二章:先に進めない者達

同じ空はなく

 二章:先に進めない者達




 セブンスター海洋島は巨大な風穴を開けられ崩壊したが、地下と比べれば地上は原型を取り留めていた。


 元々は海洋研究のために建てられたらしい人工島。国が機能しなくなり、企業が台頭してからはラインフォード商会の血生臭い研究所だ。


 【錆染】は久々に地上へ出た。より濃い潮の香りと霧にうすぼやけた蒼い水平線が広がっていく。


 管理放棄された人工ラグーンは鬱蒼と緑が生い茂り、透き通った海を見下ろすと得体の知れない生き物が泳いでいたが、人工的な自然が残っているエリアもすぐに途絶える。


 さびれたコンクリートの地面が直線的に伸びているだけになった。かつて港には船も存在しない。海は外界を隔てる脅威へと変わってしまったから。


「はは、約束の時間の三十分前に来てやったってのに。お前らの方が早いじゃないか」


 彼女達は全員が同じ顔をしていた。ラインフォード商会に所属することを示す薄緑と紫の線の入った戦闘服。蒼い瞳に長い銀の髪。それぞれ髪型だけを変えているなか、隊長格だけは髪色を瞳と同じ青に染めていた。


 体躯は僅かに幼さを感じさせるが、その鋭く冷徹な睥睨には微塵たりとも少女らしさなんてない。命令に忠実な機械のように思えてくる。


「ラインフォード商会生物災害対策課特課造り物の規定(レグル・レプリク)小隊隊長を務めさせて頂いております。エルドラ・レソラと申します。此度はラインフォード商会に協力頂き感謝致します」


 格式張った一礼。エルドラ・レソラと名乗った少女はジトリと可愛げのない眼力で【錆染】を睨み見上げる。


「誰か見ているのかい? いいや、オレの盾がある限りどんな通信機だって一瞬でオジャンさ。だから安心しろ。オレの前では自分を露わにしていい。他の隊員達は自己紹介をしてくれないのかい? これからはチームだろ?」


 便利屋は企業の使い走りに過ぎない。色付きであれど、ほとんどの者がそのルールから逸脱できない。


 ――だからこそ可能な限り自分の信念を、正義を貫き通す。ヒーローごっこと揶揄されることもあるがそれが誇りであって、オレらしさだ。


 【錆染】は口元だけを見せるとニヒルに微笑んだ。ガシャンと、重々しい錆色の大盾を地面に打ち付ける。


 《造り物の規定(レグル・レプリク)》の隊員達は皆が同じ顔で、違う表情を浮かべ困惑していたが、やがて一人が小さく会釈した。


「ナディー・イーです」


 二つ結びした銀の髪が揺れ、不安げな視線が【錆染】を見据えた。顔は同じだが、それだけだ。全員が全員全く同じかもしれないなんて不安はすぐに消えた。


 ――アズ・ウー。ソラメ・リウ。エリゼ・ユイ……。彼女達は真摯な態度でそれぞれの名前を告げた。


 全員が名乗り終えると彼女達を統率しているエルドラ・レソラは宙に座った。己の手のうちを見せるように身体から一本の刀身を引き抜いていく。


 それは粘液を帯びて赤く脈打っていた。肉の筋が絡み合ったような細剣。刃には無数の瞳と牙が生えている。


「我々の目的はメリア・イクリビタ・プロトアルファを生きたまま捕まえることです。そのためには手の内を晒す必要があると考えています」


「へぇ、企業連中にしちゃ随分と物わかりがいいんだな。オレはそういう奴は大好きだぜ。つってもオレはそんな大層な物はないがな」


 ガシャンと。盾と銃槍で地面を踏み鳴らす。重々しい金属音がさざ波に溶けていった。


「コレは【肉の細剣】とでも呼んでください。血肉を啜れば空間を裂いて我々全員を転送することができる異界道具です」


 ――異界道具。異星からのクリーチャーやら異界の侵食、企業のイカれた技術特異点がもたらした人智を超えた物品やら現象、生物そのもの。


 ラインフォード商会はそもそも怪物を飼い慣らしているような企業だ。持っているのは当然だろう。


「なるほど。それで船もなしに来れたわけか?」


「いいえ。ここへの移動手段はありません。ただワタシ達がここでつい先程造られただけです」


 【錆染】は黙り込む。嫌な話題に触れた確信があった。


「……我々はストックのある消耗品であり、仮に何度死んでも記憶を引き継いで、全く同じワタシ達のまま再び造られます。それが《造り物の規定(レグル・レプリク)》です。ですので非常時には我々の救助などは全て放棄し、コマとして命令してください」


 無数の視線が【錆染】を突き刺していた。光のない瞳か、濁った眼差し。【錆染】は僅かに顔を歪めながら、造られたばかりの彼女達に作り笑いを向ける。


「その必要はない。倒れたら全員オレが背負ってやる。お前らがいくら記憶を引き継げるからって死んだ個体はそこまでだろ? ……オレ達はチームだ。駒じゃない。っても便利屋がそんなことを言っても説得力に欠けるか?」


 ヒーロー然として断言してみせた。友人であるジン・ジェスターの凶行一つ止められず、ヴィコラ・ミコトコヤネを助けることもできなかった錆びついた盾を誇らしげに掲げる。


「仕事は完璧に終わらせよう。そうすれば必然的に他の負の連鎖も止まるはずさ」


 何の根拠もない言葉を、【錆染】は自分自身に言い聞かせた。




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