。

「あ、初めまして」

それに対して僕は、緊張しすぎてそっけない感じになってしまった。

一応、僕の見た目は良い方ではないが、営業職なのもあり清潔感はあるはずだ。

「じゃ、じゃあ、お店に行きますか」

言葉に詰まってしまった。

「はい!あと、お店の予約ありがとうございます!」

「いえいえ」

「ちなみに、『ふゆた』さんで大丈夫ですか?」

お店に向かい始めながら、こんなことを聞かれた。

「あー、それアプリ内の名前なんで本名の『まこと』でお願いします。ちなみに、あかりさんはどうしますか?」

「了解ですっ。私は本名なので、そのままでお願いします」

「わかりました」


お店では好きな漫画の話をしたりして、思った以上に楽しかった。

「ごちそうさまです!今日はありがとうございました!」

世の中の流れ的に男性が奢る感じなので、お会計は僕の方で払わせていただいた。

「こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです」

「私もです!」

「じゃあ、気をつけて帰ってください」

「はいっ」


その後、連絡先を交換したので、何度かメッセージのやりとりはしたのだが、それから会うことはなく、メッセージもこなくなった。

まあ、こんなもんだろ。

僕に魅力がなかったのだと思っている。

こんなことを考えていると悲しくなってきた。

早く仕事を終わらせて飲みにいこ。

「なあ、佐藤ー。今日飲みにいこ」

せっかくだから、目の前で来週の商談準備をしている同期を誘ってみた。

「んー、いいよ」

佐藤は、くっきりとした鼻のラインと、シャープなフェイスラインが特徴の綺麗な顔立ちをしている女性だ。初めのころは、綺麗な顔立ちゆえに、若干キツそうな性格をしていると決めつけていた。が、実際はノリがよくてよく笑う女性だった。


「「おつかれー!!」」

2人とも生ビールを片手に乾杯をした。

「あー、疲れたー」

「ねー。てか、小鳥遊から誘ってくるの珍しいね」

「いやー、なんか急に佐藤と飲みたくなったわ。もしかして、彼氏さんに怒られたりする?」

「ううん。大丈夫!」

「お、それならよかった」

「そういえば、前から聞きたかったんだけど、小鳥遊ってマリンのまふゆちゃん好きだったりする?」

僕が推しているアイドルグループ『マリン』のまふゆちゃんのことだ。

「え!?なんで知ってるん?」

「やっぱり!この前、小鳥遊がまふゆちゃんのクリアファイルを持ってるのみちゃった」

「よくみてるな」

「うん!実は私もまふゆちゃん推し!」

「おお!まじか!」

それから3時間くらい推しについて熱く語った。


「あー!楽しかったー!」

お会計をして、2人とも駅へと向かった。

「僕もめっちゃ楽しかったわ!」

佐藤が女性アイドルを推していること自体が意外だった。

「ね!」

楽しすぎて溜め込んでたモヤモヤが吹き飛んだ。

「最近、小鳥遊が元気なかった感じがしたから、熱く語ってるの見れてよかった」

「さすが、営業やな」

「いやいや、お前もだろっ」

軽く肩を叩かれた。

「たしかに、仕事もプライベートも上手くいかなくて少し落ちてたけど、今日で元気でたわ。ありがと!」

「そっか!色々大変だろうけどさ、私は小鳥遊がひたむきに努力してる姿、素敵だと思うよ!」

と、笑顔でガッツポーズをされた。

この瞬間、僕の片想いが始まったのだと思う。

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