躊躇うことはなく、ただ使えるものを用いて

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 曲線を描いた多脚の兵器。スリムな流線型のボディに接続された無骨なプラズマガン。たかが普通の犯罪者を狙い撃つためのものではない戦闘機体。


 その最後の一機が音を立てて崩れ落ちた。


「これでこの辺りの敵はもういない。奴らは色付きの意味を思い出すはずだ。企業に単独で対抗しうる存在だから『色』だということを」


 ネオンの中心から離れ進んだ民間商業施設の立体駐車場。無数のスクラップと血の一滴さえ流さないまま斬り伏せられた兵士、便利屋の中心でエストはゆっくりと【緋色の剣】を鞘に収めた。


 エストは使える手段を使うことへの躊躇を捨てた。擲弾、拳銃、駐車された無数の車。そして――。


「わたし、久々に師匠の力になれた気がする。わたしだってそれなりにやれるのに、絶対危険になりえない敵しか任せてくれなかったんだもん」


 ぎゅっと喜びを噛み締め握り拳をつくるレーヴェ。


「そんなことはない。店を開いていたときから何度も助けられている」


「……エストってやっぱ案外格好つけるよね。さっきの奴らは~って、もう一回言って欲しいなぁ? 録音できるときに。そしたらいつでも聞けるのに」


 光輝する【緋の糸】を指輪に戻し、ヘラヘラと笑みを浮かべるシルヴィ。


「断る」


 ――少女二人の力。便利屋の仕事を親しい者と共にするのは気が気でならなかったが、それでも素早く敵を殲滅するならば方法は選べなかった。


「……! エストぉ? 腕、怪我してるよぉ? 止血と痛み止めぇ……してほしくない?」


 シルヴィは自身の口元を指差して、牙と小さな舌を見せつける。エストは言われて初めて気づいた様子でかすり傷を一瞥したが。


「必要ない。いちいちこんな怪我を舐めていてはキリがない。お前の唾液でベロベロになる」


「ダメなの?」


「良くないだろう」


 提案を一蹴し、踵を返し数歩。戦慄いたままへたり込む目撃者へ歩み寄った。穏やかに拳銃を取り出し銃口を突き向ける。


「片付いた。お前の車はどれだ。案内を再開しろ」


 道中で捕まえた非武装の三等労働者だった。彼は恐怖を誤魔化すように自身に幸福剤を投与すると、震えていた脚でご機嫌になってスキップし始める。安上がりな大型バイクの前で立ち止まると再び脅される前に鍵を差し出した。


「……車を寄越せと言ったはずだ」


「師匠、銃で脅してる以上想定外が起こりうるのは仕方ないと思います。バイクも一応、車だし。幸い三人乗りぐらいなら許容できる大きさですし」


 曖昧な呻きを僅かに零しながらも、エストは急ぐようにシートに跨った。キーを回すとヘッドライトが突き刺すように駐車場を照らす。僅かな振動とカチカチという独特な機械音が鳴り始めた。


「ぼんやりするな。早く後ろに乗れ」


「あー……あの、私こういう乗り物乗ったことがなくて、別にぃ? 怖くないけどぉ? けどエストって私みたいな可愛い女の子がぁ……怯える様を見て楽しむ節があるじゃない? ……初めて会ったときの飛び降りとか」


 シルヴィは冷や汗を拭い隠すと冷ややかな笑みを浮かべ躊躇いを見せる。怖くないと言っているのは口だけだった。


「乗っているときにゴタゴタ喋らなければ舌を噛むことはない。乗れ」


「うぅ……! 女の子に無理やり乗れなんて……えっちぃ♡ エストはやっぱり乗られたいの?」


 恐怖を誤魔化すために剥がれそうになる仮面(メスガキ)をなんとか被り直す。頬の紅潮は恥じらいか緊張か。多分、両方。


 シルヴィはスカートの裾を押さえながらシートに跨った。不安げにぽんぽんとシートを手で撫でた後、ぎゅっと、力強くエストにしがみ付く。


「あ、アハ。女の子に、……私にハグされて嬉しい?」


「しないと落ちるぞ。……レーヴェ、悪いが一番後ろを頼んだ」


「ん。わかった。シルヴィちゃんが後ろだと気づいたら吹き飛んでそうだしね。けど代わりに仕事終わったら今度はわたし一人だけ乗せて?」


「考えておく」


 エストはどこからか自身が着ているものと同じ外套をレーヴェに手渡した。分厚い黒い金属繊維の布地は彼女の身体にはやや大きく、ずっしりと重い。


「予備だ。素早く動くには邪魔かもしれないが防弾、防火……とにかく頑丈ではある」


 レーヴェは恥じらいながら羽織ると、シルヴィを覆うようにしがみついた。柔らかに密着すると、シルヴィの小さな背からうめき声が漏れる。


「おぐ……っ、胸が重いんだけどぉ? エストも本当はこっちの感触のほうが良かったんじゃない?」


「変なこと言わないでくれない?」


 聞き苦しい会話をかき消すようにスロットルをひねった。エンジンが車体を低く唸らせ――加速する。止まっていた風が走り出した。


 ぐんと、一度強く身体が揺さぶられる。反射的にシルヴィは顔を黒い背に埋めた。エストはスピードメーターを確認しようとはしなかった。だがもう、本当の持ち主はバイクを見ることもできないだろう。


 駐車場を出て夜空の下に出た。


 旧式のバイクは激しい振動と音を吹かせながら、聳え立つビル群を縫うように造られた高速道路を加速し続ける。


 点々と存在する車を追い抜かし、すれ違い、やがて街の外に出るための道に乗ると気配は何もかも消えてなくなった。


 一定間隔に照らす簡素な照明。ライトは夜闇を裂き、加速が風を切っていく。柔らかな頬を鋭い冷気が撫でるなか、二人の髪が長く靡いていた。

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