第33話     一肌脱いじゃう 9

 ドリスは廊下を冷ややかな視線を浴びながら走っていた。


「こちらへ!」

 文官のような服装をした男が腕を取り、空いている部屋に匿ってくれた。

「もういや!帰りたい!」

「どうされたのですか?」

「化け物がいるの!殺されちゃうわ!」

「・・・化け物ですか?それは目撃したという暗殺者?それとも私の事ですか?」

「ひっ!」

 文官を装っていた男はナイフを構えた。そして声を上げられないように口を塞いだ。

 ドリスが恐怖で意識を失いかけた時、扉が開きロイドと護衛が飛び出してきて王宮内に潜む内通者を取り押さえたのであった。


 ドリスは結果的に命を懸けて内通者を特定するという手柄をあげた。

 当人は何一つ協力をしなかったというのに、褒美を寄こせ、責任をとれと騒ぐ。

 しかし、わずかの謝礼を貰えることもなく、戦争につながる暗殺事件をいたずらに長引かせた責任と侯爵夫人への無礼な振る舞いおよび傷害で裁かれることとなった。


 「冤罪だ、何一つ悪いことをしていないのに横暴だ」と放り込まれた牢の中で叫んでいるドリスのもとにトカゲが何度も何度も現れた。

 ある時はお皿の陰に、ある時は枕の下から、そしてある時はポケットの中に・・・。

 そのたびにドリスは大騒ぎし、毎日毎回、食事の度、着替える度、寝る度に震えながらトカゲが潜んでいないか点検する一生を送ることになる。

 精神的に不安定と判断されたドリスは、治療もかねて無期で修道院に送られることとなった。

 もちろんトカゲさんはアフターフォローも忘れない、時折修道院に出かけてはドリスの前に現れるのだった。


 ドリスは少し夢を見ただけなのに、少し嘘をついただけなのに。

 なぜこんな目に合うのか、最後まで理解できず、反省もしなかったため神の怒りを買ったのだと知ることもなかった。




 内通者の騎士は取り調べに何も話さず、厳しい拷問にも口を割らなかった。

 ドリスの証言から隣国がいまだ侵攻をあきらめていないことを推察できるのみだ。

 いつ仕掛けてくるのか緊張状態が続く。

 国境沿いに兵を集め、臨戦態勢をとってはいたが、不確かな証言だけでこちらから戦いを挑むと他国からはこちらの暴挙と捉えられてしまう。

 皆が寝る暇がないほど情報収集や会議、準備にと走り回っていた。


 王太子の執務机のまわりにステファンとロイド、騎士隊長らが頭を寄せる。

 王太子が眉間にしわを寄せながら、皆の意見を検討する。

「国民の事を考えると戦を避けたい。会談の場を設けて、非開戦の道を探れないものか。」

「相手を信用できません。話し合いの場で襲撃されますよ。」

「ああ、しかしただ待つだけでは・・・」

と、王太子が言いかけたところでステファンが叫び声をあげる。


「あっ!!」

「なんだ?ステファン。」

「い、いいえ。何でもありません。」

 ステファンは王太子の肩を凝視する。

 ロイドも気が付いたようで、二人して王太子の肩のトカゲから目を離せない。

 騎士団長や他の参謀からは見えない微妙な位置取りで、片手をあげてまん丸目玉でこちらを見ている。

 思わず、ステファンとロイドは頭を下げた。

「なんだ?」

 自分に頭を下げられたと思った王太子が尋ねる。

「・・・いえ。」

「私を暗殺し、それを合図に侵攻する予定だったのであろう。」

 王太子の言葉に、トカゲはうなづいている。

「だがその計画が失敗した。あちらは作戦を立て直しているはずだ。それでも攻撃を仕掛けてくるのか、話し合いの余地はあるのか・・・」

「「・・・・。」」

 トカゲが駄目だというように横に首を振る。ステファンとロイドは顔を見合わせる。


「おい、お前たち。さっきからなんだ?」

 国の大事な時に、二人が気もそぞろでよそ見をしてる。つられて王太子も自分の肩を見る。

「い、いえ!なにも。それよりも会談は悪手かと。」

「では、先手を打って攻撃するつもりか?あちらの反撃の口実を与えるばかりか、周辺諸国から非難されるのは当国だ。」

 今度は、やれやれというように首を横に振っている。

 まるでトカゲが参謀のようである。


「・・・それもおやめになった方が。」

「攻撃を待つしかないのか。あちらが先に準備をしている以上、こちらの手の者を大勢潜り込ませるのは今更無理だろうし。」

 王太子がそう言った時、トカゲが自分の胸をポンポンと叩いたように見えた。

「任せろ・・?」

 思わず、声に出してしまう。

「任せろだと?ステファンにいい考えがあるのか?」

「いえっ・・わたしはその・・・」

 トカゲがうんうんと頷くのを見て

「・・・お任せください。」

 殿下は眉をひそめてステファンを見ていたが、いきなりバッと後ろを振り向いたが誰もいない。

「・・・何か見えてるのか?私はそういうのは信じないが。」

「いえ。」

「任せろというのはどういうことだ?どのような作戦だ?」

「それは・・・この場ではちょっと。」

 作戦など何もない。

「ここでは言えない?内通者がまだいる考えているのか?」

 トカゲは首を振る。

「いいえ、もう内通者はいないようです。」

「・・・何なら今はお前が一番怪しく感じるがな。」

 そう言われても仕方がなかった。自分でもそう思うのだから。


「ともかくお任せ下さい!」

 ステファンは腹をくくって言い切った。

「いつまでだ?その作戦の期間は?」

 そう聞く王太子にステファンは疑問形で返事をする。

「2,3日?」

 トカゲの返事はノー。

「もっと長く?」

 まだ首を振る。

 王太子が再びバッと後ろを振り向くが何も見つけられない。

「お前は誰と話しているのだ。」

「・・・自分とです。自問自答しておりました。い、一日。明日まで待ってください。」

 この場の最高司令官となったトカゲは満足したように大きく頷き、すすっと王太子から離れると執務室から出て行った。


 それを見たステファンとロイドはそろって大きなため息をついた。

「本当になんなんだ!今日のお前たちは!」

「「何でもありません。」」

 そして明日迄、待って欲しいと頼んだ。

 ただ万が一、今日中にあちらに動きがあった場合は徹底抗戦をする。国境近くの国民を避難させ、準備だけはしっかりとしておくことになった。


「ステファン、あんなことを言ってよかったのか?」

 ロイドが心配する。

「・・・わからない。だが、竜のお使い様が来てくれるのを待つしかないだろう。あれだけ気にかけてくれてたんだ、何らかの指示をくれると信じてる。」

「・・・まあ、国の一大事にトカゲの指示を仰ぐ我々も大概だな。」

「他人が知れば我らの正気を疑われる。」

「あれがただのトカゲだったら・・・我々は責任をとって命を差し出せねばならないぞ。」

「・・・そうだな。いざとなれば私が代表として会談に臨むさ。」


 二人は密談をするからといい、ステファンの執務室でトカゲがやってくるのを待った。

 待つ間、自分たちでも戦争回避の作戦を考えたが、どれも時間がなく、リスクも高く実行困難であった。

 開戦となれば、戦力は同等。準備をしていた分、あちらが有利だろう。国民に被害を出さないために二人は頭を悩ませながらもトカゲを待ちわびた。


 しかし、最高司令官は現れなかった。

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