ゾンビvsヤクザ~人気なき戦い

素通り寺(ストーリーテラー)

第一話 令和十三年、ヤクザは辛いよ

「おはようございまーす! 気を付けていってらっしゃ~い」


 令和十三年七月。朝から太陽がぎらぎらと照り付ける通学路で、ほうきと塵取りを持ったひとりの大男が、通学する小学生の列にできる限りの猫なで声と笑顔でそう声をかける。

 が、その瞬間、一緒に歩いていた保護者二人がすばやく列と男の間に割って入り、(見ちゃいけません)(前見て歩いて)と小声で子供たちにささやき、自らも目を伏せて足早に立ち去っていく。


 だがそれも無理なき事。声をかけたこの大男は、真夏に真っ黒いスーツに身を固め、その頬に這う向こう傷と、岩というより隕石のようなゴツい面構えに鍛え抜かれた肉体を携えた、だれがどう見ても「ヤクザ」という印象しか持ちえない風貌とオーラを醸し出していたのだから。


 指定暴力団、天狼組系岩熊組組長、岩熊勝平、当年とって六十五。彼は去っていく子供や保護者を見ながら今日も一つ、はぁ、とため息をつく。

 一昔前はこうじゃなかった、朝の散歩をしているだけで「おはよーさん」「今日も暑いねぇ」などと声を掛けられ、漁師の軽トラが俺を見かけて止まっては「よう熊さん、魚いるかい? 外道だけどよ」といって売り物にならない魚を分けてくれたりしていたもんだ。

 それにこたえて俺たち田舎ヤクザも、警察では手が回らないパトロール(主に密漁、密航者)から漁の手伝い、祭事の仕切り、そして今みたいな子供の見守りから町の清掃まで、侠客きょうかくとしてやるべき事を日々こなしてきたはずだった。


 それが決定的に壊れたのが五年前に始まった反社新法だ。国民すべてにマイナンバーカードの所持と、物の売買に際しての提示が義務付けられ、カードを配布されない俺たち反社勢力は買い物すらロクに出来なくなった。

 また、その新カードにはマイクロチップとセンサーが埋め込まれており、なんと所持していない人物を割り出すことができるという迷惑な優れもの機能がついていやがった。これにより誰でもヤクザを特定することができてしまう。結果、ヤクザと会話するだけで世間から爪弾きにされてしまう社会になってしまった。


 よくあった「暴力団追放」のポスターはいつしか「暴力団撲滅・・」に文字を変え、魚や野菜の差し入れもぱったりと途切れ、場末の居酒屋すら入店できなくなった。どうやらお上は本気でこの日本から俺たちヤクザを消滅させるつもりのようだ、ひでぇ話だ。



 町はずれにある事務所。といってもオンボロのプレハブ小屋でしかないそのドアを開け、水でも飲んで朝のお勤めの疲れをいやそうとした俺の試みは、ソファーに腰を下ろした一人の不法侵入者によって打ち砕かれた。

「よう勝平カッペちゃん、邪魔してるよ」

「・・・・・・また来たのか、このヒマ人が、帰れ帰れ!」

「ほほう、警官侮辱罪だな、別荘留置場行きたいか?」

 県の捜査四課マルボウ課長、上里 丈二郎かみさとじょうじろう。俺とほぼ同い年のじじいだが、そのしょぼくれた体付きに似合わない武術の達人、豪傑だ。とっとと定年退職しやがれ全く。


「どうせまた解散届にサインしろってんだろ、書かねぇっていつも言ってるだろうが!」

「まぁそういうな、定年間近のじじいに最後の手柄を立てさせてくれや」

 こいつは週一ペースでウチの事務所にやってきては、こうして解散届を書かせようとする。実際もう四国にヤクザの組は数えるほどしか残っておらず、残った組はこうしてシラミを潰すように解散させられていく。

「組が解散したら子分たちが路頭に迷うだろうが!」

「ふたりだけだ、何とかなるだろう」

「俺はどうなる」

「野垂れ死ね」

「てめぇそれでも警察官かよ!」

 いつもの漫才みたいな怒鳴り合いをしたあと、上里は「心にも無いことを言うなよ」とカラカラ笑う。全く性格の悪いお上だぜコイツは・・・・・・俺がヤクザを辞めないのを知っててこうして足を運ぶんだからな。


 俺は侠客だ。強きをくじき弱きを助ける、言ってみりゃあ正義の味方だ。


 どんなに貧乏してても堅気の衆を泣かせる真似なんざやらねぇ、例えウチの系列でも他のヤクザや愚連隊でも、あるいは海外マフィアであっても、弱いものを泣かせる輩は容赦しねぇ。麻薬、売春、銃器、詐欺、恐喝、そして人身売買に手を染める外道たちを見つけては叩きのめし続けてきた。


