第5話「副職、エンチャンター」

 アルタが絞首刑にされる原因は、聖剣を引き抜けなかったからだ。


 その原因はアルタに勇者の才能がなかったからではなく、例のデバフスキルによるものである。


 ソウルデグレードには≪聖属性の喪失≫とあった。

 これは「聖剣を装備するアルタ」に対する呪いに他ならない。


「お前の呪いをどうにかしてやりたいんだが、今の俺では無理なんだ」

「…………呪い?」


 ベガリーは転生者であるアルタじゃなければ、冥府の竜王を攻略できないと断言している。

 なら、この村の勇者以外に≪転生者≫を探すのは攻略するに当たってリスクが高い。


 今知るべきは、タイムリミットとアルタを助け出す方法だ。


「刑が執行されるまで、あとどれくらいだ?」

「あと五時間」


 短っ!

 この五時間でアルタを助け出す方法を探し出し、実行しなければならないのか。


「ふむ。これは、難題じゃな」


 唇に指を当て、首をゆっくりと横に傾けるベガリー。


「魔法でブチ破るか?」

「街で騒ぎを起こすな。それに」


 檻を一瞥する。

 ベガリーの案は、やはり得策じゃない。


「破壊不能オブジェクト。まあ、そりゃそうだよな」


 この檻は破壊できない。

 ゲーム内のオブジェクトは、破壊できるものとそうでないものに分類される。


 破壊できないものはどうやっても壊せないようにできている。

 それが破壊不能オブジェクトである。


 壁や扉、ダンジョンの外壁などなど。

 破壊できたら迷路が無意味になったり、街で暴動を起こされたりするからな。


「お前が最大レベルになっても、この檻はたぶん壊せない。そういう風にプログラムはされてない」

「ぷろぐらむ? なんじゃ、それ」

「悪い、こっちの話だ」


 咄嗟に誤魔化し、別の方法を考える。


 聖属性の『喪失』であれば、もしかして『無効』にはされていない?


 やってみる価値はある。


「俺のサブ職は、エンチャンターか」


 メインジョブとサブジョブ。

 テルスピア・オンラインでは、プレイヤーは二つのジョブを組み合わせてスキルを構成する事が出来る。


 転職する事も可能だが、今回その手間が省けたのは大きい。


「どうするつもりじゃ?」

「アルタにエンチャントをかける」


 エンチャント。武器や人物に属性を付与させて、強化する魔法だ。


「これで一時的に聖属性を付与させて、聖剣を引き抜かせる」


 主に敵の弱点を突きたい時に使用する強化方法だが、こんな形で役に立つとはな。


 問題は、レベリングの時間か。

 聖属性のエンチャントはレベル二十で解放される。

 今は六。間に合うか?


「アルタ、これを持っていてくれ」


 俺はアルタに、アイテムボックスから一つアイテムを手渡した。


「宝石?」

「俺のパーティーに入れ。そのアイテムがあれば離れていても経験値が共有できるし、会話もできる」


 経験値の共有はレベル二十までの制限付きだが、初心者救済用のアイテムである。

 見た目は赤い宝石で、他にもいろいろ機能がある。


「俺達は今から、鉱山にレベルを上げに行く」

「鉱山に? あなた達のレベルでは……」


 鉱山は遠回り必須のダンジョンだ。

 敵も初期のレベルでは太刀打ちできず、ゴーレムなどの強力な魔物が多く設置されている。


 故に、経験値は多い。勝算もある。


「時間がない。街道でレベルを上げていったら、とても五時間じゃ戻って来られないんだ」


 アルタの沈黙は、いろいろな意味が込められていた。

 困惑。動揺。そして、期待。


「助けて、くれるのか?」

「それしかないらしい。もし達成できたら、お前には目一杯働いてもらうが、いいな?」


 コクリと、アルタは頷く。


「もう五日も何も食べてない。約束しよう、あなた達と組む」

「ほう。意外じゃな、魔王とは組まぬと駄々をこねるかと思っておった」


 確かに意外だった。

 アルタの印象は少しばかり無口で頑固、ベガリーとは真逆だ。


「関係ない。私は確かに≪勇者の託宣≫を持って生まれた自覚はあります。しかし、聖剣を引き抜けずに絶望していました」


 ソウルデグレード。呪いの自覚症状だけはなかったのか。

 そういえば、ベガリーも最初はそうだった。

 魔法を発動できず、困惑していた。


「邪神だろうと魔王だろうと、私は勇者であると証明してくれるなら一時的にでも信じてみます。その後の方針は、あなた達次第」


 とにかく、助けてもらうのは拒否しないってことか。

 タイムリミットは五時間。

 ゲーム内の時刻では、ちょうど陽が沈む頃になる。


「わかった。まずはお前を助けよう。ベガリー、行くぞ!」


 踵を返し、俺達は鉱山へと向かう支度を始めた。

 ベガリーのMP回復の為、街でビスケットを買い足すのは第一優先に。


 HP回復のポーションも少しばかり買い足し、俺達は三叉路へと戻っていく。


「おや、旅のお方。もう行かれるのですか?」


 村を早々に出ようとしていたところ、腰の曲がった老人が話しかけて来た。

 この村の村長だろうか。


「いえ、すぐ戻りますよ」


 向かうは中央の別れ道へと続く、鉱山。

 燃やせる魔石、魔石炭の特産地でもある『トヒル鉱山』だ。


 残り時間、あと四時間と五十分。

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