第2話 転生

「キキィッッ」


ゴールデンホーンラビット。俺の今日の貴重な貴重な獲物だ。


言うなれば一攫千金を狙える歩く財宝ってところか。


絶対に逃すものかと俺は気配に気づかれないように、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。


親父に教わった、音を立てない歩行術を使って矢で狙える距離まで近づく。


草むらに隠れ、とりあえず息を整える。


「ふぅ」


もし一撃で仕留め損なったら、逃げられたり襲われたりするかもしれない。

何としても一撃で仕留めたいところだ。


弓を構え、矢を引き、その時を待つ。


獲物が真横を向いた瞬間…その瞬間を待っていた。


「…ッ」


頭で考えるよりも早く、感覚で矢を放つ。


(これは完璧だろ…) 


「ガギン」


金属の擦れ合ったような音が響いた。


矢は、角に当たって、地面におちた。


「くそっ…頼むから逃げるな…」


一撃で仕留め損ない、焦った俺は、即座に短剣を抜いてゴールデンホーンラビットの所へ走る。


幸運にも、獲物は逃げることなく、逆に臨戦態勢をとっていた。


かといって、倒すのが簡単というわけでは全くない。


その黄金に輝く角は非常に硬質で、兎の魔物の脚力から生み出されるスピードで思いっきり突っ込まれ、立派な金角に刺されると穴が空いて即死である。


「ギュギュイィ」


ゴールデンホーンラビットは真っ赤な瞳で俺を睨んでいる。


体を低く保ち、いつでもジャンプできる体制を取っているのだろうというのがすぐに分かった。


(ジャンプの瞬間を見誤ったらあの世行きだな…)


首筋に汗がながれる。


体当たりを避けられるよう、地面がぬかるんでいないか確認してから、腰を落としてその時を待つ。


短剣を持つ手は緊張でこわばっている。



(いける…おちつけ俺…)


覚悟を決めたその瞬間のことだった。  




「ンッ…!?」


特に何か音がしたとか動いたとかではない。

とてつもない重圧が俺の体に襲いかかった。

 



体が全くいうことを聞かない。




それは目の前のゴールデンホーンラビットも同様であった。


体中から汗が噴き出る。頭が混乱する。


「ハ…フ……フゥ…ア…………」


声も出ない。


何が起こっているのかわからない。

力が抜けて膝をつく。


(なんだ…この魔力…やばすぎる)


どれだけの時間が経ったのかわからない。数秒だったのかもしれない。

奴が…奴が目の前に現れるまで…



(フェン…リル……!?)



目の前にあったのは、俺の体の10倍はあろうかという巨軀に真っ赤な眼、日の光をあびて銀色に輝く体毛、地面にめり込む爪…


昔、祖父から聞いた伝説の魔物に違わぬその巨狼の風貌であった。



(どうして…どうして【災害級】がこんなところに…)



その存在自体が伝説となっているほどの【災害級】と呼ばれる、世界の存亡に関わるほどの力を持つといわれる魔物。


ただでさえ【災害級】が確認されたとあれば、人類の滅亡をなんとか阻止するため、国々が協力して、持てる武力のほとんどを投じてでも倒さなければいけないのだが、その中でも最上位の魔物、《暴災のフェンリル》がいま俺の目の前にいる。


もちろん、対抗心など芽生えない。


生きることも完全に諦めている。それは自分の「死」を本能的に理解しているからだ。


ただ、呆然と赤い眼をみつめる。




ふっと空気が動く。

いつのまにか手の届く距離で口を開けている《暴災》をみたのを最後に、俺の意識は途絶えた。


“…歴史を動かしなさい………あなた……1000年前の………に転生し………………………”


どこからかそんな声が聞こえた気がした。




「オギャーァ、ウギャァ……」

声が聞こえる。泣いているのだろうか…


俺の声だ。


そう気づくのにそう時間はかからなかった。


状況が理解できない、が、泣くことしかできない。


暖かい。何かに包まれているのか…


そこで俺は聞いた。


「生まれてきてくれてありがとう。あなたの名前は…アクセル。アクセル・ベーカーよ」


そしてまた意識が遠のいていった。

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