第4話「アクィラ・アルタと『イシュタ村の絞首刑事情』」


「確かにアイツが勇者で間違いなさそうだけど、なんでわかったんだ?」


 俺が≪アクセス≫で勇者だと認識する前に、ベガリーは彼女を勇者であると看破していたようだ。


「余の魔眼じゃ。相手の持っているスキルがわかる」


 ベガリーは自分の右目を指差して、ニヤりと笑ってみせた。


「でも、職業は勇者じゃなくて村人だ」

「確かに不自然じゃな。勇者の託宣スキルを持つ者は例外なく≪聖属性≫を身に付けておるし、聖剣に触れておれば勇者として認定される」


 ……聖属性。


「ベガリー、確か聖剣って前提条件があったよな。装備する為の」

「うむ。聖属性じゃ。それがなければ、刀剣ある場合は柄をすり抜けてしまうぞ」


 つまり、勇者以外は聖剣に触れないってわけだ。

 それと聖剣を装備する為には、勇者と名の付くスキルを一つ以上身に付けている必要がある。


 彼女は≪勇者の託宣≫スキルを所持している為、その条件はクリアしている。

 しかし、彼女が持っているスキルはそれだけではない。

 アクィラ・アルタの所持スキルは≪勇者の託宣≫以外では、刀剣関係のスキルが多い。

 特に≪居合≫は低レベルとは思えないほどに熟練度が高い。


「ん? 奴は、余と同じ呪いにかかっておるようじゃな」


 ベガリーの魔眼も、例のスキルを捉えたらしい。


 ソウルデグレード。

 ベガリーが所持しているMP極限減少とは違う。

 内容はこうだ。


【ソウルデグレード ≪聖属性≫の欠落】


 勇者にとっては致命的、いや壊滅的とも言えるデバフと言える。

 この呪いは、彼女の存在価値すら疑われるレベルの弱体化だろう。


「悪いが、ベガリー。あいつは戦力になりそうもない」


 わざわざ弱体化している勇者を助ける必要もない。

 勇者を探せとの文言は気になるが、あの聖属性が抜け落ちた勇者では話にならない。


「別のやつを……あれ?」


 説得しようとしたのも束の間、ベガリーは既に次の行動に移っていた。


「相まみえた事、嬉しく思うぞ! 我が宿敵、勇者よ!」

「…………」


 ベガリーは檻の前で仁王立ちとなり、少女アルタを見下ろして高らかに叫んでいた。

 膝を抱えたままのアルタは沈黙を持ってベガリーに応える。


「おい、ベガリー。そいつは……」

「なんじゃ、カイセイ。こやつに用事があるのじゃろ?」


 さて、ベガリーをどう納得させるか。


「あのな、ベガリー。そいつは呪いを受けている、勇者にはなれない」

「…………」


 気まずそうにしている少女には悪いが、ここで時間を浪費するわけにはいかない。


 メニュー画面からログアウトができない以上、ログインする方法は二つしかない。


 一つは、外部からの操作によるログアウトだ。

 会社の人間が俺の不在に気付くのはいつだろう?


 もうとっくに気付いていてもいい頃か。

 あの開発部から来たメールは、俺に対するメッセージなのは間違いないのだ。


 まだ俺がログインしている状態にあるのなら、この方法で脱出するのは厳しいのだろう。


 残る一つは、ラスボスを撃破した際に訪れるエンディングを迎えてのログアウトだ。

 MMORPGにはラスボスが存在しても、エンディングは存在しないものがほとんどだ。


 しかし、このテルスピア・オンラインは違う。

 ラストボスを倒した直後、エンディングが流れて来る。

 その後、自動的にログアウトが行われるシステムだ。


(あのプログラムが生きているなら、ラスボスを倒してログアウトする方法が一番確実だ)


 時間はかかるが、覚悟を決めよう。

 攻略には最新の注意を払えばいい。


 開発を担当すると決まってからはシステムもスキル名も、勉強できるところは頭に叩き込んだ。


 デバッグを兼ねて、本気で脱出してやろうじゃないか。

 シュシバルバ。

 時間がなくて攻略面やストーリーまでは追えていなかったが、そんな名前のラストボスだったような気がする。


 くそっ、誰かと通信が繋がれば確認できるのに。


「その人の言う通り、私は勇者じゃない。だから、ここに入れられたの」


 ここでアルタは始めて言葉を交わしてくれた。

 ボソリと呟くような音量。

 しかし、彼女の意思は俺とベガリーには伝わった。


「聞いたろ、ベガリー。他の勇者を探そう」

「カイセイ。それはやめた方が良い」


 真顔で、ベガリーはそんな言葉を淡々と述べて来た。


「根拠は? 魔王の勘か」


 魔王の単語に反応したアルタだったが、今はそんな事は関係ない。


「この村には特殊な伝承がある。冥府の竜王を討伐するのは、この村の勇者なのじゃ」

「他の勇者には倒せないのか?」

「そうじゃ、ヤツの場所に辿り着けもしない」


 根拠、とは少し違う。

 ベガリーの言う『冥府の竜王』がラストボスなら、俺がこの話を突っぱねるのはかなりまずいのではないだろうか。


「その理由はな。こやつが『転生者』だからじゃ」


 転生者。

 キャラメイクの際、別のキャラから能力を引き継いだりするキャラクターがそう呼ばれる。

 同じプレイヤーで違うキャラクターを使う時、そういった形で能力を引き継ぐことができる。


 しかし、今この瞬間における意味は『そのまま』になるのだろう。


「勇者の、転生者?」

「その通りじゃ。それこそ、冥府へと辿り着く為の条件である」


 曰く。

 この森と鉱山に囲まれたイシュタ村には、変わった風習があった。


 広場にある一本の剣。

 これが所謂『聖剣』と呼ばれる代物だが、これが世界に七本存在する内の一本である。


 この聖剣は勇者が引き抜けば所有権が移り、所有している勇者が死亡すれば聖剣は各地へと戻ってしまう。


 十六歳となったこの村の少女は、聖剣が村にあればそれを引き抜く儀式を執り行う。

 聖剣を抜ければ勇者に、抜けなければ村人に戻る。


 しかし、聖剣を引き抜けなかった『四人目』の少女。

 その者にはある役割が命じられる。


「早い話が生贄ですよ」


 諦めたように、アルタはこの村の伝承について教えてくれた。


 生贄として絞首刑にされた十六歳の少女は、勇者として生まれ変われると言う伝承がある。


 勇者が倒すべき真の敵は冥府にあり、転生者は死すら超越する存在と信じられていた。


 剪定と生贄の儀式。

 これが、イシュタ村の絞首刑事情である。

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