第三話 異変
ふわ~ぁあ、と伸びをしてベッドがわりのソファーから起き出す。夕べは久々に晩酌したもんだからちょっと眠りが浅かったか。首をコキコキしながら身を起こす。
「おやっさん、お早うございます」
「おう、ちょっと寝坊しちまった、着替えるから待っててくれや」
「今日はお前らお休みだよ」
事務所と言う名のおんぼろプレハブを出た途端、赤ランプを乗っけた白黒の車から出て来た、朝から見たくない
「何だよ上里さん、アンタのどこにそんな権限があるっていうんだい?」
一応、お上相手なので丁寧に対応する。ちょっとでも乱暴な言葉を使えばそれだけで恫喝罪に問われるご時世、
「ま、そう構えるな。自宅謹慎のお詫びにメシ買ってきてやったからよ」
「マ、マジっすか……?」
上里が掲げる大きなビニール袋の中にはカップめんがたっぷりと入っていた。一日二食でしのぐ俺達にとっては朝から飯とか贅沢の極みだ。
どうせならカッコつけて「要らねぇ帰れ」とでも言ってやりたいところだが、腹の虫が言う事を気かねぇ、それは子分二人も同じようで、すでに目をキラキラさせてヨダレ垂らしてやがる……俺の甲斐性が無いんだから責められんし。
「で、マルボウのアンタがヤクザに差し入れしてまで謹慎させるって何のマネだ?」
事務所のソファーで食後のひと時、居座っている上里に向かってそう聞くと、奴は頭をガリガリと掻いて呆れ声で返す。
「TVくらい見ろよ」
「ウチにゃぁ無ぇよ、受信料払えねぇからな」
「……スマホは?」
「売ってくれねぇから全員ガラケーだ!」
令和十三年、ヤクザは本当に生きていくのがしんどい。節約はもはや日常だ。
ご立派なタブレットをスタンドに立て、TVに接続する上里。お上は金持ちだよなぁ。
『朝のニュースです。昨夜八時過ぎ、愛知県と福岡県で暴力団の抗争とみられる争いが発生しました――』
「ぶうぅぅっ!?」
思い切り噴き出した。抗争? こんなご時世に、ありえんだろう! 子分二人も「うそ!」「マジ?」と目を丸くしている。
ヤクザに対する締め付けが極限にまで達している今の日本で抗争なんぞすれば、両組とも共倒れは確実だ。それどころか上部組織から末端まで、砂糖にたかるアリのようにお巡りと社会に根こそぎ潰されるのが関の山だろう。
『この二件の抗争が同時に発生した事については捜査が進められています。尚、愛知で指定暴力団、騎皇組の組員大宮三郎の死亡が、福岡で同じく竜花組の木山三太の死亡が確認されました』
ニュース画面のテロップに見える文字を見て、背筋に冷たい物が走る。
「おみゃあと、キサンが……死んだ?」
知っている名前を耳にして思わず愕然とする。日本最強と言われたケンカヤクザである大宮(通称「おみゃあ」)と、義侠心溢れる侠客として有名な木山(通称「キサン」)が、死んだだと?
『それにしても、民間人に被害が出なかったのは本当に幸いでした』
『暴力団だけなら、いくら死んでもかまわないですからねぇ』
ニュースキャスターと解説者が胸糞の悪くなる話を続ける。あの新法以来、世間はヤクザに対して『嫌わなければいけない存在』みたいな認識を持つようになった。若者の間では「ヤクザマァw」などという言葉が流行り、公共電波で公然と俺達を口汚くののしる言葉を、どこかの偉い先生が平然と語りやがる。
だがおかげで納得がいった。ヤクザが問題を起こしたとなれば世間の風当たりも強くなる。俺達に謹慎を持ちかけたのは住民との無用の摩擦を避ける為なんだろう。
「けど……相手の組ドコなんスか?」
「あ、おれもそれ思った、なんか学校の体育館とか壊されてるの映ってたし」
子分二人の物言いにそういえば、と思う。騎皇組も竜花組も地元では大きな組で、そうそう戦争を仕掛けられる組織なんぞないだろう、ましてこのご時世に・・・・・・
「公共物を破壊してるんだし、海外マフィアじゃね?」
「そりゃありえんよ、スケベ」
補佐の言葉を上里が止める。政府の徹底的な管理社会は日本人だけじゃなく渡航者にもがっつり適用されていて、パスポートにも認証機能の発信機が搭載されるようになった。当然それを所持していない外国人はすれ違うだけで認識され、職質や密告などにより片っ端から連行され、不法滞在と見なされれば容赦なく強制送還される。海外マフィアなんて言葉自体が死語になりつつあるんだと、どうりで最近は密航者が少ないわけだ。
「じゃ、どこと抗争なんてしたんだ? まさか内部分裂……も、ないか」
若頭がそう呟いたのに応えるかのようにタブレットをタップしてTVを切る上里。ひとつのフォルダを開いて、「見てみろ」とある動画を再生させる。
「え? 仮想パーティ、ハロウィン……いやそれにしても、全員がゾンビのコスプレとか」
画面に映ったのは何故かゾンビたちの行進だった。しかもメイクがやたらリアルなだけでなく、歩き方や手の挙げ方も下手な映画を上回るレベルで……。
ゴウゥゥゥン!