 まぁ、そのせいで上納金は滞りまくりで、田舎のシケた親分から出世はできなかったが。


「ただいまーっす。あれ、上里さんまた来てたんスか?」

「お疲れー。げ! また来てる」

 事務所に入ってきた二人の子分、可部と風月に上里が皮肉な笑顔で言葉を返す。

「よう、『壁ドン』に『スケベ』。そろそろ盃は諦めてカタギになったらどうだ? 今ならもれなく社会復帰期間を五年から四年と三百六十四日に短縮してやるぞ」

 一日じゃねぇか! と心の中で悪態をつく。反社指定された者は引退後も五年は堅気とみなされない。その届け日を一日前倒しするだけのことにどんだけの値打ちがあるんだか。

「壁ドンいうな、若頭カシラですよ」

「俺も補佐、って呼んでください」

 俺の子分、可部 鈍かべ どん風月 助平ふうげつ すけべいが口をとがらせて反論する。彼らは名の通りキラキラネーム世代で、例にもれず親からなんとも酷い名前を付けられていた。愚連隊との抗争の中でその親に捨てられたこいつらを俺は引き取って面倒を見ている。


 ちなみに若頭も補佐もこいつらの正式な役職ではない、あくまでその哀れな名前を隠すために便宜上そう呼んでやっているだけだ。本来なら若頭ってのは筆頭子分で次期組長になるべき存在なんだが、鈍=首領ドンにひっかけてそう名乗らせてるだけ。助平のほうも『助』の字を取って若頭補佐(子分ナンバー2)の呼び方をしてやってるだけだ。


「そう名乗るならいよいよ反社者だぜお二人さん、今ならまだ引き返せるって言ってんだよ」

 上里のじじいがそう返す。役職を正式に持ってしまうといよいよ引き返せなくなる。このヤクザに対する逆風社会で生きていくのが辛いイバラの道を、今なら通らなくて済むチャンスと言ってるのだ。


「あいにく俺たちは親っさんの子分だ、俺を捨てた親なんかに興味も未練も無ぇよ」

「盃も貰ってないチンピラ以下が粋がるなって、カッペちゃんもそう思って盃おろして無いんだろうが」

 そう、二人ともまだ正式にウチの組員ではない。こいつらの生い立ちが不憫なもんで引き取って育ててはいるが、出来るならこの生き辛いヤクザの世界から足を洗ってカタギになってくれるなら、それに越したことはない。

 もし正式に杯を下ろせば、それをお上に報告する義務がある。そうなってしまえばいよいよコイツらも反社者、さっき言ってたように足を洗っても後五年は満足に就職もできないのだ。


「じゃあな、考えといてくれよ」

 そう言って事務所を後にする上里。子分たちは「塩撒いとけ塩」「勿体ねぇよ、塩だって高いんだぜ」などと悪態をついている。まぁヤツも正直そう悪い奴じゃない、俺が組を解散すればコイツらも普通に社会復帰が成せると思っておせっかいを焼いている面もあるんだろう、長い付き合いだ、そのくらい分かる。


 だがな、俺は侠客だ。俺が志を折るわけにはいかねぇんだよ。



「今日の仕事はどこだ?」

「山姥町の歌舞伎街のスナック『トントン』っす」

「また遠い所から取ってきたなー、流石は若頭の営業力」


 俺たちも霞を食って生きているわけじゃない。締め付けが苦しくなったとはいえシノギをかけなきゃ飢え死にだ、そういったネタを日々三人で探し回っている。

「よっしゃ、行くぞ」

 俺がカブで、二人が軽トラで目的地に向かう。今夜のシノギは4つ向こうの町の飲み屋だ。



「お客様、すみませんが当店は・・・・・・」

「あぁ? なんやおどれ! わしに呑ませる酒は無ぇっちゅうんかコラァ!」

 店の入り口に踏み込んだところで店のボーイが俺を押しとどめる。彼の胸ポケットに入っているであろうマイナンバーカードが俺の生体とカード不所持を探知して振動音を響かせている。店内にいる客たちがざわっ、と反応して青い顔をし、思わず席から腰を浮かして後ずさる。


「当店は反社会勢力の方の入店はお断りしております」

 続いてやってきた男、なんとも頼りなさげな中年だが、その胸には『店長』の名札が刺してある。一昔前ならこんな頼りなさげな男がスナックを仕切るとか、ワルの格好の餌食だったんだが・・・・・・

「ふざけんなよワレェ! 昔から俺らヤクザがどれだけこの街をキレイにしてきたと思ってるんだ、さっさと上等の酒と女でも用意せんかいコラァ!!」

「何度も申し上げますが、当店はヤクザお断りの店です」

 額に冷や汗をかきながらもそう返す店長。こめかみがプルプル震えているよ・・・・・・もうちょいだ、頑張れ!


