演劇的浄土観草稿Ⅱ

存思院

アンチ・シナリオコントロール

 雑記。演劇観(私は演じているという俯瞰的認識)と欲望に基づいて、わたくしは言動を修正し、バイト先のお姉さん方に対して軽率に美人だの可愛いだの云うようになりましたのよ。演劇観が弱まると以前の精神構造に戻っていくので、羞恥と苦痛で死にそうになったりしましたけれど、概ね上手く演じられていると評価して差し支えないかと思われます。

「そうまじまじと云われると照れる」

「アリス君ってお姉さんいそうよね」

 など斯様なセリフを引き出したときには本心かは知らないし迂遠な皮肉かもだけれど!、やあ我が意を得たりと笑みがこぼれましたが、少しでも本当に好意がある、というか恋愛感情があるというか――以下原稿用紙四百枚分の照れ隠し――略――の女性に対してはどうも上手く演劇観に入れず、かといって以前の自分のように振舞うこともできず、結果的に圧倒的不審者ムーヴをかましてしまうという最悪の状況に陥っているのです。

 具体的な描写は死んでもお断り致します。


 さて、では何が違うのかということを考えるにあたり、わたくしという人格、自我の構成要素について検討しましょう。

 雑に途中式を飛ばし便宜的に、思考、感情、観測の三要素を人格に求めることにして、それぞれがどのように行為、現象として具現化するか、例に絡めて記述するならば、以下のようになるかもしれません。


 わたくしが彼氏もちの御綺麗なお姉さん方に対して「素敵ですね」と云うとき、先ず起こるのは観測であり、わたくしの主観は例えばいつもより少し高い位置で結ばれたポニーテールに対して可愛らしいと断定します。この主観的事実に直面したとき、特段感情は動かず、具体的なことは何も考えていません。特に期待も目的もなく、わたくしは今「素敵ですね」と発言するキャラクターであると、自らの設定によって口に出します。


 一方、歪に片思いをしている相手に可愛らしいと云うとき、形容し難い動揺しきった感情と、好感度を上げたい、デートの約束を取り付けたいという思考が嵐のように働いており、もはやこの自我の作用(感情・思考)に正当性を与えるために演劇観という言い訳を生み出していると云わざるを得ないのです。

 これは演劇観ではない。まったく、ね。


――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!(恋する男子の鳴き声)


 すん。書くのがだんだん面倒になってきたので結論を急ぐと、先ず目的として「演劇的であること」「感情的に穏やかでいること」「計算的な思考を停止させること」があります。


 このために演劇的浄土観において、楽観的断定と中今の静止、無目的性を重要なポイントとして強調し、実践に活かしていきたい。


 お姉さん方に会ったら、わたくしは意図的に美しいもののみ観て、誇張し、解釈してその美しさを断定します。これが楽観的断定です。曖昧に存在する可能性の集合としての対象を、歪曲して好意的に定義するのです。

 そののち、わたくしというキャラクターが如何にも云いそうなセリフを、思うままに素直に、その思い(計算的でない、自我に汚されていない自然な思考と感情を想念と仮に呼称する)が発生した瞬間に、それが生きている内に口に出します。

 計算的な思考が差しはさまる余地がないよう、中今に留まるのです。


 同じように、彼女に対しても、わたくしはそう在るべきで、中今に起こる想念をそのままに口に出すべきでしょう。もちろん、明らかに言葉にするべきではないことは沈黙でもってしてもよいのですが、口にするのが自然なことは生きたまま伝えるべきです。端的に云うなら、意図的な、思考や計算が入り込んで純度が下がった言葉は死んでいるので、鮮度のない言葉は捨てられなければならないのです。


 感情や想念の賞味期限はその瞬間だけだということですね。

 

 シナリオコントロール意図的な未来の創造は、未来について考えるときのお話であり、日常で使われるものではなく、日常において、今その瞬間を生きる時には無目的でなければならないのです。キャラクターである自ら(思考/感情)を俯瞰しつつ、中今で起こる想念をシナリオとしてその通り演じるべきだと。

 

 これは推測ですが、中今の想念によって生きることは、ハートで生きることと同意義ではないかと思います。堆積した思考や感情がない――過去や未来に属するものであるところの思考と感情ではない――想念は、その純粋な想念は、留まることがないために空の器であるハートを明らかにするのではないかしらん。


 中今に留まり、ハートによって観測し、行動し、自我を俯瞰して演劇に生きる。


 さあて、わたくしの恋愛はどう描かれますかしら。


 これを逃したら、たぶん夜通し色街で遊ぶわ愛人はつくるわ、みたいな感じになっちゃいますわよ、本当に。

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