タブレットのスピーカーが轟音を響かせる、画面を瓦礫と粉塵が舞い、それが晴れた時に映る光景に思わず全員が絶句した。
なんとゾンビ達が進行方向にあった学校の体育館を破壊していた、素手で! 肉が腐り落ち、骨が見えている腕を振り回して、コンクリートの支柱をまるで発砲スチロールのように粉砕し、窓ガラスをサッシ枠ごともぎ取って砕き散らす。鉄の重いドアがチョコレートのようにひし曲げられる!
『きゃあぁぁ!』
『な、何だ、ゾンビ?』
『ヤバい、みんな逃げろ』
『助けてえぇぇぇぇ』
体育館内に居た居残り部活動の生徒たちや、顧問の悲鳴が画面内に響く。
「ななななんだこれ! 映画のセットか?」
「この体育館、さっきのニュースの!?」
驚く子分たちの横で俺は冷や汗を流しながら画面に見入っていた。なんだこいつらは! あの朽ちかけた体でどうしてこんな力が出せる? コンクリを二の腕で粉砕していながら、なんであの腕は、骨は砕けないんだ!?
「この後だ、よく見ろよ」
上里の言葉に全員が注目する。と、そのゾンビの前に一人の大男が立ちはだかった。凶悪としか言いようのないツラをにやり歪めて、プロレスラー顔負けの筋肉をうならせて、雄叫びを上げて突撃する。
「
日本一と噂されるケンカヤクザ。パンチで人体をぶち抜き、銃弾を筋肉で止めるとまで言われる強者が、久々の喧嘩相手を見て嬉々としてゾンビに殴りかかっていく!
数秒後、俺達が見たのは、日本一のケンカヤクザ
上里が画面を閉じて別の動画を再生する。そこにあったのは嫌な予感の通り、福岡でも同じように起こった惨劇だった。竜花組の組事務所に真っすぐに行進していったソンビの群れは、飛び出してきた
「……どう思う?」
上里の言葉に、俺は当然の返答をする。
「ありえねぇな、悪いジョークじゃねぇのか。それともヤラセ映像とかで、俺をかついで楽しんでるのか?」
あまりにも現実味の無い光景。ゾンビの行進なんてだけでもありえねぇが、筋肉なんてほとんどないような死にぞこない以下の死体が、壁や鉄を破壊して、極道の命を野菜のようにもぎ取ってしまったのだから。
「残念ながら事実だ、これを撮影した民間人が真っ青になって取り乱してたそうだ。口止めはしたらしいが、この情報化社会でいつまで抑えられるやら」
上里が息を吐いてそう語る。『ヤクザ同士の抗争』と報じたのは、そうでもしないと説明のしようが無かったかららしい。国営放送がニュースで『ソンビが現れました』なんて言ったら信用失墜しかねないだろう。
「もし『次』が起こったら、さすがに隠し切れないだろうな」
上里の言葉に俺たち全員が「え?」という顔で反応する。
「いや次って、こいつらはどうしたんだよ、このゾンビ達は!」
まさか全員パクったんだろうか。ヤクザには容赦なくてもお巡りさんには従順なのか? このゾンビは。
「……消えたんだよ」
その返しに「はぁ?」という間抜け顔をする。
「映像は無いが、現地に居合わせた人の話じゃ、突然地面に沈むように消えて行ったらしい」
なんだそりゃ、まんまゾンビじゃねぇか。突然現れて、暴れるだけ暴れて、立ちはだかったヤクザを簡単にぶち殺して、後はあっさり消えるとかまんま勝ち逃げ、いや暴れ逃げじゃねぇか!
「次に現れたら即時発砲も許可されている、出ないに越したことは無いが、もし出たら何としても民間人だけは守る!」
上里が座ったまま腕を噛み合わせて深刻にそう吐き出す。今の動画からしてもヤクザだけを固定で狙ったのではあるまい、もし民間人が逃げようのない状態で居合わせたら悲劇は避けられないだろう。
その言葉と思考がまるでフラグであったかのように、一人の警官が事務所に飛び込んできた!
「上里課長っ! 帰所してください、例の、ゾンビがっ!」
反応してがたがたっ!と立ち上がる上里と俺達。一呼吸おいてその若い警察官が続きの言葉を吐き捨てる!
「たった今、
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