第7話「幼馴染」

 レベリングは順調だ。

 残り三時間と五分。


【Lv.18 職業:ワールドデバッガー(Lv.18)】

【HP:708 MP:980 攻撃力:38 防御力:34】

【魔法攻撃力:58 魔法防御力:55 敏捷:46】

【幸運:50】


 俺は魔法でのサポートを得意とする平均的なステータスのキャラクターだ。


 対して見比べてみれば、ベガリーがどれだけ異常なステータスをしているかがわかるだろう。


 ソウルデグレードで極端に低いMPは無視するとして。

 レベリングを始めた頃と比べても、ほぼすべてのステータスが軒並み高くなっている。


「あと一体は狩りたいな。ベガリー、そっちはどうだ?」

「この辺りにはおらんようじゃ。少し奥へ進むか?」


 魔法攻撃に弱いゴーレムだけでなく、物理攻撃にも弱いタイプのゴーレムも倒せるようになった。

 そいつはベガリーにゴリ押して討伐させてもらった。


 すると、鉱山道の入口付近にいたゴーレムは狩り尽くし、姿が見えなくなってしまったのだ。



「物理で殴ったほうが効率よく戦えるんじゃないか?」

「何を言っておる。こんな乙女に」

「魔王だろうが」


 奥へ進むとモンスターはいるものの、帰り道でゴーレムに囲まれる可能性がある。


「一度鉱山を下りてから入口に戻るか」


 俺達がここから離れればモンスターはリポップ、再度湧いて出て来る。


「む? 戻るのか?」


 そうか、ベガリーにとってこの行動は意外か。

 それもそうだろう。

 この状況でモンスターを探すなら奥へと向かう。


 しかし、入口付近でいなくなったモンスターをリポップさせたい「プレイヤー」は俗に言うマップの切り替えでそれを行う。


「奥に進むと、囲まれる危険も増えるからな。余裕もないが、危険な橋はまだ渡るべきじゃない」


 幸い、ベガリーは頭もいいようだが単純ではある。


「うむ。では、そうするか」


 MPが少ないのに魔法を使いたがるのは玉に瑕だが、指示通りに動いてくれるだけでも有難い。


 AIではなく素直な子供を相手にしているような錯覚もある。

 その所為で、ここがゲームの中である事を忘れそうになってしまう。


 ログアウトできない。

 そんな状況がこんな錯覚を招くのか。


「ん?」


 メニュー画面にノイズが走る。

 通話機能のタブだ。


「ベガリー、周囲の見張りを頼む」


 この場をベガリーに任せ、突然発生したノイズを観察し始めた。

 誰かから着信だろうか。

 外部と交信できるなら、システムからログアウトさせてもらえるかもしれない。

 戦闘中でなくてよかった。


「ここに文字化け……?」


 メニュー画面に目立ったバグはログアウト画面がない事だけだと思ったが、設定のタブにもいくつか不具合があったようだ。


 文字化けしているけど、コードとしては生きているのか?

 消すのは少し怖いな。


 すぐ戻せるようにして、ひとまずは無効化するだけにしておこう。


 そして、その後すぐに声が聴こえてきた。


『――い、くん?』


 懐かしい声。


 音声のバグを取り除き、


『かい……せい、くん?』


 音量部分の不具合も除去した。

 それでも通信が乱れるな。この記述の所為だろうか。

 プログラムの中には、明らかに不要なコードが挟まっていた。

 意味もない単語だ。消去しておこう。


『え、ウソ? 本当にそうなの?』


 音声がクリアになった。これで通信できそうだな。

 でも、この声は――。


「ナナヒメ? 七姫か?」


 七枝七姫ななえだななひめ

 俺の幼馴染みでこの会社に誘ってくれた「テルスピア・オンライン」のディレクターだ。


『もう、どこ行ってたの! 心配させないでよ!』


 泣いてる?

 まずい、かなり心配させてしまったようだ。


「悪い。こっちもトラブル続きでさ」


 彼女とは幼少期、公園デビューから付き合いがある。

 歳は三つほど下だが、昔からよく遊んでいた。


『今どこにいるの?』

「トヒル鉱山の入り口。テルスピアの中だ」

「…………」


 沈黙。意味深な沈黙だった。


「七姫、悪いけどそっちからログアウトさせられないか? こっちからじゃ何しても出られなくて」


 先輩のプログラマーなら、対処法を知っているかもしれない。


『改星くんが使っていたのって、ログインルームにある大きいカプセルギアだよね?』


 カプセルギア。

 業務用のVRゲーム機で、性能は市販されているヘッドギアよりも遥かに高い。

 中でもこの会社が保有しているのは「TMG」と呼ばれる代物だ。


 別名、トランスミグレイションギア。


 流行した転生モノの勢いにあやかって、まるで生まれ変わったようにゲームに没入できると言った謳い文句で販売されている。

 もちろん一般人には手も出ない商品で、一部の金持ちが保有しているくらいだ。


『ないの……』

「え?」


 掠れた声。

 俺は、七姫の声を聞き逃さないように耳を傾けた。


『改星くんのログインデータはあるけど、ログアウトデータがなくて』

「どういう、ことだ?」

『TMGもだけど……改星くんの身体がないの……』


 ……。

 は?


 頭が追い付かない。

 ブラックボックスの中身を除いているかのように、俺の思考は一瞬闇の中へ消えていく。

 待て。


 考えるのをやめるな、思考を放棄するな。


「七姫。俺の身体がどうした? じゃあ、ここにいる俺はなんだ?」

『わかんないよ! 「一年」も探したのに、どこにもいなくて……』


 一年?


「待て待て待て、俺はログインしてから五時間も――」


 俺の声を阻むように、背後から岩が崩れるような爆音が鳴り響いた。


「カイセイ! 新手じゃ!」

「くそっ、七姫! 通信そのままにしておいてくれ!」


 振り向き、俺は再び世界へと対峙する。

 このゲーム、どうやら今は普通じゃないらしい。


 黒い宝石を装甲に持つゴーレムが、俺達の前に立ち塞がる。

 ゴーレムに纏わりつくグラフィックノイズは、明らかに危険なオーラを放っていた。

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