第24話 現場検証
「ここが現場だ」
爽やかで心地いい風がふわっと草花を揺らし、鳥や虫の楽しそうな鳴き声と、暖かな日差しが心地良い眠気を誘う。そんな何もかも放り出して昼寝でもしたくなるその場所は。
「ここってどう見ても」
「公園の中ですね」
城からほど近い、代々木公園内に新たに出現したであろう建物だった。
「王立図書館であるからして、王もご利用になられる。城から近いのは自明の理だろう?」
リクとアオイの呟きに、兵隊長は〝何か不思議なことでも?〟と二人を見つめた。
「見事に溶けてるわね」
片眉を上げてミカが見つめる先。そこには、立派な建物だったろう図書館の残骸があったが、本を守るべき屋根や壁は溶け、残った本棚を囲むただの障害物のようになっていた。
「あの人達は何してるの?」
ユイトの視線の先には、ローブを着た何人もの男女が、残った本棚からせっせと本を台車に降ろしている姿が目に入った。
「雨風で本が駄目になるからな。手の空いている職員総出で、城まで本を運んでいるのだ」
「なるほど。確かにあの状態で雨に降られたら一発で終わるな」
王立図書館だけあって、街中にあるような図書館より二回りは大きい。その範囲の敷地に所蔵されていた本をすべて運ぶ。考えただけで嫌な作業に、リクは苦笑いを浮かべた。
「ちょっと聞き込みしてもいいかな?」
「構わないが、邪魔にはならないようにな」
眺めているだけでは何も始まらないと、城に戻ろうとしていた兵隊長に確認し、ユイトは壁を乗り越えて建物内に入ると、作業中だったメガネの女性に声をかけた。
「作業中ごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「あっはい。なんでしょうか?」
まるでナンパでもするかのように気さくに話しかけるユイトに、女性はムッとすることもなく丁寧な対応を返す。
「王様からの依頼で事件調査してるんだけど、図書館がこうなったのっていつなの?」
「えっと、図書館が溶けたのは一昨日です。私はこの図書館の司書なので、そのときも建物内にいたんですが、急に眩しい光が天井から降り注いだかと思ったら、それが太陽光だったので驚いたんです。ですがその間に天井も壁もどんどん溶けていって、ほんの二十秒ほどで今のような状態になってしまったんです」
当時の様子を思い出したのか、女性は胸の前で両手を重ねながら怯える。
彼女も本も無事だったいうことは、やはり炎や熱による融解ではないことが立証された。
「そのときに、怪しい人物を見たとか声を聞いたってことはない?」
女性を怖がらせないように、今度はミカが優しく問いかける。すると、女性は少し考えるように黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「周りも混乱してドタバタしていたので人影は見ていないです。でも同僚や来館者の声で騒然としている中、男の人が楽しそうに笑う声が外から聞こえました」
「なるほど。それは明らかに怪しいわね」
異常事態のときに思わず笑えてくるというのはあり得るが、建物の外から楽しそうな声が聞こえてきたら、どう考えても犯人としか思えない。
「他に何か気づいたこととか、気になったことはない?」
「すみません、あのときは私もパニックになっていたので、よく覚えていないんです……。綺麗な彫刻が施された正方形の建物に、整然と並んだ本棚。その光景を見ながら働くのが私の生き甲斐だったのに……」
そう言って寂しそうに俯く女性に、ミカは「気を落とさないで」と優しく声をかけた。
「もしかしたら、他にも何か見聞きしてる人がいるかもしんねぇな。建物内にいる別の職員にも聞き込みしてみようぜ」
女性にお礼を言い、本を運び出している人達から情報を引き出そうと、リクは仲間に指示し手分けして声をかけていった。
「……手がかりになるような情報は全然ねぇな」
