第5話 「消えた記憶」
男は一時的に元の街に戻ることにした。
男は村での医師としての仕事に忙殺される日々を送りながらも、火の坂の謎についての探求は続けていたのだ。
本当かはわからないが、赭坂で大きな事件があったと老婦人から情報も得ていた。
その情報のためにも一度元の街に戻り、忙しい日々を過ごす中、男性は赭坂についての文献を探すことに決めた。
赭坂には、事件に関する何らかの関連情報があるかもしれないという期待を胸に、男は街の資料館を訪れた。
「何故なんだ…」
しかし、男が探している文献や資料は見つからなかった。
赭坂に関する記録は極めて少なく、過去の出来事についての情報も乏しかった。
「気になる年の資料が、ごっそり抜けている…?誰かが抹消したのか?」
男は落胆しながらも、あきらめずに探求を続けることを決意した。
「業に従う、やはり村でしか情報は得られないのかもしれない」
そうして、男は街の図書館の地下にある未解決事件の資料室に向かった。
扉には
「ここは関係者しか入れません」
と書かれている。
資料室は一般の人には開放されておらず、特別な許可が必要であったが、男は彼の医師免許を活用して入室を許可された。
男は資料室で数十年前の赭坂の事件に関連する資料を探し始めた。
数時間にわたる探索の末、男は一冊の古い手書きの日記を見つけた。それは赭坂の事件が起こった当時の人物が記したものであり、消えた人々のことにも触れていた。
日記には人々が消える現象についての記述があり、赭坂の村人たちの不安や恐怖が綴られていた。
「神隠しか?」
男は熱心に日記を読み進め、赭坂の事件と火の坂での影の現象との関連性についての線を探ろうとした。
そして、驚愕の事実が彼の目の前に広がった。
日記のページには、火の坂のことが記されていた。数十年前の事件の前後に、赭坂の村で大きな火事はあったと言うのだ。
「新聞にも載ってる…何故、今まで見つけられなかったんだ」
男は心が高鳴り、事件と火の坂の関連性を探求する決意を新たにした。
男は手に持つ古い日記のページを捲ると、一枚の写真がページから飛び出してきた。それは数十年前の赭坂の風景が写し出されたものであった。
写真には、青々とした草原が広がり、その向こうには緑豊かな山々がそびえ立っていた。遠くには村の家々が見え、その中心には火の坂がそびえ立っていた。
男は写真をじっと見つめながら、火の坂にまつわる謎と事件のつながりを探ろうとした。
写真の背景に映っている火の坂は、何か不思議な存在感を放っているように見えた。太陽の光がその上に降り注ぎ、坂の色が鮮やかに輝いている様子が写し出されていた。
男は自身の記憶の中で、火の坂が赤く輝く様子を思い出し、写真との一致に驚きを隠せなかった。
男は写真を手に取り、周囲を見回した。資料室の暗い空間の中で、写真が持つ明るさとエネルギーが男を包み込むように感じられた。
男は思わず口元に微笑みを浮かべた。この写真が赭坂と火の坂の秘密を解き明かす鍵となる可能性があると確信した。
「ついに、見つけたんだ。火の坂って書いてある。やっぱり、火の坂と呼ばれていたことがあるんだ」
男は写真を大切にし、日記と共に持ち歩くことに決めた。これらの手がかりが、赭坂の事件や火の坂の謎に迫るための重要な情報を持っていると確信していたのだ。
男は資料室を後にし、元の街に戻る途中で写真を再び見つめた。
その一枚の写真が示す光景が、男の中で未知の世界への扉を開いているように感じられた。
男はまた村へと戻り、赭坂の地元の住民に話を聞きまわるり、以前よりももっと、口承の情報を集めることにした。
「へぇ、そんなお爺さんがいるんですね」
老婦人の家にも変わらず訪れた。
老婦人の家族は男の訪問を始めこそ嫌な顔をしていたが、男が医師と知るや自分も診て欲しいと媚び始めた。
男はもちろん「えぇ、構いませんよ」と答え、老婦人の家へ自由へ訪問する許可を得たのだ。
老婦人は思い出したかのように時折赭坂の名前を口にはしたが、事件の話などは話さなかった。
男は先に進まないことにイラつきを覚えていたが、諦めずに村の人から少しづつ情報を得るため動いた。
カランカラン―――
いい音が鳴る。
ある日、男は赭坂の地元の喫茶店に立ち寄ると、長老とよばれている人物と出会うこととなる。
長老と言う男は、老婦人が以前話していた男と酷似していた。
老婦人から以前聞いた話だと、長老は赭坂の歴史や伝承に詳しく、
―――過去の出来事について多くの話を聞くことができるのではないだろうか。
