町立学舎裁判所
柴郷 了
第一審編
晴天の影で
この世にはイジメというものが存在している。それはあらゆるコミュニティで姿、形を変えて行われている。時にはイジリとしてその場の雰囲気が良くなったり、ウケたりもする。だが、それによって傷つく人間がいるということを決して忘れてはならない。
〜 イジメと廻る噂 〜
どうやら僕が通っている小学校でイジメがあるという話を、幼馴染の優希から聞いた。こんな話は小さいコミュニティである我が町、
「あそこの息子さん、同級生の
そう、このように。
噂というのは出来事を中心に広まっていく。今回は学校を中心にその付近に住む人へと噂が広まったようだ。本当に世の大人は噂好きで困る。我々のような子供には分からない面白さでもあるのだろうか……。
「
僕に駆け寄って来たのは幼馴染の
「おはよ、結構早く噂が広まっててびっくりなんだけど」
「別に俺が広めたわけじゃないよ? この町だから広まるのが早いってだけ」
「わかってる、優希が広めたとは思ってない」
そう思いたくはないが、あまりにも早く広まったことから人との繋がりが広く濃い優希を軽く疑っている自分がいた。
学校に着いた我々は、教室に立ち込める重々しい空気に押しつぶされそうになっていた。
今回、
いじめが蔓延っている現状を変えてやりたいと僕は思った。
だが、小学五年生の自分に何ができるだろうか。権力はないし、発言権は大人と比べて弱い。
何か、策を探さなくては——。
***
学校が終わり、優希と共に帰路についていた。一から六限目まであり疲れたが、それよりもイジメのことが気になって仕方がない。疲れのことなんて忘れるぐらいに。
まず、なぜ
僕の推測は、いじめが始まったのは最近で複数人にやったとそう考えている。理由は噂の広がり方だ。いじめられた人数が少なければ、被害者が親に報告したとしても広がるには数週間かかるだろう。だが、多ければ優希のように広い人脈を持っている人間も居るだろう。そのような観点から、複数人にイジメを働いたと僕は考えている。ただ、例外が一つ。そう、丸井は一人しかイジメておらず、その人間がありえないほどの人脈を持っていた場合だ。その場合は、広がるスピードなんて数日どころではないだろう。それこそ数時間で広まってしまう。
「すごい眉間にシワ寄ってるけど、どうした?」
優希は足を止めた僕を不思議に思い駆け寄ってきた。
「イジメのことだよ。やっぱり気になるんだ。どうやったら現状を変えれるんだろうって」
「じゃあさ、多分明日には形だけの吊し上げみたいな学級会が開かれる。ただ謝って終わるはずだから、その後は独自にバレないように調査をしよう。俺らの担任は無能だから形だけのものになるのは確定だから、明後日からイジメの調査を開始して、その後は本格的な学級会を俺らで開くんだ」
優希の提案は元から考えていたもののように深く練られたものだった。
「あの教師の首飛ばすぐらいのデカいことしてやろうぜ」
「ああ」
久しぶりに、面白いことができそうだとニヤつきを抑えながら軽い返事をした。
〜 学級会 〜
本当に退屈な時間だ。無駄な時間とも言えるだろうか……。
朝に設けられた学級会。その内容は薄く、より状態を悪化させる最悪なものである。
「緒人君は
気だるそうに喋る
「は、はい。僕は将斗を……いや将斗君を殴って無視して仲間外れにしました」
丸井は俯き、聞かれたことにただ「はい」と答えている。こんな空気の中、していないことが一つあっても「いいえ」とは流石に言い出せない。そういう空気にしている我々もどうなんだと、ふと思った。
「じゃあ、
先生のその一言で、謝る流れになりそのまま形だけの学級会が終わった。本当に優希の言った通りに事が進んでいる。我がクラスの担任は言動がワンパターンで思考回路も単純であるが故に、物事の始まりから終わりまで分かってしまう。優希の未来を想像する力もそうだが、やらせを疑うほどに言ったことがそのまま現実になることも凄いなと、子供ながらに思った。
——まずは、いじめられた
一時間目は算数。小数の掛け算だとか、立方体の体積の求め方を学んだ。全て予習済みの自分にとってはウォーミングアップにもならない問題ばかりだった。
