正義031・服の不思議

 ネストの件での話が終わった後。


 ユゼリアと一緒に連合ユニオンを出たエスは、【龍の鉤爪亭】で夕食をとって解散した。


 遅い時間まで森にいたので、空はすっかり真っ暗だ。


 昨日のように襲撃される気配もなく、無事宿に到着したエスは、そのままベッドで眠って朝を迎えた。


「ふわぁ……よく寝た」


 少し遅めの時間に目を覚まし、ベッドの上で伸びをする。


(んー、今日はどうしようかな……)


 エスは起き上がりながら、今日の予定を考える。


〝謎の邪獣〟の調査依頼はひとまず解決したことになったので、特にやることは決まっていない。


(とりあえずは……ロレア達のお見舞いに行こうか)


 そう考えて、エスは宿を出た。


「――お、マントの兄ちゃん! 1本どうだい?」


 途中、串焼き屋の男性に声を掛けられたので、1本買って食べる。


「うん、美味い!」


【龍の鉤爪亭】の食事も絶品だが、こういった串焼きもやはりいいものだ。


 そこから数分で【朝露】のクランホームに到着し、ロレア達の病室に通してもらった。


「ロレア、エンザ! お見舞いに来たよ!」

「エス、ありがとうございます」

「ありがとよ」


 エスに笑いかける2人は昨日よりも元気そうで、順調に回復していることが分かる。


 【朝露】のリーダーであるベンによると、あと2日半~3日で退院できる見込みだそうだ。


 ベッドの横にはラナとヴィルネもいたので、エスはしばらく皆と談笑する。


 【朝露】には念のためにとデルバートが手配した護衛の冒険者が付いているが、特に襲撃されるようなこともなく穏やかに過ごしていたそうだ。


 また、エスが来る30分ほど前にユゼリアもお見舞いに来たそうで、昨日の巣での件についても彼女から聞いたと言っていた。


「――エス君達、連日で大活躍だよねー」

「さ、さすがですよね……!」

「ありがとう!」


 15分ほど病室に滞在した後、エスはラナ、ヴィルネと話しながら【朝露】を出る。


 ロレアとエンザの体調が順調に回復していることもあり、ラナ達もちょうど外出する予定だったらしい。


 連合で簡単なクエストを受け、運動がてら小遣い稼ぎをするとのこと。


 エスも連合に行こうかと考えていたところだったので、一緒に連合に向かうことにした。


「そういえば俺、普通のクエストって受けたことないんだよね」


 ここ数日で受けたクエストは、全て〝謎の邪獣〟の調査関連だ。


 自分でクエストを選んで受けた経験は1度もない。


「なら、エス君も一緒にクエスト受けてみるー?」

「いいの? 面白そうだし受けてみようかな」


 ラナの提案に頷くエス。


 そんなわけで、2人のクエストに同行することが決定した。


 連合に到着したエス達は、クエストを探すべく壁際の掲示板へ向かう。


「このクエストボードから受けたいクエストを探すんだー」

「へえ!」


 ラナの説明に相槌を打っていると、ふいに後ろから声が聞こえた。


「――あ、あらエスじゃない! こ、こんなところで奇遇ね?」

「ユゼリア! 来てたんだ!」


 声をかけてきたのはユゼリア。


 どうやら彼女もお見舞いの後、連合を訪れていたらしい。


「ま、まあね? エスはクエストを受けに来たの?」

「うん! 2人がクエストを受けるって言うから、一緒に受けることにしたんだ」

「ふ……ふーん? 私も何か受けようかしら」


 ユゼリアはそう言って、ラナ達のほうをちらちら見る。


「それなら、ユゼリアちゃんも一緒に来る? ユゼリアちゃんがいれば百人力だよー」

「そ……そうねっ! そういうことなら? 一緒に行ってもいいわよ?」


 エスと同じく特に予定はなかったのか、ラナの誘いに頷くユゼリア。


 彼女もクエストに同行することになり、4人で受けるクエストを相談する。


 いろいろと考えた結果、薬草採取と小鬼ゴブリン討伐のクエストを受けることになった。


「――思ったんだけど、エス君っていつも同じ格好だよねー」

「たしかに、マントを外すとことか見ないわね……特殊な装備か何かなの?」


 町門を出た先の1本道を歩いていると、ラナとユゼリアが尋ねてくる。


「んー、考えたこともなかったなぁ」


 エスはそう言って首を傾げる。


 基本どんな場面でも同じ格好だし、装備するという感覚もなかった。


「物心ついた時には着てたというか……」

「そんなことある!?」

「そう言われてもなぁ。部屋にいる時もこの格好だし、寝る時もこの格好だし……そもそも、他の服なんて持ってないし」

「「「ええっ!!?」」」


 目を丸くするユゼリア達。


「い、1着も持っていないんですか?」

「うん」

「洗濯とかどうしてるのー?」

「んー、気付いたら綺麗になってる」

「「「…………」」」


 エスの回答が不思議だったのか、3人は顔を見合わせる。


「勝手に綺麗になる服って……やっぱり特殊装備なのかしら」

「自動浄化機能付きとかー?」

「だ、だとすれば相当貴重ですね……」


 3人はそれぞれに呟くが、エスにはよく分からなかった。


 今の服とマントはどんな時でも身に着けるものだし、仮にボロボロに破れたとしても気付けば元に戻っている。


 それが彼にとっての常識なのだ。


(まさか、服で驚かれるなんてなぁ)

 

 この世界に来て数日、いろいろな常識の違いを学んできたが、まだまだエスの知らないことがたくさんある。


 驚くユゼリア達を見ながら、改めてそう実感した。

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