第12話「魔王の副業」

 坑道を出ると、そこは森の中だった。

 俺がこのゲームで最初にいた場所の近くではなさそうだが、マップから見て同じ森だろう。


「イシュタ村はどっちだ?」

『そのまま真っ直ぐ。十二時の方向』


 残り時間は十分。

 七姫にはナビを頼み、ベガリーには走りながら状況を説明してやる。


「つまり、これからイシュタ村がシュシバルバに滅ぼされるとな!」


 七姫の件は少し説明するには面倒だ、今は伏せておこう。

 ただ村に向かっているのは冥王竜の魔物。

 これだけ告げれば、ベガリーも有事であると理解できたようだ。


「なるほど。奴はあの村出身の勇者だけが怖いのじゃ。冥府に辿り着けるのは、我々一部の魔族と転生した勇者だけじゃからな」


 つまり、黒幕にとって一番邪魔な集落を消すだけ。簡単な話だ。


「あの村が滅んで、アルタが死ねばどうなる?」

「勇者の転生を待つまで、シュシバルバは倒せなくなる!」


 そうなれば、シュシバルバを倒してエンディングログアウト、なんてルートもシナリオもご破算だ。

 勇者が転生するまで待つ?


 転生して、成長して、強くなってから冥王を倒しに行くまで。

 それまで何年かかる?


「アルタを助け出すしかない」

「村の連中はどうするのじゃ?」

「できるだけ助ける方向でいいだろ!」


 今回の襲撃が廃村になった理由でも、アルタが死ねば俺のログアウト計画も叶わない。


 アルタだけを助け出して仲間にしたところで、村を見捨てた事は俺とベガリーへの不信感へと繋がりかねない。


「よかろう。乗ったぞ、その方針」


 ベガリーも賛成。これで決は取れた。


「ベガリー。魔王の力はMP不足としても、もう一つの『それ』はしっかり扱えるんだな?」

「うむ! 『あれ』の扱いには自信があるぞ、金がなくて買えなかったが少し村で調達してしまっても良いか?」


 ベガリーのスキル≪オーバーロード≫は聖属性以外の魔法を取得できるようになる。


 だが、ベガリーが先ほど使っていた≪ルームライト≫は聖属性で最初に覚える魔法だ。

 そんなベガリーが聖属性を覚えるには、それに関係するサブ職業に就く必要がある。


「なら、お前に魔物を任せる。できれば広場に集めてほしい」

「アルタの檻はどうじゃ、お前さんだけで大丈夫か?」


 周囲に魔物はいるだろうが、現場に俺達二人しかいない以上はやるしかない。


「ああ。そっちは頼むぞ」

「よし、心得た」


 作戦は整えた、あとはなるようになれだ。


 森を駆け抜け、走り続けてちょうど十分。

 俺達は、村へと辿り付いた。


 森の中からでも、村から煙が上がりはじめていたのが見える。


 魔物は俺達が来た逆の方向から侵攻しているようで、こちらから走って来る際は一匹も遭遇しなかった。


 被害はここから最小限に抑えるしかない。


「既に魔物が入り込んでおるな」

『改星くん。ゴブリンの集団が武具屋に集中しているみたい。武器を奪うつもりじゃないかな?』


 テルスピア・オンラインには、村や街、城の襲撃イベントが存在する。

 そのイベントでゴブリンや豚の顔をした人型のオーク、武器を扱えるモンスターに武具屋または武器庫を制圧されると、敵の戦力が大幅に強化されてしまう。

 俺達は二人、敵の戦力が強化される事態はなんとしても避けたい。


「ゴブリンか。ベガリー、一人で大丈夫か?」

「うむ。お主は勇者の元へ走るがよい!」


 ここでベガリーを武具屋に向かわせ、俺はアルタの檻がある広場へと向かう。

 広場までは多くの魔物が揃い踏みだ。


 狼、ゴブリン、木のような魔物であるトレントなどなど。

 広場だけでも四十はいるか?


