初恋怪談

カタコ

第1話 柄樫サリエの世界①

 柄樫サリエの世界は彼女に優しかったが、居心地が良いものではなかった。 

全体的に茶色の所々金糸が混ざったようなゆるい癖の有る長い髪。      

くっきりとした二重に丸い形の目は夜でもきらきらと光り、藍と灰色が混ざった光の加減で色を変える瞳は大きく、やはり茶色の長くカールしたまつ毛に覆われ、殆ど透き通ったような白目の存在を感じさせない。

小さな顔、細く長い手足、それでいて肉付きの良い女性らしい丸みを帯びた胸や腰や、下半身。

乳白色とピンクで作られた皮膚はシミやしわや継ぎ目の無い一枚の絹布のようで、健康的につやつやとしている。

聞ける事はあまり無いが、その声は澄み切ったソプラノで、さらさらとした軽い雪を思い出させた。

耳心地はとても心地よく、小さくてもよく通った。 

高く小さい鼻には少しだけそばかすが在り、かろうじて彼女を人間に見せているようなものだった。  

出来るだけ目立たぬようにと、その豊かなきらきらと光る髪を、常に後ろで三つ編みにして、地味なワンピースを着続けても、それさえまるで絵画のモデルの為の装いのようで、周囲の子供達とはまるで別の世界の生き物に見えた。 

このようにサリエは非常に美しい少女だった。

 サリエは10歳の頃に、母の美麗と共に、美麗の故郷である、山と海に挟まれたこの町に東京から移り住み、地元の名士である祖父の加護の下で何不自由無く育った。

圧倒的な美少女ぶりは、もともと彼女に対して特別な扱いを周囲にごく自然にさせたのだが、祖父母は彼女を守る為に随分と心を砕いた。

彼らの末娘である美麗も非常に美しい女性で、若い頃には物騒事が多かった事も有るが、サリエは外国人で美丈夫な父の血も受け継ぎ、その一段階も二段階も美しかった為である。

サリエ達を住まわせるにあたり、護衛として訓練を受けた腕の立つ女性を大勢女中として雇い、屋敷を大きく改築した。

屋敷の周囲には透き間なく植木が植えられ、外から視界が遮断され、建物は、見た目は一つの屋敷でも、内側は完全に母屋と分断されており、二人の生活空間へは、一つの扉でしか行き来が出来ず、その扉の前には交代で番がついた。

外壁も、その空間には天窓と三階の窓しか無く、あとは何の足がかりも無いように作られた。

二人の周囲には勿論女性しかいなかったし、屋敷への男性の出入り自体も随分制限された。

祖父に長年仕える老齢の執事達さえも、サリエに近づく事は許されず、美麗の兄である伯父達にも、当初は会う事が無かった。

伯父の妻達は、親に溺愛されて育ち、東京へ進学させて貰ったにも関わらず、若くして外国人の愛人となり、20歳そこそこで不義の子を産んだ美麗を毛嫌いしていた。

美麗には随分と冷たかったようだ。

初めて彼等に会った日、伯母達は息を吞み、侮蔑の眼差しを浮かべていた目を気まず気に逸らした。 

サリエがただ、そこに立っているだけで。

その日から、伯母達はサリエに対してはずっと常識的に接している。

そんな光景を、サリエは今迄に何度も見た。

美麗の醜聞は狭い町で有名だったので、近所の住民や、子供達や、親達は、サリエの存在をよく知っていたし、境遇だけで蔑まれていた、らしい。

何処かで見かけた時には、揶揄いや意地悪の対象にしてやろうと考えていた者もいたかもしれない。

最初は。   

小学校の職員室で教員達に挨拶をした時も、保護者同伴での全校集会で紹介された時も、人々は静まり返り、ただぽかんとサリエを見つめていた。

町の二つしかない小学校が合わさる中学校の入学式でも、それは変わらなかった。

サリエを初めて目にする人々は、わざと野暮ったい装いや髪形をしながらも、サリエがまるで光を纏ったように歩く姿を見て、やはり静まりかえった。

そうして、放心状態から抜け出ると、うっとりと羨望の眼差しを向けるか、おどおどと目を逸らすか、にこにこと親切に振舞うか、様々な反応が有ったけれど、誰も悪意を向けなかった。

小学校でも、中学校でも、担任は女性で、男性職員は彼女に近づかないように徹底され、更に、常に護衛が付き、体育や、校外学習や、修学旅行は自習をしていた。

それでも誰も文句を言わなかったし、大袈裟だと嗤う声も一切聞かれなかった。

周囲は、サリエを守る事を当然としていた。

そういう、悪意をねじ伏せ、特別を納得させる力が、サリエの美しさにはあったのだ。    

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