勇気ある者
「アオイ。相談がある。」
「突然どうしたのさ。深刻な顔して。」
レイベルトの顔はまるで、戦時を思い出させるような真剣さだった。
これはきっと何かあるね。
「ジェーンさんが……。」
「ジェーンさんに何かあったの!?」
それは一大事だ! 何とかしてあげなきゃ!
「ジェーンさんが訓練し過ぎて婚期が遅れるかもしれん。」
「はい?」
やけに深刻そうな顔で言うから何かと思えば、そんな事か。
「あんたさぁ。自分を好きだって言う女の子にまで訓練しだしたの? 信じらんないだけど……。」
「いや待て! 違うぞ!」
私がジト目で見ると、レイベルトは慌てて事情を説明する。
詳しく聞いてみればなんてことはない。ジェーンさんが失恋のショックで訓練という間違った方向にいってしまっただけの話だった。
心配して損した。
「レイベルト。以前ならともかく、今の時代は女の子が強くても全然平気だよ。勿論ナガツキ領限定で、の話だけど。」
「そうなのか?」
「サクラがマジナガムーンキャットをやりまくったせいで、ナガツキ領ではマジナガムーンキャットが一種の憧れになってる。だからマジナガムーンキャットを目指しているって言えば、女の子が強くても許されるんだよ。」
「知らなかったな。なら強くなり過ぎても婚期は遅れないという事か?」
「その通り。どうせならサクラや私とユニット組んでやったらすぐに彼氏なんて見つかるよ。」
三人でマジナガムーンキャットをやればジェーンさんは引く手あまた。
間違いなく結婚してくれとあちこちから声が掛かる。
「今は恋愛より訓練だって言ってたぞ。」
「そんなの建前だって。」
ジェーンさんはきっと、失恋の辛さを悟らせない為に言い訳しただけのはず。
なんて健気な娘なんだろ。第三夫人は嫌だけど、義理の娘とかなら大歓迎かも。
「俺が考案した楽々地獄逝き訓練を突破したそうだが、それでもか?」
「は?」
あれを突破した? と言う事は建前じゃなくて本気?
うん。頭おかしい。
「早くやめさせて。いたいけな少女があんたみたいに頭おかしくなったらどうするのさ。」
「頭はおかしくないだろ。」
「あれを突破出来る時点でおかしいっての。実際短期間で準勇者級一歩手前の身体能力を身に付けてるんでしょ?」
「いや、確かにそうなんだが。」
「手遅れになる前にやめさせてきなさーい!!」
私はレイベルトを追い立て、訓練を中止させるよう叱り飛ばした。
「どうしたの碧ちゃん。レイベルトったら慌てて部屋を出て行ったけど。」
「あ、エイミー。今一人の若者が道を踏み外そうとしているから、やめさせる為にレイベルトを使いに出したの。」
「ちょっと意味が分からないけど……。それよりもね? 最近郊外の森付近を夜な夜な疾走する恐ろしい女の子がいるらしいんだけど、鬼気迫る顔で馬と並走するから怨霊じゃないかって……。目撃者が何人もいるみたいなのよ。」
多分ジェーンさんだ。
レイベルトが考案した訓練メニューには意識が無くなるまで走るという頭のおかしい内容も含まれている。
準勇者級一歩手前の身体能力があるなら馬と並走くらい出来るはず。しかも内容が内容なだけに、鬼気迫る顔にだってなるでしょうし。
「あ、うん。多分調査は必要ないと思う。」
「それだけじゃないのよ? 辺りの街道にある岩の位置が変わっていたり、木が倒れていたりと不審な点が多いみたい。」
岩を動かしたり木を無理矢理力で倒す訓練もあるね。やっぱりジェーンさんだ。
「大丈夫。それを今からレイベルトが解決してくれるから。」
「鬼気迫る顔で馬と並走するなんて碧ちゃんが苦手なホラーでしょ? そんな雑な対応で良いの?」
「ナガツキ家に所属している人は馬くらい追い越せる人達ばかりじゃん。そのくらいで怖がったりしないって。」
「なら良いんだけど……。」
私も大概毒されてきたね。人が馬を追い越すだなんて、地球どころかこの世界でもかなり異常事態なのに。
一週間後。
「碧ちゃん、報告があるわ。郊外の森付近を恐ろしい形相で疾走する女の子は相変わらず現れるらしいの。地の底から響くような不気味な声を出しながら走ってるらしくて、怨霊部隊が訓練中逃げ帰って来たのよ。」
なにそれ怖い。
「怨霊の癖に逃げて帰ってきたの?」
「えぇ。怨霊でも怖かったみたい。」
「……レイベルトは訓練を諦めさせることに失敗したんだね。」
「そんな事言ってる場合? ナガツキ家でも退治出来ない化け物が現れるって街中で噂になってるわ。早く解決しないとダメよ。」
「仕方ないね……。まったく。怨霊が怖さに負けて逃げ帰ってくるなっての。」
怨霊の癖に情けない。
「ほら、準備して。」
「あ、もしかして碧ちゃんも出るの? 久々に勇者碧の活躍が見れるのかしら? それともマジナガムーンキャットブラック?」
エイミーはワクワクした様子で笑い掛けてくる。期待させちゃったみたいだね。
「エイミーが行ってきて。」
「え? 碧ちゃんは?」
「無理。怨霊が怖がるくらいなんだから、私が行っても使い物にならないよ。」
ただでさえ怖いのは苦手なんだ。
間違っておしっこちびったら恥ずかしいじゃん。
「えぇー……。」
期待外れって顔だけど、私が怖い相手に立ち向かえるはずなんてない。
「良いの? 泣くよ?」
「そんな自信満々に言われても……。」
「昔から勇気ある者を勇者と言うんだ。」
「はぁ……。」
エイミーは何が言いたいか分からないみたいだね。
仕方ない。ちゃんと教えてあげよう。
「私は勇気があるから断る勇気だって持っている。ただ……それだけの事さ。」
「碧ちゃん。何言ってるの?」
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