第24話
「おきて~主~」
はっきりと聞き馴染みがない声に意識を起こされ、俺は今週最後の学校の日を迎える。
「お~き~て~」
俺のお腹の上に乗っかっているのだろう声の主が、体を前後に揺らしているのだろう。かすかな振動に意識を完全に覚醒させられた。
「おはよ……う⁉」
重たい瞼を開けて声の主に挨拶をするが、その姿は俺の記憶に一切ないものだった。
溌溂とした大きな水色の瞳に、同じくショートの明るい水色の髪、頬はふっくらとまだ顔立ちは幼く肩も細い。
……こんな幼女、うちにはいないはずだけど。
「おはよ!主!」
現実逃避気味に思考を逸らそうとする俺だが、この子が誰か……溌溂とした声と俺の呼び方で否が応でも分かってしまう。
「おはよう……ミナモ」
にぱっとまぶしい笑顔で体を揺らす、なぜか幼女の姿をしているミナモを体の上からおろし、ベッドから降りる。
「他の子はまだ寝てるし、一緒にお風呂いこっかミナモ」
「うん!」
スライムのミナモがお風呂に入って大丈夫なのか少し心配だったのだが、それも杞憂に終わり体を洗って膝にミナモを抱えて、大きな湯船につかる。
「ふぃ~……それで?ミナモはどうして人の姿になったの?」
いったん気持ちも落ち着いたので、思い切ってミナモがなぜ人化したのか聞いてみた。
「……僕がいちばん最初に主に会ったのに、ツナミお姉ちゃんやサクラお姉ちゃんファーティお姉ちゃんも……主といっぱいぎゅ~ってしてるからいいなぁって」
今まで頭の上がミナモの特等席だったが、ミナモ本人は俺にだっこをしてほしかったようなのだ。だから人の姿になれば自分から抱き着きに行けるからと、頑張って人化を覚えたらしい。
あまりにいじらしいミナモの姿に、抱きしめる腕に少し力が入ってしまう。
「そっか……ミナモのその人化ってずっとその姿でいられるの?」
サクラはファーティが与えた加護で人化出来ているので制限時間はない。
しかし自力で習得した場合は何か制限がありそうだったので聞いておいたのだ。
「うん、まだ三時間くらいしかなれないけど、いっぱいレベルを上げて魔力を増やせば人化出来る時間も伸びるだろうってファーティお姉ちゃんも言ってたから、僕がんばるよ!」
つい頭を撫でてしまったが本人がうれしそうに笑顔を浮かべているので良かったのだろう。
「それならいっぱいダンジョン行ってレベル上げしような?」
「うん!僕がんばるよ主!」
今日からはのんびりしようと思っていたけど、ミナモのためにももっとダンジョンに潜らないとな……。
「よし!お風呂からあがろうか、ミナモ!」
「は~い!」
二人きりの朝風呂を切り上げ、今週最後の登校の準備を始める。
準備中、今日は元の姿に戻ったミナモを抱えていたので朝食は女神様二人に任せてしまったのだが、食卓に並んだ瑞々しいサラダが俺にとてつもない衝撃を与えたのだ。
「このサラダの野菜……めちゃくちゃ美味しくない⁉」
「あぁ、アトランティスの邸宅の自室で家庭菜園なるものをしてみたんだ。その野菜は今朝それで採れたものだよ」
大地の神様謹製のとれたて野菜……そんな贅沢が出来るなんて有難い限りだ。
「サクラも畑を作りたいて言ってたから、是非ファーティも手伝ってよ」
「あれだけ広い土地で畑を耕すのはなかなか大変だぞ?……いや、樹精のサクラなら何とでもなるか」
『プル!(僕もお手伝いする~!)』
「折角ですからみんなで一緒にしましょうか」
アトランティスが豊かになれば、あっちのお留守番が多くなるサクラも寂しくないだろう。
ミナモともレベル上げのためにダンジョンにいっぱい潜るって言ったし、そこでいい出会いが多いといいな。
にぎやかな朝食を終え、一人電車に乗るために駅へ向かう。
途中信号などで止まっているあいだに携帯でニュースアプリを見ていたのだが、途中で冒険者ギルドからの連絡が来ていることに気づく。