二時間目は英語。簡単な挨拶や単語を学び、英語でしりとりをした。ネイティブなのに低レベルな英語に合わせている英語の先生に僕は深く感心している。先生の内心を言葉に表すなら「こんな言い回ししないし、友達同士でこんな堅苦しいやり取りしないよ」だろう。我々のレベルに合わせてくれてありがとう先生と後で言っておこうか……。
やってきた業間休み。九十分という時間はとても長かった。ここから二十分の間にどれぐらい調査ができるかは、この僕の腕にかかっている。
「健人! 準備オーケー?」
僕が座るブランコの横に座ってきたのは優希だった。だが、優希以外の声が徐々に増え何事だと顔を上げると目の前には十名の男女が僕らを囲むように立っていた。
「ゆーき! 来てやったぞ」「調査するってマジ?」「なんか楽しみだね!」
期待を持つ者、好奇心を持つ者、友達を思って来た者。そして、僕と優希。多くの人種がこの場に集まっているということに、ひどく高揚していた。
これほどの人間がいれば効率よく情報が集めれるだろう。そして、この中に情報を持つ者もいるかもしれない。まずは近くにいる人間から、そこから範囲を広めていけば必ず情報が手に入る。この作戦が一〇〇%成功するとは思っていないが、成功に近づけることはできる……。
「よし、始めようか」
手で合図すると、磁石のように僕に周りにくっついていた総勢十名が、まるで磁石が反発したかのように一斉に離れていった。
「俺らはどうすんの? あいつらには事前に聞き込みを頼んでおいたし、俺らやる事なくね?」
優希はどうやら何かを見落としているようだ。そう、調査はただ聞き込みするだけではないということが抜け落ちているのだ。
「僕らは、丸井と阿瀬に事情を聞いて情報をすり合わせる。その後は学級会に向けた準備をするんだ」
まずは、被害者と被疑者の事情を聞き食い会話を全て記録する。次は両者の食い違った意見をまとめ、会話内に出てきた人物や場所を調査する。最後は、事情を聞いた日から数日置き初日と全く同じことを聞き、そこで違うことを話したりした場合は改めて聞き込みをする。相手が嘘を吐いたりしている可能性も考慮し時間をたくさん使って調査をすることが必要なのである。だが、イジメ発生から何日も経っていると、記憶から抜け落ちる出来事も出てくる。だからこそ素早く、的確に、整合性のある情報を手に入れることがこの事案のミッションなのだ。
「まずは、被害者の阿瀬を当たろう」
阿瀬は誰もいない五年の教室で静かに難しそうな小説を読んでいた。
「ちょっと、阿瀬君いいかな?」
僕は柔らかい口調で阿瀬との距離を詰める。
「うん、いいけど」
よし、これで一歩前進だ。拒否をされなくて良かったと心からそう思う。
「朝の学級会で殴られたとか先生言ってたけど、あれ本当なの?」
堅苦しくなく、重くならないように言葉を選びながらコミュニケーションを測る。
「本当だよ。殴られたり、蹴られたり、死ねとか言われて、無視までされたし……」
徐々に阿瀬の目からは涙がこぼれ始める。
「見てよ——このアザと傷」
衣服の下に隠れていた腕や背中には痛々しい傷が刻まれ、太ももには青いアザが点々と出来ている。
「こんなことされたのに、謝るだけとか……。先生も適当にやってるし、もう死のうかな」
想像していたより相当参っている様子だ。予定よりも早く調査を終わらせ、次の段階に入らなければ阿瀬の心と体が危ない。
「大丈夫、僕らに任せて。必ず解決するから」
震えている阿瀬の手をしっかり握り、目を見てそう言った。
「おい、もう休み時間終わるぞ」優希が僕の耳元で囁く。
時計を見てみると、休み時間が終わるまで残り三分のところだった。
「とりあえず、話してくれてありがとう。僕らも頑張るから阿瀬君も、もう少し頑張って。絶対助けるから」
〜 未熟 〜
三時間目は体育、四時間目も体育だった。体力は人並み以下の僕は後方支援すらもできないまま、ただ時間だけが過ぎていった。ドッチボールのような球技ではなく、卓球のようなずっしりと構えて出来る球技が向いているように感じた。
そして給食の時間がやって来た。皆が待ち望んだ給食。メニューは僕の苦手な魚料理だ。味は問題ないし、むしろ大好きなのだが——。
(うわ、骨刺さった)
そう、魚が嫌いな理由は骨があること。大きな骨はいいだろう、取り除けるし見て分かるものだ。だが、小骨は見えないし口に含んでから現れる。まるでトラップだ。
(よし、魚は全部片付いた。後は二分以内に食べ終えるのみ!)