と男は考えていた。
古びた田舎の村にある喫茶店は、静かな佇まいが特徴的だった。小さな路地を抜け、木々に囲まれた小道を歩くと、古びた建物が見えてきた。外壁はくすんだ木が折り重なり、屋根は古びた瓦で覆われている。
喫茶店の入り口は、古びた木製の扉となっており、小さな鈴がそっと風に揺れていた。
男は一見、古民家のようで、家ではないのではないかと思って入るのをためらった。
この村にはこう言った個人の家が多いのだ。
扉を開けると、中には素朴ながら温かみのある空間が広がっていた。
雨の日は靴の泥を入り口のマットで取るようにと書かれた紙が壁に貼られている。
店内はこぢんまりとしており、木の香りが漂っている。
古びた木の床や壁には、年月の経過を感じるひび割れや色褪せがあり、その味わい深い雰囲気が風情を感じさせる。
席はカウンターのみとなっており、脚の長いシンプルな椅子が置かれている。
テーブルにはかすかに古びた木製のコースターが置かれ、そこには赭坂特有の模様が刻まれている。
壁には地元の人が書いたと思われる手作りの絵や写真が掛けられ、自然や四季折々の赭坂の風景が描かれている。男は見つけた。
「…あの絵は」
―――火の坂の、絵だ。
カウンターでは店主であろう年配の男性が丁寧にコーヒーを淹れている。
コーヒーの香りが店内に広がり、そこだけは時間が止まったような穏やかな雰囲気が漂っていた。
喧騒から離れたこの喫茶店は、心を落ち着かせ、ほっと一息つける場所として地元の人々に愛されているのだろう。
男は迷わずカウンターに近づき、男性に声をかけた。
「おすすめのコーヒーがあれば教えていただけませんか?」
男性は厳しい目つきで男を見つめ、しばらく黙っていた。
男はその態度に少し嫌な感じを受けつつも、諦めずに微笑みを浮かべて待った。
すると、男性はコーヒーカップを手に取りながら話し始めた。
「ここの喫茶店のコーヒーは地元のこだわりが詰まっており、どれも味わい深いものばかりですよ。特に今日は季節限定ブレンドがある。自家焙煎の豆を使っていて、香りとコクが絶妙」
ぶっきらぼうだが丁寧な説明。そして落ち着いた深い声をした男性だった。
「そうですか、それなら季節限定ブレンドをホットでお願いします」
男の返答に男性の口元にほんのりと笑みが浮かび、心なしか厳しい雰囲気が和らいでいくのがわかった。
男はコーヒーが好きだった。
色々な喫茶店を周ってはブラックコーヒーを頼んだこと、濃いめが好きなことなどを男性に伝えた。
「なるほど、コーヒーには一定のこだわりがあるのか。じゃあ、特別に美味しいものを淹れますよ」
男性がそう言うと、コーヒーグラインダーを取り出し、丁寧に豆を挽いていく。その手つきは確かで、見る者を魅了するものだった。
男は男性が淹れるコーヒーを心待ちにしながら、ほんのりとした感謝の気持ちを込めて言った。
「ありがとうございます。こちらの喫茶店は、ずっと気になっていたんです。ここで美味しいコーヒーをいただけるなんて、本当に嬉しいです」
男性は微笑みながら、カップに熱いコーヒーを注いで男に差し出した。
「どうぞ、じっくりと味わって」
男は男性の手から受け取ったコーヒーカップを両手で包み、香り高いコーヒーの香りに鼻を近づけた。
喫茶店の温かい雰囲気に包まれながら、ゆっくりとコーヒーを味わっていた。
男性はやはり、老婦人の話していた長老だった。
男は長老に赭坂について尋ね、特に老婦人から聞いた事件について、興味を持っていることを伝えた。
「何か、ご存じのことがあれば…」
長老は少し考え込んだ後、重要な情報を提供してくれた。数十年前、赭坂では一連の未解決の事件が起こったというのだ。
事件は連続して起き、村人たちは不安と恐怖に包まれた。その中でも特に注目すべきは、消えた人々の話であった。
「事件が起きる前後、赭坂では突然人々が姿を消すという現象が頻発した。村人たちは消えた人々の行方を追ったが、どこにも辿り着けませんでしたよ」と長老は語った。
「まぁ、こんな古びた働き口もない村、みんな出てって当たり前なんだけどな」
男性は興味津々で話を聞き入っていた。彼は赭坂の過去の事件と火の坂で影の現象に共通点があるのではないかと考えた。
長老は事件が解決せずに迷宮入りとなり、赭坂の人々の心に深い傷を残したことも伝えた。
「若い男が消えることが多くてな、若いって言ってもまぁ…なんだ?そうでない奴もいたか」
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