魔王召喚と崩壊世界

西順

魔王召喚と崩壊世界

「魔王様、この城に勇者一行がやってまいりました」


 執務室でお茶を嗜んでいた魔王の下へ、宰相である悪魔がやって来て、そう告げた。魔王はお茶の入ったカップを置くと、とうとうこの日がやって来たのか。と天を仰ぐ。そこには見慣れた天井があるだけなのだが、それを見るだけでも色々な思い出が魔王の脳を駆け巡った。


 魔王は異世界人だ。この世界ではない地球から、魔族によって魔王として召喚された。曰く人間族が魔族を滅ぼす為に勇者を召喚したので、その対抗策として喚んだそうだ。


「戦う?」


 そんな戦力がどこにあるの? と魔王と呼ばれし者は叫びたかった。召喚した城は既にボロボロで己を召喚した者たちも着ているのはボロ布だ。やせ細り死にそうな者たちが、藁にも縋る思いで己を召喚したのが誰の目からも明らかだった。


「降伏しましょう」


 しかし魔王の意見は聞き入れられなかった。曰く魔族と人間族は少ない大地を奪い合い、長きに渡って戦争を繰り返してきたのだと言う。その為、この戦争が決着した暁には、片方の種族は皆殺しにせざるを得ないのだと。そうしなければならない程この地は狭小で、両種族が生きていけるだけの土地は無いと言う。


「では海に出てはどうか?」


 海は死海と呼ばれ一年中荒れ狂い、生物を受け入れず、船で出航しても一日と経たずに海の藻屑と消えるのが落ちだそうだ。しかもこの死海が海岸線を削るせいで、魔族と人間族が住む土地は年々狭くなっていき、それが戦争の引鉄でもあると言う。


 なんと言う事か。それではもし魔族か人間族のどちらかが戦争に勝った所で、いずれは勝った種族も滅ぶ運命ではないか。


「それでも殺されるよりはマシです」


 今では魔王の右腕である宰相の言だ。きっと生き残るのに必死で、血で血を洗う戦争を繰り広げてきたのだろう。


「私にどうしろと言うのですか?」


「人間の勇者に対抗出来るのは、魔王様だけとの伝承があります。どうか、勇者を討伐しては頂けないでしょうか?」


 宰相の言葉に魔王は難色を示した。当然だが普通の地球人一人に戦力を期待されても困る。それでも魔王は困窮している眼の前の魔族たちを見捨てる事が出来なかった。それは自分を見ているようだったからだ。


 魔王は地球に居た頃に、家族と悲しい別れを体験していた。川へ家族四人でBBQへ行った時の事だ。その日少し天気が悪く、山頂では大雨が降っているとの予報だったが、たまたま家族が川原へやって来た時には、川原は雨が降っていなかった。そうしてはしゃいでいた家族四人を、鉄砲水がさらっていった。生還出来たのは魔王だけだった。父も母も妹も、帰らぬ人となってしまったのだ。それからの魔王の暮らしは、若い身空には苦労に苦労を重ねるものだったが、折角己一人は生き残ったのだから、と歯を食いしばってこれまで生きてきたのだ。


「勇者とはどのような事が出来るのですか?」


 とにかく生き残るには勇者対策をしなければならない。その為には勇者に何が出来て何が出来ないのかを知るのが先決だと魔王は考えた。


「何でも、どんな魔法でも操るとの事です」


「どんな魔法でも?」


 そんな存在にどうやったら勝てるだろうか? どんな凄い防御魔法も、きっと勇者はその何倍も凄い魔法で破壊してくるだろう。そうなっては、こちらは殲滅されるだけだ。


「しかしご安心ください。伝承によれば、魔王様も勇者同様にどんな魔法でも操る事が出来ると言われているのです」


 何と! 宰相の言葉に、そんな事が本当に己に出来るのか、不安になった魔王は、試しに己の制服を意匠も美しい鎧へと変えるように念じた。すると瞬く間に己の制服が鎧へ変じたではないか。その魔王の姿に平伏する魔族たち。そんな魔族たちへ魔王は手を翳すと、彼らのボロ布のような服を、奇麗な服へと変えてあげたのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆


 あれから何年経っただろう。勇者がやって来るのに備えて、国境線となっている死の森に巨大で長大な壁を建設すると、魔王は国内を豊かにする事に着手した。


 魔国は荒んでいた。魔族の心もそうだが、土地が荒れていたのだ。ぺんぺん草一つ育たないとは良く言ったもので、土地は長年の戦争の結果、何も育たない土地へと変貌していたのだ。そんな土地を魔法で耕し、栄養ある土地へと変え、僅かに残っていた芋や豆を中心に、土地の再興を続け、汚れた川の水を浄化し、更には魔法で海の方へと土地を広げていき、どうにか皆が餓えから解放されないものかと、あれやこれやと手を尽くしてきた数年であった。