 バンッ!と扉が開き、二人の警察官が突入して来る。左右から俺の腕を抑えてネジ伏せると、そのまま俺の顔面を床に叩きつける。額とフローリングの床がゴツンと派手なキスをする。

「大人しくしろ、この!」

「本部、こちら三十七。スナック『トントン』にて反社者一名を確保、すみやかに連行します」

 一人が俺の後ろ手をねじ伏せて手錠をかけ、もう一人が無線で確保の旨を本署に伝える。俺は後ろ手に手錠を回されながらもできる限りの力で暴れまわる。が、若い警官二人にこの老いぼれが敵うはずもなく、あえなく店外に連行されていった。


「皆様、お騒がせしました。当店は一般の皆様の為のくつろぎスペースです、あのような反社者は立ち入らせませんので、どうかご安心のほどを」

 店長が客たちにそう宣言し、店内はほっと安堵の息をつく。店長は最初に対応したボーイに「少し休んでなさい」と声をかけ、ボーイは青い顔をしたまま控室に消える。



 店の裏手、さっきのボーイが裏戸から外に出ると、際にある青いコミバケツの蓋を開けて中に何かを放り込み、すぐ店の中に戻っていく。

 しばし後、そのバケツに忍び寄った黒い影が、中にある物を取り出してそそくさとその場を離れる。



「今回は1万に日本酒900mlパックか、奮発するねぇ。いい人じゃねぇかあの店長」

 俺は金と酒パックを手にご満悦だ、久々に晩酌が呑めるじゃねぇか、ありがたい。


 そう、今の一連の騒ぎは全部ヤラセだ。ヤクザを堂々と排除することで店長の株を上げ、健全なお客を繋ぎ止め、ネットとかでそれが拡散されればより商売も繁盛するって寸法よ。もちろん警官もこいつらの変装で、軽トラの荷台には早着替えをした二人が脱いだ警官服が脱ぎ散らかされている。


「でも・・・・・・4割は上納金なんスよねぇ、手元に残るのは六千円だけですよ」

 可部がそうこぼす。ただでさえ滞っている上納金の返済の為、俺らの取り分はまさに雀の涙だ。

「いつも通り山分けでいい、ほれ二千円ずつな」

 サイフに万札をしまい、千円札三枚と小銭入れから五百円玉一枚、百円玉五枚を取り出して二人に渡す。我ながらみみっちいと思うが、ヤクザ稼業も自転車操業なんだから仕方がない、まぁいつものことだ。


「んじゃ事務所に帰って呑むか!」

「「ウッス!」」

 オンボロカブとスクラップ寸前の軽トラが夜の街を走る。ん、黒のベンツ? そんなもん知らねぇなぁ。


 深夜に帰宅して、わずかなツマミで三人で一杯やった。二人はまだまだ酒が弱く早々に潰れ、俺一人がちびちびグラスを傾けながら、今日の余韻に浸っていた。


 朝からボランティアに精を出しても住民には冷めた目で見られ、お上からは解散を迫られ、挙句にピエロみたいな真似をして日銭を稼ぐ。未来なんざ全く見えず、落ち目も落ち目の自分と子分を眺めて思わず息を吐く。


 どうして、こんな世の中になっちまったんだ。


 管理社会。その管理を外れたものはもう阻害されるばかりだ。昔はそうじゃなかった、いつの世にもはみ出し者は居る、そいつらを囲ってきっちりと教育し、やがて跡目にする役目を担うのが俺たちヤクザだったはずだ。

 だが子供たちは小さいころから完全に管理されているせいで、落ちこぼれは今や愚連隊や半グレの腕白小僧ではなく、引きこもりのニートへと姿を変えてしまった、これじゃスカウトもままならない。


「もう俺たちは、本当に居場所がないのかも、な」

 自業自得ではある。心無いヤクザは侠客の心を忘れ、麻薬や売春、オレオレ詐欺や密輸、外国人の密航などの悪事に手を染め、カタギの衆に迷惑ばかりかけてきた。そういう事をするワルどもをインテリヤクザと持ち上げ、重宝し荒稼ぎしてきた結果、社会から強烈なしっぺ返しを受ける羽目になったのだ。


 そんな奴らが落ちぶれるのはまぁいい。だがそれに引きずられて俺たち侠客まで奈落の底に引きずられるのは納得いかねぇ、俺達にはおとこの晴れ舞台ってやつが必要なんだよ!


「あーあ、宇宙人でも攻めてこねぇかなぁ、サツも軍隊も敵わねぇようなのがよぉ」


 酒のせいか、子供の妄想のような願望が思わず口をついて出る。


「そしたらよ、俺ら侠客が死に花を咲かせられるのによぉ」


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