正義039・決着

「グルオオオオオオオオオオオォォォ!!!!!!」

「ちょ……まだパワーアップするの!?」

「まだってことは、さっきも?」

「ええ……頭と腕が増えたわ」

「そっか。これが最終形態なのかもね」


 エスはそう言って、正義剣ジャスティスソードを一齧りする。


 明らかに相手の力が増したので、こちらも正義力ジャスティスパワーを補給しておきたい。


「大丈夫? 倒せそう?」

「うーん……相手の魔力も無尽蔵ってわけじゃなさそうだし、やれないこともなさそうけど……」

「そうなの?」

「うん」


 エスは正義眼ジャスティスアイで混成体を見ながら言う。


 驚異的な再生力を持つということは、それだけ魔力マナの消費も大きいということだ。


 正義眼を通して見ると、心臓と思われる部分が特に強い悪のオーラを発しているが、着実に消耗していることが分かった。


(ただ……俺も気を付けないと剣がなくなっちゃいそうなんだよね)


 さきほどまでの状態ならまだしも、相手は見たところ数段強くなっている。


 試しに牽制の斬撃を飛ばしてみるが、防御力、再生力共に上がっていた。


(この再生力を突破するのは大変だし、剣がなくなったら厳しいかな……?)


 エスは両手に握った正義剣と、目の前の混成体を見比べる。


 負けることはないにしても、剣の残量的に勝ちきれるかも微妙なラインだ。


「グルオオオオオオオオオォォォッ!!!!」

「ブレスが来るわ!」


 どう戦うべきか考えていると、混成体がブレスの準備に入る。


 3つの頭それぞれが黒い魔力の小球を生成し、高濃度の黒い光線を同時に放った。


「……おわっと!!?」


 発動が早かったため迎撃の準備が間に合わず、エスはクロスさせた正義剣で3つのブレスを受け止める。


「そのままお返しだっ!!!」


 クロスさせた剣を思い切り振り抜き、野球のようにブレスを打ち返した。


「グオォォ……!」

「やったね!」

「跳ね返せるの!!?」


 打ち返したブレスは真ん中の頭に直撃、どでかい風穴を顔面に空けるが、その傷もわずか数秒のうちに回復する。


「えぇ……これ、倒せるわけ?」

「面倒だね……」


 今のダメージでもすぐに再生するとなると、最後まで削るのは難しい。


 ブレスを受け止めた時に正義力も消費したので、持久戦では分が悪そうだ。


「最悪、撤退も……」

「心配しないで!」


 神妙な顔のユゼリアにエスは言う。


「ちまちまやっても削れないなら、超火力を叩き込めばいい」

「超火力って……当てはあるの?」

「うん、簡単な話だよ。相手がパワーアップしたんだから、こっちもパワーアップすればいい」

「……? どういうこと?」

「まあ見ててよ!」


 エスはそう言うと、ユゼリアの隣にいたジャスティス1号を呼ぶ。


「ジャスティス1号、をやろう」

「……っ! ジャス!!」


 エスの意図を一瞬で汲み取り、拳を差し出すジャスティス1号。


「いくよ!」

「ジャス!」


 エスは彼の前に片膝を突くと、鏡合わせの形で拳を差し出した。


「何を……」

「――【憑依】!!」


 首を傾げるユゼリアの前で、エスは高らかに叫ぶ。


 刹那、ジャスティス1号の全身が黄金に発光し、エスの拳にするすると吸い込まれていく。


「ええっ……!?」


 ユゼリアが目を見開く中、今度はジャスティス1号を取り込んだエスの体が発光する。


 そして光が収まった時、そこにいたのは【憑依】が完了したエスだった。


「えええええええ!? 合体した!!?」


 ユゼリアが驚くように、憑依後のエスは外見が変わっていた。


 最も特徴的なのは耳と尻尾。


 赤髪の隙間からツルンとしたグレーの耳が生え、マントの隙間から長い尻尾がはみ出している。


 また、マントの装飾も少しだけ派手になり、『S』だったブローチの文字が『SJ』に――ジャスティス1号の頭文字と合体していた。