買取金額が決まったのと、既に口座に振り込み済みであるという連絡だった。
まだ半日もたっていないのに……仕事が早いものだ。
銀行アプリからいくら振り込まれたか確認してみたのだが、軽く八桁を超えていて路上で叫びそうになった。
「あのモンスター一体でこれって……税金どうしよ」
一定の収入を超えれば、税金が大きくかかるというのを聞いたことがあるのだ。
あまり知識が豊富ではない自覚があるので、今夜にでも父さんに相談しようと決める。
それから追加で、冒険者ランクについてという題名で同じく冒険者ギルドから送られているメールが。
内容を軽く見てみると、今週末のどちらかに冒険者ギルド本部に来てくれないかというものだった。
自宅から冒険者ギルドの本部が置いてある東京まで、電車を使って二時間ほどかかる。土曜日は竜司たちとダンジョンに行くので、行くなら日曜日になるだろう。
「サイトによれば、東京には階層が深いダンジョンが多いみたいだし、ついでにどこかのダンジョンに潜ってみようかな」
『東京のダンジョンの多くは、異界の神が直接異世界から持ってきたダンジョンがほとんどで御座いますから、総じて規模が深いので御座います』
東京のダンジョンに思いを馳せていると、ツナミに東京のダンジョンの裏事情を聞かされる。
『なるほど……行く価値ありってこと?』
『はい、そうで御座います』
異界の神が直接管理しているのなら、魔物のヒトたちも多いかもしれない。
ならばいろんな出会いがあるかもしれないし、来週の週末は創立記念日と休日が連続する三連休だ。……東京遠征でも行ってみようかな?
「おはよ~す」
いろいろと思考していると、背後から竜司が声をかけてきた。
「おはよう竜司……なんか機嫌良さげじゃん?良いことあった?」
週末だからかもしれないが、いつもよりさらに機嫌がよさそうな様子の竜司に、少しいぶかしげになる。
「おう!昨日のダンジョン探索でよ~……なんと!ユニークボスを倒せたんだ!世界初だぜ!」
周りに話し声が聞かれないよう小声ではあるが、その興奮度合いは明らかだった。
ユニークボスとは、階層型ダンジョンのボスが極稀に強力な変異種へと変化しているボスの事らしい。
これまで幾らか目撃情報があったが、いまだ討伐報告はゼロ。それほど強力なボスらしいが、世界初と竜司が発言したことから本当に討伐を成し遂げたのだろう。
「すごいじゃん!おめでとう!」
俺は竜司のことを素直に祝福する。きっと称号に世界初のという枕詞のものが出たのだろう。
その称号の強力さ加減を俺はよく知っているので、それを得た竜司たちのダンジョン探索が少し安全なものになったことが、純粋にうれしかったのだ。
「土曜日のダンジョン探索は俺たちに任しとけよ……お前と彼女さんの安全は保障してやるから」
竜司の顔は自身に満ち溢れている……余程強力な称号やらスキルが手に入ったのだろう。
「あぁ任せたよ……それで、どこのダンジョンに行くかは決めてるのか?」
「いつも俺たちのパーティーが潜ってるダンジョンでいいか?」
「そこって釣り出来る場所ある?」
せっかく護衛をしてくれると言っているんだから、どうせなら釣りもしたいではないか。
そう思って聞いてみると、なんと六階層に大きな湖があるらしい。
そこは迂回して通り抜けられるので、だれも手を付けていない場所であるらしい。
だからか竜司も釣りの許可を出してくれたので遠慮なく土曜日は楽しむことに決めた。
「それじゃぁ今週最後の授業も頑張りますか~」
放課後が楽しみすぎて、午前の授業の時間はあっという間に過ぎていった。
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