幸福に蝕まれて
「人前で喋るなと言ったはずだ」
『ですがお二人では会話さえまともにできていません。ワタシが仲介したほうがマシかと』
「それ、なんで喋るの? 機械が入ってるわけ?」
メスガキの疑問に誰も答えられない。エストが知らないと、言い捨てるよりも早く、刀身から声が響いた。
『機械ではなくそういう特異な存在であると認知していただく他ありません。ワタシ自身にもワタシの構造はわからないのですよ。切れ味だけは保障しますが』
シルヴィは壁に掛けられた銃器。白兵武装を一瞥した。嘲りは自然と消え、真剣な眼差しが店主へ向かう。
「私も同じの欲しいなぁ。銃よりも綺麗で一瞬で、赤くて……惚れ惚れしそうだったんだ?」
「置いてないわよ? 異界道具だから道具が人を選んでくるし、そんな生意気なモノを店に置くわけないでしょ」
シルヴィは首を傾げながらしゃがみ込んで刀身を凝視する。それから情欲を煽るように眦を色に濡らしながらエストを見上げた。
「異界道具ってなに? 私知りたいなぁ。知らないこと全部……私の体におしえて?」
言い切ってから頬がひくついた。
――何でこんな言い方になるの。普通に聞きたかっただけなのに。
自己嫌悪が込み上げてくる。何かを頼むとき、恥ずかしさを誤魔化すとき、とにかく何でもかんでも。取り繕い続けたツケがくる。
「違う星だとか違う世界からこっちに流れついた技術や道具、概念の総称だ。大抵碌でもないが、役に立つものもある。こいつのようにな」
『大変喜ばしい言葉です。エスト様』
「喜ばしいなら何よりだな。もう喋るな」
鞘に納められた刀が仄かに光る。シルヴィが興味深そうに突くと、僅かに柄が震えた。
「なら、私もせめて同じような武器が欲しい。刀はあるの?」
「それならまぁ。あるけど……。重いよ?」
レーヴェは率直な意見を述べながら白兵武装の束をシルヴィ達の前まで運び見せた。なんら工夫のない普通の刀。電力で回転する刃を持つ武装。電気を帯びる刃。機械仕掛けの武装が大半を占めている。
「じゃあ、これ持ってみていーい? って重ぉ……!」
試しに一本を手に取るが、シルヴィには振り回せそうになかった。エストは淡々と事の顛末を見届けてからレーヴェにカードを手渡す。
「彼女でも使えそうな武器を適当に見繕ってくれ。食料はいつものレーションでいい」
「待って。いい訳ないんですけど。まともな料理ができるぐらいのものは買ってよね。せっかく私がぁ作るって言ってるんだからもっと甘えてよ」
レーヴェは唸るように一考したが、すぐに人柄の良い笑みを浮かべて品物を纏めていく。黒く長い髪がふわりと揺れた。
「釈然としないけど、まぁレーションと合成飲料だけなんかよりはよっぽどマシだから入れておくわね?」
レーヴェはシルヴィに歩み寄って、膝を曲げて視線を合わせる。シルヴィはたじろぎながら彼女の胸を睨んだ。
「…………彼、ずっと前からろくなもの食べないから。お願いね? あと、裏切らないであげて」
「……? わかった」
そう耳打ちした。シルヴィはあまり意味を理解しないまま頷く。
――裏切るもなにも、他に行く宛てもない。何か行動できるほど、自分は強くもない。
言い知れないモヤモヤを抱えながら荷物を受け取った。
「はい。まいどあり! エストもいい機会なんだから。食事ぐらいまともになってよね。……私はあのときのこと、気にしてないから」
「…………何も喋らないでくれ。苦しくなるだけだ」
エストは俯いたまま踵を返すと店を出て行った。シルヴィは店主とエストを交互に見上げ、困惑しながらも慌てて彼の背を追った。
「はぁ……。もう行っちゃった。久々にお店に来てくれたのに」
店頭に出した刀を壁にかけ直して、レーヴェはだらりと脱力した。カウンターに寄り掛かって重たい胸を押し付ける。垂れ下がる前髪を掻いて、深いため息をついた。
「ようやく顔出したと思ったら変なの拾ってるし」
熱くなる顔を腕で覆い隠しながら、気だるげに写真を見据える。
――エストがガスマスクで顔を隠して、娯楽もまともな食事を楽しむことも全部やめてしまってから、数年は経ったのだろうか。
「……私の力でどうにかしたかったのに」
呟きは静寂の中に溶けて消えた。虚無感に呑まれるまま呆けていると、ドアベルが鳴り響く。ガラン、カランと。重なり合う足音が無遠慮に店に上がり込む。
分厚い衣服で全身を覆う、威圧的なハートのサングラスの集団。街を支配す製薬企業の私警、治安維持隊(メガハートポリス)だった。