「ジャスティス1号の力を取り込んだの……?」

「うん」


 エスは頷きながら言う。


 まるで2重になったような、エコーがかかったような不思議な声だ。


【憑依】はその名の通り、ジャスティス1号の体をエスに憑依させる技。


 両者の正義力が爆発的な相乗効果シナジーを生み、戦闘力がぐっと上がる。


 憑依状態には数段階のレベルがあり、今回は最低のレベル1だが、それでもかなりのパワーアップだ。


 高濃度の正義力が黄金の炎のようになり、エスの全身を覆っている。



「ユゼリア、危ないから離れててもらえるジャスか?」

「え? ジャス?」

「大丈夫! すぐに片付けるジャスよ!」

「喋り方大丈夫!!?」


 堪らずといった様子でツッコむユゼリアに、エスは「ああ」と笑う。


「憑依中は口調が変わるんジャス! ジャスティス1号の要素が混ざるからジャス」

「えぇー……」


 人格は100パーセントエスなのだが、お約束的に口調が変わるのだ。


「なんていうか……生々しいわね」

「そうジャスか?」

「…………」


 ユゼリアは笑みを引きつらせつつも言われた通り距離を取り、エスが全力で戦える環境を整えた。


「よーし、さっさと終わらせるジャスよ!!」


 エスは伸脚と屈伸でストレッチして気合を入れる。


【憑依】は非常に強力な技であるが、それだけ正義力の消耗も半端ない。


 特に今回はジャスティス1号の正義力残量が少ない状態で憑依したため、戦えるのは1~2分が限度だった。


「ほっ!」


 掛け声と共にエスが地面を蹴った瞬間、ドッと森の空気が震える。


「遅い!」

「グオオ……!?」


 腕を振るおうとしていた混成体の目の前に、瞬間移動顔負けの速度で移動するエス。


 まずは挨拶と言わんばかりに、敢えて正義剣を使わず相手の鼻先を蹴り上げた。


 ボッ!!!!!!!!


「えっ……!!?」


 その光景に、遠くのユゼリアが目をみはる。


 蹴りを受けた混成体の頭が、残り2つの頭を巻き込んで消滅したのだ。


「そんなもんジャスか?」


 余裕の表情で呟いたエスは、光のように移動して混成体のあちこちを蹴りと斬撃で消し飛ばしていく。


「オ……ォ……」


 これには驚異的な再生力を持つ混成体も堪らない。


 攻撃が削るスピードに再生速度が間に合わず、全身が穴だらけになりはじめる。


 完全にフルボッコの状態だ。


「グオオ……!!」

「……っ!? 逃げるつもりジャスか?」


 エスには敵わないと悟ったのか、翼をはためかせて宙に浮き上がる混成体。


 全てのリソースを再生と飛翔に集中させ、強引に飛び去るつもりのようだ。


 エスの攻撃を受けつつも、構わず翼をはためかせる。


「逃げられるわ……!」

「小物ジャスね!!」


 エスは焦ることなく混成体と同じ高さまで飛び上がると、回転しながら全力の踵落としお見舞いした。


 3つある頭のうち真ん中の頭に直撃した踵落としは、円状に正義力の波を発生させて、混成体の巨体を高速で突き落とす。


 ズドオオオオオォォォッ!!!!


「これで決めるジャスよ!!」


 轟音を鳴らして地面にめり込む相手の鼻先に降り立ったエスは、2本の正義剣を正義力で1本に繋げる。


 普通に戦ってもほぼ間違いなく負けないが、せっかく正義剣を持っているのだ。


 憑依状態でのみ使える〝奥義〟で決着をつけることにした。


「グオオ……オォ……!」


 もはや混成体に戦意はない。


 ただ逃げることだけに必死で、地面にめり込んだ体を起こす。


 そうして再び羽ばたいたが、半端に浮いた状態は恰好の的だ。


 エスはスゥッと息を吸い込むと、跳躍と共に正義剣を振り抜いた。


「奥義――――正義斬ジャスティス・スラッシュ!!!」


 ズババババババ――!!!


