正義023・夜道
模擬戦の結果は5-0、エスの完全勝利で幕を閉じた。
「いやぁ、完敗だった! 対人の技術には自信があったんだがな……」
デルバートは割れたバロンの実を片付けながら苦笑する。
「仕方ないわ。あの【振動剣】を悉く避けるなんて人間業じゃないし」
「だよなぁ……よくあんなギリギリで躱せるもんだ」
「【振動剣】って、あの剣がブレたやつ?」
「ああ。剣士系の上位職に発現するスキルだ。まさか知らずに初撃を避けたのか?」
「あはは。なんとかね」
エスは頭を掻きながら言う。
剣がブレるあの攻撃はスキルによるものだったらしい。
「まじかよ……初見で【振動剣】を……」
目を
「ところで俺も聞きたいんだが、あの残像? と分身? の技は一体何だったんだ?」
「あ、私も気になってたわ! あんなスキルなんて持ってたっけ?」
「いや、あれはスキルじゃないよ。ただ単に速く移動しただけ」
「「……は?」」
2人の声が綺麗に揃う。
「速く移動しただけ?」
「うん! とにかく速く動くんだ」
エスはデルバートにそう答えて、反復横跳びを始める。
反復のスピードが上がるにつれて、徐々にエスの体がブレはじめた。
「速く動くと体がブレるでしょ? デルバートの【振動剣】を見て『これだ!』と思ったんだ!」
「「………………」」
速く移動するあまり横長の線のようになったエスに、言葉を失うユゼリアとデルバート。
「スピードを調節すれば、さっきみたいに分身できるよ! 残像のポイントもできるだけ速く動くことだね」
「それは……ポイントというのか?」
「言わないんじゃない?」
「言わないよなぁ。こりゃ1撃でAランク級を倒すわけだ」
デルバートは「ふっ」と笑いながら言う。
それから3人は受付のほうへと移動し、エスの昇格手続きを行うことに。
結果は文句なしのBランク昇格。
安価な鉄製だった冒険者カードは、数日にして上質な銀製に変わる。
「よかったわね!」
「うん!」
雑貨屋の場所を聞いていたのは、エスのアイテム袋購入のため。
ユゼリアがアイテム袋を使うのを見て、便利そうだなと思っていたのだ。
店には数種類のアイテム袋が置いていたが、ユゼリアと同じ廉価版を買うことにした。
ちなみに廉価版とは言っても、一般的にはかなり高級な部類らしい。
エスが問題なく購入できたのは、連日の邪獣討伐と
特に後者については重要な調査成果を上げたことで、ユゼリア曰く〝Aランククエスト級〟の報酬が手に入った。
そうして無事に買い物を終え、【龍の鉤爪亭】に向かうエスとユゼリア。
「――あれ? エスとユゼリアさんではありませんか」
「ロレア! 皆も!」
店の前に到着したところで、【英霊の光】の4人パーティとばったり出くわした。
「ロレア達も食べに来たの?」
「ええ、調査報告で連合に寄った帰りなので」
「そうそう、その時に聞いたよー。〝謎の邪獣〟を倒したんだってー?」
「ああ、どんな奴だったか気になるぜ」
「ぼ……僕も少し気になります」
ロレア達はそれぞれに言う。
調査報告を行った際、受付でエス達の話を聞いたようだ。
「そういうことなら、一緒に食べてく?」
「いいのですか?」
「うん! 俺は構わないよ。皆で食べるのも楽しいし」
一応ユゼリアにも聞いてみると、「べ、別に構わないけど……?」と少し照れ臭そうに言ってくれた。
そんなわけでロレア達も同席することになる。
「――なるほど、鬼熊が」
「うん。なんか強くなってたみたいで、魔核がボロボロになってたんだ」
エス達は料理を楽しみながら、今日討伐した鬼熊について話す。
「その鬼熊はどのようにして見つけたんですか?」
「ジャスティス1号が気配を感じるって言ったんだ」
「ジャスティス1号?」
「あ、まだ紹介してなかったね。ちょっと待ってて」
エスはジャスティス1号を呼ぶことにする。
2度目以降の召喚では〝簡易召喚〟を使えるので、魔法陣を使う必要はない。
送還中に彼が暮らしている場所(彼の家があるらしい)と現在の場所を
ふいに目を瞑って集中しはじめたエスに、ロレア達が首を傾げる。
「――【召喚】」
向こう側との道を意識して正義力を注ぎ込むと、エスの両手付近が金色に光る。
