諦め慣れたこと
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「これで……全員だな」
全ての遺体を瓦礫の奥に埋め終え、ジン・ジェスターはそう呟いた。
土の中で眠ることすらできないが、それでも彼らの武器を墓標として突き立て、薄黒い制服とネームタグを掛ける。
メリアは全員の名前を呟くと静かに、長いあいだ目を閉じていた。黙祷を終え、静かに立ち上がる。吐く息がどうしてか震えた。
何か言葉が欲しくて、そっとジンを見据える。
――真っ黒な瞳が自分と似ている気がして胸がザワついた。考え過ぎかもしれない。初めて、同じ視線の位置で話してくれた相手だったから。
目と目が合うと調子が狂う。メリアは歯痒い様子で自身の口元を手で撫でた。
「……手伝ってくれたのはありがと。ワタシの方法が合ってるかもわからなかったから、少しだけ安心した」
「お互いウィンウィンならよかった。墓なんて作ったのは久々だったからな。……で、約束は忘れてないよな? 覚えてると嬉しいが」
へらへらとした態度で、目を向け合って言葉を投げかける。
――反吐が出そうだ。この少女が嘘をついてる気配もない。疑念が段々と確信に近づいてくる。笑顔を浮かべる自分を殴りたくなる。……彼女が、全部ぶっ壊した。
ジンは疑いようもない事実を反芻しながら笑顔を保ち続けた。……彼女は少なくとも、何も知らないなんてことはない。
脳裏につい先程殺めた男の顔が、懇願する声が過る。不快な銃の振動を手が思い出して、全部振り払うようにため息をついて脱力した。
「まるで忘れてても仕方がないみたいな言い方ね。けど安心して? ワタシは約束は破らない。だって、約束って守るためにあると思わない? ……死体の身体は見た?」
彼らは鋭利な刃物で斬られ、貫かれ、もしくは毒によって血を流し死亡していた。そして全ての死体に共通して存在したのは薄紫に蛍光する不気味な模様だ。それが全身を巡っていた。
「あれは呪いよ。ワタシが一生、永遠に生きていけるように作られた不老不死の呪い。ワタシが死ねば死ぬほど、周りにいる誰かが代わりに傷ついて……死んでしまうの。ワタシだけが無傷のまま。……酷い話でしょ? だから殺そうとするのはオススメできないってこと」
忌々しげに言葉が吐き出される。
メリアを慰めるように、無数の蝶が彼女の周囲を羽ばたいていた。
……嘘みたいな話だが、ラインフォード商会の被検体ならば可能性は否定できない。奴らは異界や異星の技術を用いるのが専売特許だ。
「不老不死が嫌か。俺じゃ考えられないな。絶対的な安泰ってことだろ? ……そんなもの願っても手に入るもんじゃない。いや、でも手酷く利用されれば一生怪物の食料になったりするのか? ……それは嫌だな」
「茶化さないで。……とにかく、だからワタシはここを離れられない。わかる? 自分の所為で周りが死ぬのを喜べないし。……もう巻き込みたくはないの」
ジンは動揺を笑みで隠した。
――嘘を言っている様子はない。不老不死の力が与えられた理由も理解できる。……不老不死を忌み嫌うなんて、傲慢で贅沢な悩みだ。誰もが死にたくないと願っていたのに。
「巻き込みたくないか。悪いがそのお願いは叶えられない」
ジンは薄ら笑いを浮かべながら試すように服の袖をめくった。
落下中、彼女に近づいてしまった過程で刻まれた淡い紫の紋様が露わとなる。呪いの印は妖しく蛍光しながら、心臓とは別に脈打っていた。
メリアは忌々しげに睨みながら蛍光する腕を撫で触れる。か細い指がそっとおりた。
「……ッ、ワタシの意思で解くことはできない。幸い、貴方が死ぬ前にワタシの傷が全て癒えたみたいだけど。次にワタシに何かあれば……貴方は死んじゃうわ? ……ワタシは貴方が死のうがどうも思わないけれど」
――怪物が憂いげに、自分が世界一不幸そうな顔をして言葉が弱々しく水音に溶け消える。いっそ言葉も通じない怪物であれば、何も考える必要もなかったのに。
彼女は顔を俯向けると、諦めたように双眸から光が失せる。反して、遠く高い晴天のなか太陽の光は優しさもなく照らし続けていた。
――なんて似合わない光景だろう。破壊し尽くされた研究施設の底、無数の墓標に掛けられた布切れと共に、透き通った海水と銀の髪が靡いていく。
