第12話 ペンギンの飼育員
ペンギンならよかった?
撫子の言うことが私にはよくわからなかった。
「ナデシコが飛べる海――?」
「そう。空でもいいの、私が自由にいられるところ」
そう言って撫子は踊るようにクルクル回った。スカートのプリーツがひるがえる。その姿は、とても自由に見えるのだけど。
撫子はそのままペンギンの列の前に出た。突然その手の中に笛が現れる。コロコロピーとやさしい音を鳴らすとペンギンたちは頭をふりふり立ち止まった。
「じゃあみんな、戻ろうか」
小さい子相手のように撫子はペンギンたちに言いきかせる。すると列はくるりと戻り始めた。
「うわ、ナデシコすごい」
「だって私、この子たちの飼育員さんだもん」
ペンギンの後ろ姿から撫子に目を移したら、撫子はいつの間にか水族館の作業着姿になっていた。
「え――本当に、飼育員なの」
「そうよ」
当たり前のように首をかしげて、撫子はペンギンたちと歩き始めた。ペチペチとかわいらしく、ペンギンは進んでいく。
「私ね、本当は飼育委員をやりたかったの。中学校には動物がいなくて飼育委員会がなかったけど、小学校ではずっとウサギのお世話してた」
「ウサギ?」
「そう。さすがにペンギンは小学校で飼ってないでしょ」
「数え方はどっちも同じだな、一羽、二羽」
ボソッと口出ししたレイくんに、撫子は刺すような目を向けた。気に入らないのは発言内容か、レイくんか。私は話をそらした。
「ナデシコが図書委員なのは、本が好きなのかと思ってたよ」
「本は好きだけど。図書委員は誰もやりたがらなくて押しつけられたようなものだもん」
「……そうだっけね」
入学したての四月、まだ撫子ともあまり話していない頃の委員会決めの記憶はあまりなかった。
でもそうか、図書委員は昼休みの当番があって不人気だったような気がする。それで推薦された撫子に決まったんだっけ。かばってくれる友だちが少なくて気弱な撫子は嫌だと言えなかったんだ。
「好きな本を借りられるし、嫌なわけじゃなかったよ」
「……ならいいけど」
「うん」
撫子はタタタと走って前に出ると、バックヤードへの扉を開けペンギンたちを入れてやった。飼育員ぶりが板についている。
私たちはそのまま一緒に関係者以外立入禁止エリアに入った。いいのかな。ちょっと得した気分だけど。
うす暗い中、そっけない蛍光灯がぽつぽつとあった。なるほど施設の裏側って感じ。そこのゆるいスロープをよじ登るように行くペンギンたちを後ろから見てやりながら歩き、飼育場にたどりつく。
小さな扉をそっと開けると、そこは展示室の岩山だった。向こうには水辺もあって、パレードしていたのとは別のペンギンが何種類もいる。それぞれに群れをつくって棲み分けているようだ。
「この子たちはヒゲペンギンでしょ。あっちの胸が黄色いのが王様ペンギン、頭に白い模様があってクチバシが黄色いのがジェンツーペンギン」
「くわしいんだ」
「貸出当番てわりとヒマなんだもん。図鑑も読んでたの」
撫子は照れ笑いした。仕事中のサボリではあるね。
飼育場にペンギンを送り届けて、撫子は水族館の裏側をずんずん進んでいった。なんだかわからない配管やタンクが並んでいて、ますますバックヤード感が増してくる。
撫子はスタッフの格好だし、就職した友だちの職場に遊びに来て案内してもらうとこんな感じかな。それで学校時代の思い出話をしているの。
「ナデシコが当番の日は私もよく行ったよね。図書室のまったりした空気、好きだった」
「そうよね。本なんて、好きな人は読むし嫌いな人は読まないし、人が集まらないのは仕方ないのに。読書推進キャンペーンなんてやってもな、て思ってた」
その企画でがんばった撫子がそれを言っちゃったらおしまいでしょ。でもその通りなので私たちは笑った。
「だけど、何もやらない人がどうして文句言うの、とは思った」
くちびるをとがらせて言われ、私は首をかしげた。撫子は悲しそうに笑う。
「
「何それ」
「私だってわかっててやったんだけどな。何かやらなきゃいけないから、無理やり企画したのに」
私はムカムカした。ああいうキャンペーンはやるってことだけ毎年決まってて、けっきょくいい案なんて出ない。誰も何も言わないから提案したんだと撫子は恥ずかしそうにしていた。発言するのだって相当な勇気だったはずなのに。
「なんで言わなかったの。私、そんな人とならケンカするよ」
「ハコベちゃんは図書委員じゃないでしょ。科学部との作業を手伝ってくれたのだって、本当はおかしいんだから」
「……めいわくだった?」
「ううん。ハコベちゃんがいてくれたから、私がんばったの。でも図書委員の中にもね、ハコベちゃんのこと、あの子なんなのって言う人もいて、私くやしくて。でもひとりじゃ嫌だから、もう来なくていいよって言えなかった。ごめんね」
立ち止まって謝った撫子を、私はぎゅっとした。
ごめんなんて、そんなのいいよ。撫子はがんばってたんじゃない。
「ああん、ハコベちゃん、この服くさくない? お魚ばかり扱ってるから、さわらない方がいいよ」
「え?」
飼育員姿の撫子は、言うことまですっかり飼育員だった。いつの間にかそこにあったエサのバケツを手にすると、横の金属製の通路にカンカンと入っていく。宙に浮いた通路は大水そうの上を通っていて、そこからエサをまくみたいだ。
「あ、これ最初にいた水そうだね!」
気づいて下をのぞこうとした私は、なぜかツルリと足をすべらせた。グラリ。
「ハコベ!」
「ハコベちゃん!」
二人の悲鳴がバックヤードに響いた。
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