 奥義・正義斬。


 それは文字通り、正義の形を模した計13画の斬撃だ。


 目まぐるしい速度でヒットした斬撃が、黄金の線となって『正義』の2文字を刻んでいく。


 そして最後の1撃――『義』の『、』部分を突きで刻んだ瞬間、2文字の傷跡から黄金の炎が発生し、混成体の巨体を内側から焼き尽くす。


「グオ……ォォ……ッ!」


 悪そのものを滅する奥義の前には、高い再生力も無意味である。


 核となっていた心臓ごと正義の炎に成敗され、混成体は跡形もなく消滅した。



 §



「ば……ば……馬鹿なぁぁぁぁっ!!」


 エスが混成体キメラを消滅させた直後のこと。


 小鳥の視界を共有していた黒装束の男が叫ぶ。


(奴がやられた……!? そんな……そんなわけが……!)


 今しがた見た光景に動揺が隠せず、手元にあった黒い宝珠を見る。


 男の血を染み込ませることで混成体とのリンクを結び、ある程度ながら行動を操っていた重要な宝珠だ。


 ついさきほどまでは黒く発光していたのだが、今は光が消えている。


(馬鹿な……本当に死んで……?)


 あの混成体は男が長年をかけて生み出した最高傑作だった。


 特に防御面、再生力においては絶対的な自信があり、どんな敵が立ちはだかろうと問題なく進めると踏んでいた。


「くそ……っ!! 余計なことをしたばかりに!!」


 男は思い切り壁を殴り付け、血が出んばかりに歯を食い縛る。


 絶望の第1犠牲者になってもらおうと、魔法少女と謎生物の相手をしたのが間違いだった。


 さっさと無視して空に移動させていれば、あの珍妙なマント少年が来ることもなかったのだ。


(全てあいつのせいで――――――っっ!?)


 再び小鳥の視界を覗いた男が、びくりと肩を震わせる。


 マント少年の視線がほんの一瞬、はっきりとこちらを見た気がしたのだ。


(いや……大丈夫だ、問題ない。鳥には念入りな気配隠蔽の魔法をかけてある)


 男は首を横に振りながら、小鳥との視界を切る。


(どうする……? あいつのせいで全ての計画が台無しだ!!)


 混成体は完全な状態で生み出せたし、SSS級の冒険者でも現われない限り問題はなかったはずなのだ。


 あの、意味不明な力を持ったマント少年イレギュラーさえいなければ、計画は万事上手くいっていた。


(もはやこの町でできることは何もない……天災に当たったと考えて、早急に場所を移すのが吉か……)


 男は気持ちを切り替えて思案する。


 あのトンデモ少年がいる場所で、これ以上の行動を起こすのはまずい。


(転移用の魔法陣を用意して脱出するか。下手にここを出るのは危険だからな)


 男はそう考えて、さっそく魔法陣の準備を始める。


 長距離転移の魔法陣は準備に時間と魔力が必要だが、男の居場所が割れる心配はない。


(くくく……誰も俺がここにいるとは思うまい)


 男は窓から覗く青空を見ながらほくそ笑む。


 その下に広がるロズベリーの街並みは、男の存在等知らないように平和そのものだった。


(待っていろ……! 今回の儀式でノウハウは完璧に揃った。次はもっと早く、より強力に……絶望の花を咲かせてやろう……!!)


「くくく……」と再び訪れる絶望の日を夢想しながら、男は魔法陣を用意していく。


 しかし、男は知らなかった。


 彼の命運は既に尽きており、終幕の時はすぐそこに来ているということを……。

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