第32話 許せない理由
「はこべちゃん、
私たちを呼んで保健相談室に入ってきたのは
「よっしーに聞いた」
「ナイス伝言」
鈴菜ちゃんが親指を立てた。
女子同士の方がいいからと送り出されてきたそうだ。保健室というとビミョーな空間なので、男子的に一緒にいたくないらしい。
「みんなはね、だいたいはこべちゃんの味方だから」
「いや、味方とかなんとか、そういうことなのカナ……」
私にはよくわからない。あの日から後の、学校の空気を知らないんだから。でも麻美ちゃんは当たり前の顔をした。
「そういうことでしょ?」
「あんまりそういうのは……あのさ、
「えー、はこべちゃんは直接の被害者だからじゃない? 何言われるかビクビクしてたんだろうね。んで逆ギレ」
何も言う気なかったんだけどなあ。鈴菜ちゃんは渋い顔をして教えてくれる。
「あの人たちのせいで
うええ、それは……私が保健室登校している間にシュラバがあったのね。麻美ちゃんも嫌な顔になる。
「そんなだったんだ。あの人たちって誰かとつるんでなきゃ生きてけないタイプじゃない。トイレも一人でいけない系の」
「だから限界きてるんだよ」
「今あそこと組んだら粘着されそうで嫌だし。だいたい『あやまれば』とか言っといて、はこべちゃんにケンカ売ったの? よっしードン引きしてたんだけど」
「女子のケンカは男子ついてこれないよね」
よっしーが麻美ちゃんに投げたのはその辺もあるのかもしれなかった。
しかし私はケンカしたつもりなんてなかったのに、なんだかそういうことになってしまったのか。嫌だなあ。
とにかく私がいない間の流れはなんとなくわかった。わかったけど……どうすればいいかはわからない。大嶺さんは大変なんだろうけど、同情する気にはならないし、勝手にがんばってとしか思えない。
人に合わせるよりもひとりでいることを選べた撫子のことを、自分と違うからと勝手に嫌ったのはあの人たちなんだから。
それに問題なのは、大嶺さんの心の中のことだよね。
撫子に対して悪いことをしたと思っているのか。それで自分を責めているのか。それとも自分は悪くないのに周りがひどいと感じているのか。
そういうのって結局、本人の気持ちだけかなって思う。すくなくとも私にできることなんてない。私に謝られても仕方ないし。
ただ、今日のケンカもどきの決着だけは話さないといけないはずだった。後で職員室に呼ばれるのを私は覚悟した。
午後の授業に大嶺さんはいなくって、面倒だなあという私の予感がふくれあがる。
案の定、六時間目の後に担任から呼び出され、私はクラスメートの同情の視線に送られて職員室へ向かった。
担任の藤田先生は学年主任もしている男の先生だ。あと保健の萩野先生もそこにいて、目をはらした大嶺さんに付きそっていた。泣いてたのか。
「えーと、昼休みに言い合いになった件については、大嶺の言いがかりだったので謝りたいそうだ」
「はあ」
まず藤田先生がそう言って、大嶺さんがごめんなさいと頭を下げた。
「私は別に、言い合ったつもりないしぶつかってもいないし、間違いならもういいです」
「うん、そうだな。でな、大嶺がそんなふうにカリカリしてしまった理由なんだが」
「私が!」
藤田先生が話している途中に大嶺さんはあふれるように大きな声を出した。
「
そう叫んで大嶺さんが泣き出してしまう。すると廊下で低いどよめきが起こったのが聞こえた。萩野先生がドアをチラリとすると、いくつかの頭がガラス部分から引っ込む。盗み聞きがいるなあ……。
でも私は自分の思うことを言うしかなかった。ここでの発言として何が正解なのかなんてわからないし、百点をもらうために嘘はつけないよ、撫子のことなんだもん。
「なんで私に謝るんですか」
私はボソッと言った。不機嫌になるのが隠しきれていない。
「撫子が飛んだのは、撫子がそうしたかったからです。大嶺さんのことなんて、撫子は、別に」
『どうでもいい人』と言っていたのは伝えてもいいんだろうか。いちおう黙っておくか。大嶺さんにイライラはするけれど。
勝手に責任を感じられているのが、悲劇にひたっているように思えて私には気持ち悪かった。
みんなに責められる自分がかわいそうで、しっかり謝れる自分をすごいと思っていそうで、腹が立ってしまった。
撫子の本当の気持ちなんてわかっていないくせに。
だけど大嶺さんも藤田先生も、私が気をつかってそう言っているように受け取ったのかもしれない。表情が軽くなった。
「許してくれるの」
「許すも許さないもないよ。撫子はもういないんだから」
それは、生きている人の心の中だけの問題だもの。許されたと勝手に思って逃げても救われても、今の撫子にはなんにもならない。
「無視したのとかは、撫子に謝ることでしょう。私には、元々カンケーない」
「え……」
大嶺さんの顔が凍りついたけど、私は言った。
「許されたいなら、撫子から許してもらえばいいんだよ」
私はまちがったことを言ってはいないと思うのに、藤田先生は困ったようだ。
「いや、それはもう、な」
「できませんよ。だったら許してほしいとか今さら思わなきゃいいだけじゃないですか?」
藤田先生も、職員室にいた他の先生も、みんなが黙ってしまった。
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