しかし聞き回っても似たような証言しか得られず、四人は壁を乗り越えて外へと出た。
「急に建物が溶けたことと、男の笑い声が聞こえたってことだけで、誰も犯人の姿を見てないみてぇだし」
「声が聞こえた場所は掴めたけど、これだけじゃ犯人特定は無理ね」
職員達の証言を集約し、犯人がいたであろう場所に立ち、リクとミカは肩をすくめる。念のため周囲の地面に遺留物がないか探索してみたが何も見つからなかった。
「どうする? 他の現場にも行ってみる?」
十数人いた職員に聞きまわっても有力情報が得られなかった。他の現場でも大した話は聞けないという懸念はあったが、この際わずかな手がかりでも欲しい。
「やれるだけのことはしておきてぇ。次行こうぜ」
そう思い、他の現場に行くためにリク達が歩き出すと。
「あっ、一つだけ試してみたいことがあるんですけど、ちょっと待って貰えますか?」
何かを思いついたのか、アオイが仲間の足を止めさせた。
「えーっと……この木がちょうどいいですかね」
品定めするようにアオイが周囲の樹木を眺め、近くにあった一番大きなものを選ぶ。そして右手を木の幹に添えて静かに目を閉じると、手のひらから淡い光を放った。すると、
「あら、可愛いわね」
木の中からキャラクターのぬいぐるみのような付喪神が生み出された。
「人以外でも、何か見聞きしていることがあるかもしれませんからね」
そう言いながらアオイはしゃがみ込み、付喪神の瞳を覗き込む。
付喪神──それは物や植物に宿った霊魂。結界内ではNPCの一種として存在する彼らを、アオイの
「一昨日そこの建物が溶ける事件があったんですけど、何か見たり聞いたりしていることはありませんか?」
アオイからの質問に、小さな木の付喪神は赤ちゃんのような言葉遣いで答えた。
「建物が溶けたときは、中にいた人間達が騒いでたでちゅ。ボクも溶けないか心配してたでちゅが、何も起きなくて安心しまちた」
「男の笑う声が聞こえたって証言があったんだが、そういう男見てねぇか?」
「ボクの近くで男の笑い声はしてたでちゅが、どこにも姿は見当たらなかったでちゅ」
リクの問いに、付喪神は申し訳なさそうにしょぼんと俯いた。
「笑い声はすれど姿は見えず……溶かした能力をどう使ったらそんなことできるんだ?」
現場近くで見ていた付喪神でさえわからない犯人像に、リクはううむと唸る。
「他に何か気になったことはない?」
ユイトが話を促すと、付喪神は腕を組んでうーんと頭を捻った。
「そういえば、建物が溶けた直後に、すごく変わった香りが風に乗って届いてきまちた」
「おっ、それは有益情報じゃねぇか」
「本当でちゅか!? やったでちゅ!」
リクに褒められて付喪神は嬉しそうに跳ね回る。その姿を微笑ましく見やると、四人はすぐさま建物に向かい壁の一部に鼻を近づけた。
「確かに、残り香みたいなものを微かに感じますね」
「なんだろな? 昔嗅いだことあるような気がすんだよなぁ」
肉体があったときと感覚は微妙に違うものの、幽霊になっても五感は残っていた。
香りの正体は判明しないが、なんだか懐かしさすら覚える匂いに、アオイとリクは懸命に記憶をたどる。
「私もこの匂い知ってるはずなんだけど……あー、出てこないわね」
ミカもあとちょっとの所で思い当たらず、悔しそうに唇を噛んだ。
「ふとしたときに思い出せるかもしれないから、今は後回しにして他の現場に行って調査してみようよ」
「そうですね。別の発見があるかもしれませんし」
ユイトの提案にアオイが頷き、付喪神に向き直り「ありがとう」と感謝を告げると。
「他に言えることはないでちゅけど、お役に立てたなら嬉しいでちゅ。またいつでも呼んでくだちゃい」
小さな功労者は、手を振りながら空気に流れるように消えていった。
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