「警察が何の用なわけ?」
「酷いなぁ……同じ師匠を持っていた仲間だったじゃあないですか。僕らはさぁ」
メガハートポリス達の奥から、声が響く。姿を現したルドヴィコは義体の腕が軋ませながら白い刀を抜いた。音の漏れたヘッドホンを外し、顔の半分がにへらぁ、と頬を吊り上げる。機械部分の顔が赤い蛍光を点滅させていた。
「あんたを斬ったこと。エストはずっと後悔してたけど、私は間違ってるとは思わない。力に溺れた裏切り者……!」
レーヴェはカウンターから身を乗り出して抜き身の刃を突き向ける。瞬間、数多の銃口が向かった。ルドヴィコが静止させるように手を伸ばし、彼らは引き金から指を離す。
「さぁ、わたしたちは手を繋いで? 熱から伝うのさ。大好きさって♪ ……ああ、ごめんなさい。歌姫の曲がちょうど、サビ終わりだったんです。しかし変わらない。変わらないなぁ……レーヴェ」
生身の口で緊張に反したポップな曲調を口ずさむ。指の隙間、煙草から白煙が漂っていた。灰を落とし、靴で踏み締め。
互いに睥睨と刃の切っ先を向け合った。
「何の用なの。……死んだと思ってたのに」
「レーヴェ、師匠。……二人とも同じ街にいるとは思いませんでした。同棲はまだされているんですか?」
レーヴェは苦虫を噛み潰すように表情を歪める。ルドヴィコは鼻で笑うだけだった。
「そうですか。一緒にいてくれれば仕事も楽だったんですがね……。嗚呼、残念だ。……それで、師匠は今どこにいますか?」
「……本当に知らないし。知っててもあんたなんかに言う内容でもないわね」
レーヴェは気丈に、青い瞳で険しい眼差しを向ける。ルドヴィコは嘲りを返した。歌姫の曲を思い出し、白く透き通った刀が揺れる。
「なら質問を変えましょう。師匠は変なガキを連れていましたか?」
「……誰それ。あいつはあんたの所為で誰とも会話したがらないわ。あんたの所為で」
「そうですか。なら、失礼しましたねぇ?」
ルドヴィコが踵を返すと周囲の治安維持隊も店から離れていく。気配が遠ざかり、見えなくなった瞬間。
レーヴェは歯を軋ませながら裏手から店を出て、疾駆した。ゴミだらけの路地裏を蹴り込んで加速するほど、嫌な汗がだらだらと流れていく。
――あいつがまた、師匠を傷つけようとしている。それにあの子供も危ない。嫌な予感がする。
「レーヴェ、あなたは嘘が下手ですねぇ?」
すぐ背後でルドヴィコの声が響く。背筋が凍り付くような悪寒が肌を撫でた。咄嗟に身を翻して刃を振るい薙ぐが、激しい剣戟が音を鳴らしていなされる。
「……ッ尾けてたの」
「気づいてないようだけどさぁ。嘘を付くときに癖があるんだぁ……」
ぐわりと、視界が揺れる。脳が痺れるような酩酊感。吐き気が込み上げて咄嗟に口を覆った。刀を握る手に力が入らない。
レーヴェは目を見開き、よろめいた。立っていることができなくなってへたり込む。八方に佇む治安維持隊。ルドヴィコはしゃがみ込んで、注射器を見せた。
「刺されるまで分からないなんて衰えたなぁ……。同じ弟子として恥ずかしくなってきますよ。その醜態」
突き飛ばすと、レーヴェは抵抗できずに地面に倒れ伏した。
「…………ッ、吐くと思う?」
「痛みじゃ無理だろうなぁ。だから、幸せにしてあげようと思うんだ。街の皆みたいに。いいえ、それ以上に。幸福を投与してみよう。些細な恋情と憧憬がどうでもよくなるような幸せさぁ」
ルドヴィコは弄ぶように錠剤の瓶をレーヴェの胸に乗せた。『幸福促進剤ビーハッピー』と書かれたラベル。満面の笑みを浮かべた大人たちの写真。レーヴェは忌々しく睨むことしかできなかった。
「お前らは他の情報も探してくれ」
「隊長、申し訳ありません。そろそろエンドルフィン摂取の時間になるので一時間から二時間ほど休憩をいただきます」
「ああ、もう働いて22時間経ちますね」
薬を用いて人体の限界を超えた労働。他の都市でも見たことはあったが、エスコエンドルフィア製薬が支配するこの街では特に顕著だ。大半が、幸福に取りつかれている。
「なら仕方ありません。部隊の休憩が終わったら連絡してください。僕はそれまで――――同じ弟子同士、思い出話でもしようかと」
ルドヴィコは満面の笑みを浮かべて、刀を鞘に納めた。
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