発光が始まって数秒後、そこには両手に抱かれるジャスティス1号の姿があった。
「……ジャスッ!」
「「「「「…………え?」」」」」
元気な声で鳴いたジャスティス1号に驚きの視線を向ける一行。
なぜかユゼリアの視線も含まれている。
「え……!? あのラクガ……魔法陣は!!?」
「もう繋がりが出来たからね。2回目以降は要らないんだ」
「ジャス!」
「便利ね……」
同意するように鳴くジャスティス1号にユゼリアがポツリと呟く。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ!! その生き物? は一体何なんだ!」
エス達のやり取りを見ながら、ロレアが困惑の表情を浮かべる。
「こいつはジャスティス1号! 俺の使い魔だよ」
「ジャス!!」
「「「「………………」」」」
「考えるのは諦めたほうがいいわよ? 私も諦めたから」
4人はしばらく固まっていたが、ユゼリアと同じく考えることを止めた。
皆それぞれに『まあエスだから』とあるがままの状態を受け入れる。
それからしばしジャスティス1号の話をした後、話は再び鬼熊の件へ。
「しかし、ユゼリアさんと組んでいたとはいえ、よく鬼熊を倒せましたね。通常よりも強かったのでしょう?」
「うんうん。私達じゃ絶対無理だったよねー」
そう言ったロレアとラナに対して、ユゼリアが気まずそうに口を開く。
「その……実のところ、鬼熊はエスが実質1人で倒したの」
「「「「ええっ!!!?」」」」
目を見開きながらエスのほうを向く4人。
完全にデルバートの時のデジャブである。
「強化された鬼熊を1人で倒すとは……」
「前代未聞のランク詐欺だよねー」
2人の言葉にエンザとヴィルネも「「うんうん」」と頷く。
「一気に2ランク……いえ、3ランク上がってもおかしくなさそうなレベルですね」
「それでも足りないくらい強いけどねー」
「あ。ランクはもう上がったんだよね、Bランクに!」
「「「「Bランクに!!!?」」」」
再び4人が目を見開く。
「うん、ほら。ちょうどさっき上がったんだ」
エスは銀製の冒険者カードを出して見せる。
「本当にBランクに……今日1日で何があったのですか?」
「えっとね――」
エスはユゼリアに補足してもらいつつ、昇格の
「え、デルバート支部長に勝ったのですか!? いえ、たしかにエスさんなら勝てそうですが、模擬戦のルール的にパワーだけで押すのは難しそうなので……」
4人とも模擬戦の話には驚いていたが、中でも驚いていたのがロレアだった。
彼女は【剣士】の職業を持つ人間として、デルバートの強さを知っていたらしい。
デルバートの職業は【剣豪】。
職業には進化の概念があり、ツリーのように派生しているが、【剣豪】は【剣士】から2段階先の上位職業とのことだ。
思えば、昇格手続きの傍らにデルバートが言っていた気がする。
ともかく、ロレアにとっては目標とすべき人であり、1度軽い手合わせをしたこともあるそうだ。
「もしよろしければ、今度私とも手合わせをしてもらえませんか?」
「うん! 全然いいよ!」
ロレアとの手合わせを約束した後、さらに30分ほど食事をとって解散する。
「――ではまた今度」
「うん、また!」
宿の方角が逆なので、ロレア達とは店の前でお別れだ。
4人に手を振り、ユゼリアと宿の方向へ向かう。
「ユゼリアの宿は近いんだっけ?」
「2つ先の角を左に曲がった先。エスは真っすぐでしょ? ……ひっく」
少し赤くなった顔で言うユゼリア。
ちびちびと飲んでいたため先日よりはマシだが、それでも酔いが回っているらしい。
「うん。俺はこのまま真っすぐ行って……」
「……ひっく、どうしたの?」
ふいに立ち止まったエスにユゼリアが尋ねる。
「いや……ジャスティス1号、これって……」
エスは送還せずに抱いていたジャスティス1号に目を向ける。
ジャスティス1号はその意図を察したようにコクリと頷いた。
「ユゼリア――誰かに
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