ジンは見惚れそうになって、咄嗟に我に返るために自嘲した。
「随分と諦め慣れてるんだな。既に俺が死んだみたいじゃないか。こうしてピンピンしてるのにさ」
「ワタシは至高の傑作よ。この不老不死に欠点も例外もないの。貴方は助からない。……皆そうだったもの」
諦め慣れているからこそ、彼女はそれ以上失望することも、泣きそうになるのを堪えることもなかった。開き直るように作り笑いを浮かべてヘラヘラと、しようとするのにどうしたらいいか分からない様子でチグハグな表情。
……見ていられなかった。こんな少女を処理してどうなる? ――俺の何が救われる? それで先に進めるようになるのか? ……否だ。
「貴方って呼び方はむず痒いな。……ジン・ジェスターだ。名前で呼んでくれていい。個人で活動をする便利屋をしてる。……企業の犬っころみたいなもんだ。便利な使い捨ての手駒だな」
「そう……。貴、ジン・ジェスターも都合のいい存在なのね?」
その通りだが気に食わない表現だ。【錆染】が聞いたらすぐにでも説教が始まっているだろう。
「随分と酷い言い方をするなぁ。けど飼い犬やってたからこそ分かることだってあるんだ。君のその不老不死とやら、地の底でうじうじするより地上に残ってる研究設備を見たほうが解決策はあるかもしれないぞ。奴らのデータバンクや缶人(デザイナーベイビー)製造の装置が壊れずに残ってるからな」
嘘は言っていない。彼女が最重要な被検体だとすれば、事故が起きても無事な場所に予備のデータや、対処法、諸々のデータが有る可能性は高い。
メリアは静かに大穴を見上げた。疑う様子もなく、ただ静かに時間が過ぎていく。翡翠の眼に晴天が映り込んでいた。
「……ワタシはただ自由になりたいの。不死の呪いがあるかぎり、ワタシはずっとラインフォード商会の生物兵器でしかないでしょう? ……便利屋って、ワタシみたいな奴の依頼でも受けてくれるのかしら?」
「半分脅迫みたいなもんじゃないか? 生憎、俺に拒否権がない。死にたくないんでな。君がもし上に行って確かめたいなら、俺も着いていこう。何かの縁だからな」
――どちらにせよ都合はいい。不老不死がある限り、対処の施しようがないのは当然だが。それ以上に、彼女はずっと憂いげで、諦めていて、生への執着さえ曖昧だから。
全てを知ったうえで、彼女の願いを叶えてやった上で終わらせればいい。
ジンはからかうように薄紫の痣を見せつけた。……なんて道化だろう。
笑顔を浮かべるたびに頬が引き攣る。胸の中で鉛が溶けるような重い不快感が渦巻く。……ヴィコラや【錆染】の奴がやめろと言う訳だ。
メリアは笑うこともなく、ただ嫌な物を見せられたように不快感に眉をひそめるだけだった。
「……ねえ、便利屋さん? 地上までワタシを連れて行ってくれないかしら。ワタシはこの場所を何も知らないの。迷路みたいに道が広がってて、上の行く方法なんてわからなくて――ワタシをどうにかしようとしている人が沢山いる」
至高の傑作はあまりに弱々しく、頼りなかった。だというのに強く立ち振る舞おうとして、言葉遣いだけが先行するように妖しく耳の奥まで響く。
「そんぐらいはお手のもんさ。荒事のほうが得意なんでな。ただ、報酬は考えとけよ? 金は持ってないだろうから、金以外でな」
ピタリとメリアの動きが止まった。思考を巡らせるように視線が僅かに周囲を泳いでから、どこか蠱惑的に微笑む。ゆらりと、白い袖とビニール質な裾が揺れた。
「ワタシは長い時間ずーっと、どうしてこんな力をこんな身体に研究者達が与えたのか考えてたわ? けど、今納得したかもしれない。お金以外で渡せそうな物なんて、死かこの身体ぐらいだもの」
「…………随分と部分的に自信があるんだな。綺麗なのは確かだが――」
露出した肌に否応なく視線が向かう。……職業病だ。
ジンが自己嫌悪するように頭を抱えると、メリアは分かっているようで何も分からないのか、怪訝そうに顔を覗き込んでいた。
「……もう少し厚着をしないか? 物理的な防護性、毒ガスが散布されたときのリスクとかを考えると気が気でいられない。そんな服着てるやつ見たことないぞ」
「この服は気に入ってるから嫌」
子供っぽい態度でメリアは食い入るように拒絶した。
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