給食の時間が終わるまで残り三分。それは昼休みが始まるまでのカウントダウンのようにも思えた。
***
昼休みに入り、生徒が出払った教室に僕と優希が居る。
調査を再開するため集まったが、優希は再開を反対をする一方だ。
「いやいや、だから、たった十分で丸井の調査は無理だって。阿瀬の時だって全然時間足りなかったじゃん!」
喧嘩になる一歩手前と言った状況だ。やりたいとやるべきではないが対立している。
確かに時間のない中、無理に調査をしようと張り切っていた所はあった。気分が乗っているうちに調査をしたかった。後回しにするべき案件ではないと思ったからだ。その判断は間違ってはいないと僕は思う。多分、やるタイミングを間違えていたんだ。もっと計画を練ってからやるべきだったのかもしれない。
優希の言葉で、調査への熱が程よい温度になったような気がする。このタイミングで色々なことに気づけたのはとてもラッキーなことだ。素直にありがとうと言えれば良いのだが、言えないのが僕の悪いところ。
パンッと手を叩き気持ちを切り替える。
そうだ、明日のことぐらい伝えておこうと口を開く。だが、お互い目を合わせることはない。
「——とりあえず、今日は解散。明日は朝八時から僕の家で作戦会議をするからよろしく頼んだよ」
僕は返事を聞く前に教室を後にした。自分が作り上げた重苦しい空気に耐えきれなかったからだ。やはりまだまだ子供であることを思い知る。
そして、授業が残り二つとなり教室内の空気がガラリと変わった。
明日は休みだ、これで地獄が終わる! とワクワクしている生徒たちを尻目に、丸井に聞くことをルーズリーフに
(まず、距離を縮めないと話すらできないよな……。知り合いじゃないし)
丸井とは話すこともなければ接点もない。クラスメイトではあるが、話すのなんて運動会のリレーの時ぐらいだ。そんな知人程度の親密度でイジメについて聞くのはハードルが高いように思えた。しかも加害者なのだと朝の学級会でクラス全体に知れ渡っているため、警戒心はより一層強まっているはずだ。次の標的は自分かもしれないと怯えている可能性もあるかもしれない。
そんな人間と距離を縮めるためにはどうしたらいいのだろう——。
「おーい、
大沢先生が黒板をチョークでコンコンと叩く。そういえば、五時間目と六時間目は社会だったなと、黒板に書かれた地図と時間割を見て思い出す。
クラスメイトの視線が集まる中、教科書から北海道の県庁所在地を必死に探し出す。
「あ、えっと、札幌市……です」
「はい、正解」
あぁ、緊張した。年に一度しかない研究発表会より緊張した。
なんとか問題に答えることができたが、肝心な距離を縮める方法については未だ分からないまま。県庁所在地を学ぶ前に解決すべきことがあるだろうと、先生に諭したいところだが授業を中断させるわけにはいかない。
六時間目が終わるまで残り二十分、残り十分、残り——
「はい、これで六時間目の社会を終わります。帰りの会は会議があるからなしな、気をつけて帰れよー」
授業はチャイムが鳴る三分前に終了した。いつもなら次の授業のさわりを聞かされ四分ほどオーバーするはずなのに。今週の月曜も会議はあったようだが、今日みたく授業が早く終わった記憶はない。
「健人〜、一緒に帰ろーぜー」
いつも通り、僕の机の斜め左から優希はやって来た。優希の席は右側だが、左側から行くと誘いやすいらしい。巷でたまに聞く『ジンクス』というやつだろう。
「荷物まとめてるから先行ってて」
「おーけー、校門前で待ってっから!」
そう言うと、扉にランドセルをぶつけながら教室を出ていった。廊下で女性の先生の怒声が聞こえたが、廊下を走る音が止むことはなかった。
〜 人物紹介 〜
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