 後衛職がまとめて相手にするのは厳しいが……。


「≪睡眠属性付与≫!」


 初手でまず、状態異常のエンチャントを発動。

 エンチャントには状態付与と耐性付与、その属性そのものを付与する三つのタイプがある。


 属性付与は初期から持っているスキルだが、状態そのものの付与と耐性の付与はレベルが上がってからだ。


 俺の火力では魔物達を倒すのは難しいが、無力化する程度はできる。


「≪ナイトメア・ランページ≫!」


 続けて、ナイトメア・ランページを発動。

 一時的に対象の行動力を麻痺させる『恐怖』の状態異常。

 それに加えて、付与された属性を含む範囲攻撃を前方に放つエンチャンターの要となる攻撃スキル。


 攻撃に状態異常の補助、その場に合わせて応用が利く。


 睡眠属性が付与されたナイトメア・ランページが『恐怖』と『睡眠』の状態異常を前方の敵に振り撒いた。


 攻撃対象が単体ではなく、範囲に入った敵すべてなのが幸いした。

 前方にいる六割方のモンスター達が行動不能に陥った。


 レベル上げの成果か、この辺りの魔物に対してなら効力は抜群だ。


 行動不能に陥らなかったのは、トレントの集団達。

 こいつらは状態異常の耐性が軒並み高いが、炎属性や延焼などの状態異常に弱い。


「≪炎属性付与≫!」


 相手にはしていられないが、襲われた時の為に属性を付与しておく。


「≪ナイトメア・ランページ≫!」


 再びナイトメア・ランページを放ち、炎の弱点属性でアルタの檻周辺にいたトレント達を焼き払う。


「アルタ!」

「あなたは、確かカイセイさん……?」


 アルタはハッと顔を上げ、意外そうに俺の顔を見つめていた。

 名前を覚えてくれていたとは嬉しいな。


「すまん。まさか村が襲撃されていたなんて」

「構わない。むしろ、戻って来るとは思わなかった」

「それは皮肉か? まぁ、まだ戻って来る予定はなかったんだけどな」


 急遽予定を変更した為、俺のレベルはまだ十九。

 今のトレントで一つ上がったか。


「檻の鍵は村長が持っている。この騒ぎでは、私は助けになれない」

「わかってる。どうにかこじ開けてやる」

「本当か? だが、どうやって?」


 さて、この檻は破壊不能オブジェクトとして成形、出力されている。

 これをこじ開けるには専用の鍵が必要だ。


 ないなら作ればいい。

 プログラミングで。


「それは、魔導書か? 随分と変わった形だな……」


 アルタには、俺の持っているノートパソコンが魔導書に見えるらしい。

 この世界の人間にとっては世界を作り変えて修正するなんて『魔法』そのものだろうな。


「だろ?」


 檻の構造と、ソースコードを確認。

 開け方はなんとなくわかったけど、時間がかかる。


 アルタを解放するよりも、ベガリーと二人で一緒にレベルを上げながら守った方が早いだろうか?


 この広場だけで戦うなら厳しいか。


 遠くで≪ファイアーボール≫の爆発音が聞こえる。それも二回。

 武具屋の方向だ。


 ベガリーは派手にやっているようだな。

 今、経験値がごっそり入ったぞ。

 もう少しで目標だったレベル二十に届きそうだ。


「このコードでは……? くそっ、無理か」


 オブジェクトのバグは簡単に排除できるが、この檻は普通のコードではないようだ。

 膨大な情報量が存在していて、開けるだけだとしても処理しきれない。


「か、カイセイさん! 後ろにオークだ!」


 新手か。

 大きな足音を立てて歩いてきたオーク達は、周囲の魔物達の睡眠を妨害して。

モンスター達は目を覚ましていく。


 手持ちにナイフか何かがあれば、寝ている魔物にトドメを刺せたかもしれないのに。

 モンスターの数は、結局トレントが減っただけだ。


 囲まれた。

 アルタを解放して聖剣を引き抜かせる算段だったけど、予想以上に魔物の量が多すぎた。


 だが、時間は稼いだ。

 あとはアイツに頼ろう、そろそろ来てくれるはずだ。


「待たせたのぅ!」


 声。

 まるで狙っていたかのようなタイミングで、それは聞こえてきた。

 雷のように轟音が鳴り響かせながら俺とアルタの入る檻の前に降ってきて、土煙を巻き起こす。


「少し、登場が派手すぎたかの? あと他の魔物もこちらに呼び寄せたが、問題ないな?」

「げほっげほっ……あ、ああ。大丈夫だ」


 土煙をあげながらも、彼女はニヤリと笑ってみせる。


 メイン職業である『魔王』は、聖属性の魔法が習得できない点を除けばあらゆる魔法職の上位互換だ。

 サブ職業は『大盾使い』であり、魔物から注目を浴びやすい前衛職。


 彼女は、魔法職でありながら前衛職。

 彼女は、王でありながら最前線に立つ。


「剣はまだか? ならば、盾が入り用であろう?」


 ベガリーが構える盾は武骨ではあったが、その体がすべて隠れるほどに大きなものだった。


 敵の姿が見えない。

 まるで、いや確実に魔物から俺達を庇うように隠してくれていた。


「さあ、来い。冥王の下っ端ども! その根性叩き直してくれるわ!」


 盾を構えたベガリーは吠える。

 対面していた魔物達は一瞬の後、怯み、咆哮し、彼女へと飛び掛かっていった。

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