 執務室の椅子から立ち上がった魔王は、窓から見える景色を見下す。碁盤の目のように美しく建物が建ち並ぶ城下町があり、その向こうにはあれ程赤茶けていた不毛の大地が、緑豊かな農地や牧場へと変貌していた。我ながら良くここまで来れたものだ。魔王は己の成した事を誇りに思いながら、宰相へと振り返る。


「勇者とは私が自ら対応します。他の者たちには手出し無用だと伝えてください」


 魔王の下知に宰相は恭しく一礼すると、静かに執務室を出ていった。それを見送った魔王は、これから対峙する勇者とのやり取りを思って心を強く持ち直すと、己も執務室を後にするのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆


 謁見の間で勇者一行は待っていた。しかしそれは魔王からすれば意外な姿であった。その者たちは誰も座していない玉座に向かってかしずいていたのだ。不気味な程静かに全員頭を下げて、魔王の登場を待っていた。魔王はそれを訝しがりながらも、己は魔王なのだ。と己に言い聞かせて堂々と謁見の間に登場すると、ゆったりと玉座に座った。


「そちが勇者か」


「はい」


 魔王の問いにも顔を上げない勇者。その声は若く声の高い男のものとして魔王の耳には響いた。しかしどうしたものか。と魔王は思案する。魔王の案では、勇猛果敢に魔王城に押し入ってきた勇者一行に、自身の命と引き換えに他の魔族たちの助命を懇願するつもりだったのだ。勇者としても、引き分けるかも知れない魔王を、無傷で倒せるのなら、魔族の命を救ってくれるかも知れないと。


 その為に勇者一行が魔国に入って来たと聞いてから、魔族たちには、勇者一行に手を出すな。と強く厳命している。しかしこのように己にかしずく人物となると、きっと職務に忠実なのだろう。人間族が魔族を皆殺しにしろ。と命じたら、魔族を皆殺しにするかも知れない。しかし勇者相手に懇願出来る機会はこの一回だけだ。ならば、やれるだけやろう。そう魔王が心の内で気合いを込めた所で、勇者は一巻の巻物を差し出してきた。


 宰相がそれを受け取り、巻物の表紙に目を通すと、それは人間国からの書状であった。宰相は巻物を開いて目を通し、その内容に驚愕した。


「どうした?」


 もしや全面戦争の宣戦布告ではないか? と心配になり宰相に声を掛ける魔王。その魔王の下へ宰相は人間国からの書状を持っていった。書状を宰相からひったくり、その書状に目を通した魔王は、宰相同様に驚愕した。それは人間国から、講和を望むとの内容が記載されていたからだ。


「戦争はしないと?」


「はい。人間国には既に人間族全員を餓えさせない十分な蓄えがあり、魔族と戦争をする理由が無くなりましたから」


「人間国が……」


「あなたと同じ事を、私がしただけですよ、お姉ちゃん」


 そう言って顔を上げた勇者は、魔王の良く見知った、この異世界に来るまで共に過ごし、あの鉄砲水で行方不明となってしまった妹であった。


「ああ、ああ、何と言う事でしょう」


 様々な感情がない交ぜとなって顔を両手で覆う魔王を、立ち上がって近付き、優しく抱き締める勇者。


「頑張ったんだね、お姉ちゃん。魔国に入ったらね。魔族さんたちが皆訴えてきたの。魔王様を殺さないで。ってさ。お姉ちゃん愛されてるね」


「ありがとう。でもあなただって、魔族を滅ぼす道だってあったでしょうに、この国みたいに緑豊かな国にしたのでしょう。あなたこそ頑張ったわ。誇りに思う」


 そうして姉妹は互いを慰め合い褒め合い、いつまでも抱き合っていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆


 人心地ついた所で、姉妹は場所を魔王の私室に移して様々な話をした。これまで何があったのか、どんな苦労があり、どんな喜びがあったのか。そうして話は父母の話題へ。


「父さんと母さんは?」


 妹の言葉に姉は首を横に振るう。


「二人の、あなたを合わせて三人の遺体は上がらなかった。だから向こうでは今も三人は行方不明扱い。私も消えたから四人行方不明かな」


「なら、きっと二人とも生きているよ!」


 妹は元気な笑顔を姉に向けた。


「だって、私もお姉ちゃんもこうして生きている。だから二人もきっと生きているよ!」


 姉の手を握る妹の手を、姉は強く握り返した。


「うん。そうだね」


 こうして二人は平和となったこの世界から、魔王と勇者の地位を退き、姉妹二人で父母を捜す旅へと出掛ける事としたのだった。

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