失恋を乗り越えて


「あ、レイベさん……。」


「ジェーンさん……。」



 気まずい。


 最後に会った時の事を考えると、何を話して良いのか分からない。



「ガフッ。ガフッ。」


「おい。」



 唐揚げに夢中でこちらの様子に全く気付く様子がないニャンシーちゃん。


 飼い主が気まずい思いをしているというのに、いつまで食ってるんだ。



「フフフッ。ニャンシーちゃんらしいですね。」


「あ、あぁ……。唐揚げに目がないからな。」


「もう大丈夫ですよ。私は心の整理がつきました。」


「そうか。」



 どこか晴れやかな雰囲気のジェーンさん。少し見ない間に綺麗になったような気がする。



「でも良かったです。最後があれだったから、もう来てくれないのかと思ってました。」


「流石にそれはない。もう少ししたらまた食べに行こうと思っていたさ。」


「ありがとうございます。今日はお散歩ですか?」


「いや、ニャンシーちゃんの付き添いで……。」


「付き添いですか?」


「実は暗殺者ギルドの近くまでニャンシーちゃんを送って行こうとしていた。俺はその……やはり顔を合わせ辛くてだな……。」



 やっぱり気まずいぞ。



「もう大丈夫ですって。私、貴方に恋をして……そして失恋して……以前よりもずっと強くなったんですよ?」



 朗らかな顔で笑う彼女は……少し惜しい事をしたかと思えるくらいには魅力的だった。



「なんだか綺麗になったんじゃないか? それに何かこう……芯が通った言うか、軸が定まったと言うか。」


「フフフッ。ありがとうございます。いつまでも小娘ではいられませんから。」



 以前に比べ、立振る舞いが洗練されているような……。



「やっぱりレイベさんには分かるんですね?」


「まぁ一応友達だからな。」



「実は私、本当に強くなったんですよ?」


「そこは疑ってないさ。雰囲気が研ぎ澄まされ……。」



 ちょっと待て。



「ほら、この通り。」



 ジェーンさんはその場で地面をドンと踏み抜き、石畳に亀裂を作った。



「私、失恋してから来る日も来る日も訓練に明け暮れていたんです。恋は叶わなかったけど、恋した人がどういう景色を見ているのか知りたいと思いまして。」


「……強くなったな。」



 いや、強くなったってそういう意味だったのか?


 これは予想の斜め上をいったな。



「だから決めたんです。限界まで強くなってみようって。」


「そ、そうか。」



 これはマズい。婚期が遠のくじゃないか。どうにかして訓練を諦めさせなければ。



「ちなみに師匠は? 誰かに教わっているのか?」


「ディナルさんです。」


「あぁ。」



 以前ジェーンさんからディナルに女の子を紹介してもらったな。それでか。



「ディナルさんは『ジェーンさんは凄いですね。レイベルト様が考案した楽々地獄逝き訓練をこなし続けるなんてもはや才能ですよ。私でも躊躇する内容だと言うのに……頭おかしいんですか?』と褒めてくれました。」



 頭はおかしくないだろ。ディナルには後で同じ訓練を受けさせてやろう。



「成る程。ジェーンさんやるじゃないか。失恋を糧に訓練を乗り越えたわけだ。」


「フフフッ。恋する乙女は強いんです。あ……今はかつて恋した乙女、ですけどね。」


「す、すまん。」



 どうにも俺は恋愛ごとの気遣いが足りていないようだ。



「良いんですって。今の私は恋より訓練。訓練すればどんな事だって出来るって知ったんですから。」


「後者に関しては俺も同意だ。で、魔法の方はどうなんだ?」


「魔法に関しては全然ですね。レイベさんが考えた訓練は肉体能力を鍛える訓練ですから。」



 確かに、ジェーンさんの魔力は一般人並だ。


 見たところ特別魔力が多いという訳でもない事から、素の肉体能力だけで石畳を割ったという事になる。


 ナガツキ軍の階級で言えば八位官と同等。兵換算で五十人程度。


 これで魔力を八位官相当まで鍛えたとするなら五位官……準勇者級の手前までいってしまいそうだな。



「ジェーンさん。せっかく訓練を楽しんでいるところ悪いんだが、婚期が遅れるからやめておいた方が良い。」


「え?」


「俺の娘、サクラも強くなり過ぎて結婚には苦労したそうだ。」



 サクラもアーリィも結婚出来たから良いものの、本当に結婚出来なかった可能性はあった。


 俺も歳を重ね、今ではサクラを訓練させ過ぎたと反省しているのだ。



「娘さん? もしかして、マジナガムーンキャットの事ですか? 私ファンなんですよ!」


「ん? 知っているのか?」


「はい。実は男に絡まれているところを助けて頂いた事があります。」



 この娘、男に絡まれ過ぎだろ。



「確か『ナガツキパワーはナガツキ領に住む人が皆持っているんだけど、気付いてないだけなのよ。』と言っていました。多分私がここまで強くなれたのもナガツキパワーが目覚めてきているのだと思います。」



 ナガツキパワーとか無いだろ。


 サクラの奴。助けるなら普通に助けてやれよ。


 変な助け方をしたせいで、一人の無垢な少女がおかしい方向に進んでしまったじゃないか。



「マジナガムーンキャットになれば私も結婚出来るはずです。このままナガツキパワーを目覚めさせて、マジナガムーンキャットになれれば……。」



 歴史改変の影響で魔法少女とステッキが人気らしいからな。マジナガムーンキャットになれれば結婚出来るという理屈は理解出来る。


 しかし、サクラと同等にまでなるつもりか? あれでサクラはナガツキ家ランキング六位だぞ。


 あんなのを目指していたら本当に婚期が遅れる。何としてもやめさせよう。



「ジェーンさん。マジナガムーンキャットを目指すなら魔法が使えないとダメなんじゃないか?」


「え? そうなんですか?」


「あぁ。マジナガムーンキャットは魔法少女だ。」


「確かにその通りですけど、マジナガムーンキャットはステッキで男をブッ叩いてましたよ? 世間の噂でも魔法を使うだなんて聞いた事もありません。」



 魔法少女なのに魔法を使わないのはおかしいだろ。それは魔法少女ではなく、武器を使う武術家だ。

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