第8話「白鳥改星の行方」

 ●七枝七姫・視点


 一年前の今日。

 会社のサーバーが停電した、七月七日。

 それは優秀なプログラマーとして推薦した改星くんが初出勤して来た日でもある。


 半日が経った頃、改星くんは業務研修を終えてデバッグ作業に入ろうとしていた。

 開発ソフトやシステムがほぼ一緒で同じゲーム業界から転職してきた事もあり、彼は即戦力として歓迎された。


 業務用のTMG――トランスミグレイションギアでデバッグ作業を行おうとした彼が失踪したのも、七月七日である。


 停電が回復した直後、私はすぐにログインルームへと向かった。


 ログインルームは文字通り、もぬけの殻。


『白鳥改星の身体ごと、トランスミグレイションギアが消えていた。』


 私の会社は出勤や退勤時間以外に開発しているゲームにダイブした時間、ログインルームの入退室記録などがデータとして残る。

 しかし、改星くんがログアウトしたデータも、ログインルームの退室時間も、会社を出た記録はどこにも残っていない。


 失踪、紛失または盗難。

 事件として警察の調査が入るのは避けられなかった。


 普通に考えれば、現場からいなくなった改星くんがトランスミグレイションギアを盗んだものとして調査される。


 しかし、彼の犯行は絶対にありえない。無実だ。


 私が知る限り、彼にはそんな悪意も動機もない。

 第一、盗めるような代物だろうか。


 TMGは確かに高級品だが、人が一人スッポリ入るほどに巨大だ。

 全長は二メートル五十、横が九十。


 金属で作られた棺のような代物だ。

 持ち運べるわけがない。


 運動不足気味であった彼なら尚更だ。


 停電した時間はわずか八秒。

 それから私が駆け付けるまでにかかった時間は約三分。


 不可能だ。

 この間に誰にも目撃されず、記録にも残らず、TMGを盗み出すなんてできることじゃない。


 当然、監視カメラには何も映っておらず、社内のデータも細工された形跡はない。

 それは社内にいたベテランプログラマー達が証明してみせた。


 警察には諸々の記録データを提出し、社内にいる人達のアリバイも証明された。


 そして、事件は迷宮入りとなった。

 改星くんは重要参考人として捜索が続けられるとの話だが、まだ彼を犯人だと思っている刑事さんがいると言う噂もある。


「ログインルーム……」


 社内でVRゲームをプレイする時、開発でも私用でもこのログインルームが使用される。

 もちろん、私用の時は休憩中や勤務時間外に限る。


 事務所に使用の許可をあらかじめ取る必要もあり、私は定期的にこうしてログインルームに訪れている。


「改星くん……」


 彼が失踪してから、ちょうど一年。


 TMGは新しいものが支給され、前回よりも仰々しく設備が固定されていた。

 使用の許可も厳しくなっている。


 テルスピア・オンラインは停電後、バックアップを元に復旧し、今では快適に遊べるゲームとして人気を博している。

 ディレクターである私も、そこはすごく嬉しい。


 欲を言えば、改星くんと一緒にゲームを作りたかった。

 何をするのも一緒だった小学生。

 中学、高校と進学していき、友達と言う関係ではあったが、私は長い間彼を慕っていた。


 大学は別で就職先も違ったが、今回の転職を機にまた一緒になれる。

 そう思っていた、その矢先にあの事件。


「改星くん、復旧したテルスピアはね……ちゃんと遊んでもらってるよ」


 開発チームでは、一つ噂があった。

 バックアップのデータに少し違和感があったらしい。


 ところどころ、誰も書いた覚えのないコードがあったと言う。

 もしかしたら「白鳥改星が書いたコードではないか」と。


 しかし、彼の出勤は初日。

 勤務しているのは午前中のみだった。

 そんな短時間で、テルスピアにある莫大なプログラムコードを修正するのはそれこそ不可能だろう。


「そんなこと、あるわけないのにね」


 そうだったらいいな、と私は考えてしまう。

 憶測、希望。

 せめてもう一度、顔が見られたら。

 せめてもう一度、声を聞けたら。


 せめて、織姫と彦星のように。一日だけでも会えたらいいのに……。


「……?」


 ノイズ音。

 ログインルームにあるモニターからだった。


 そこは紛失したTMGがあった場所で、モニターだけが残っているスペース。


 なんだろう。気のせいかな。


 私は、なんとなく……。

 そう。本当になんとなく、脇に抱えていたノートパソコンを開いて起動した。


 モニターに接続するのに手間を取ったが、私はそこで自分の目を疑った。


【現在のログイン人数:0人】


 人数が合わない。

 今、この時間にログインしている人がいないはずはない。

 平日の昼とは言え、このゲームにログインしている人はいる。


「バックアップ前のデータが残ってる?」


 私はプログラムに詳しくないが、テルスピア・オンラインの設定はその開発環境は勉強してきたつもりだ。


「改星くん?」


 最後の痕跡。

 彼はここでいなくなった。


「…………」


 淡い期待を胸に、私はその『世界』に問いかけた。


「改星くん、そこにいるの?」


 そして、私は彼を見つけ出した。

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