白髪ロリ美少女は大好きなご主人様を手に入れたい!
黒羽椿
短編 その一
「おはようございます、ご主人様」
「……おはよう、マリア」
意識が浮上し、頭が少しづつ覚醒していく。開かれたカーテンに、換気のために開かれた窓がうっすらと見えた。数秒の現実逃避の後、私は目の前の少女へ朝の挨拶をした。
明らかに寝起きでは無い整えられた髪に、古びた髪留めをした白髪の少女。容姿もまた十分絶世の美少女と言える彼女が、何故か起床一秒で私の網膜に飛び込んできた。
……このところすっかり多くなってきたな。一体、どうしたと言うのだろう?
「マリア、何度も言うがベッドに潜り込むのは辞めなさい。君も幼いとは言え立派な女性なんだ。せめて、事前に許可を取りなさい」
「……だって、そしたらご主人様は一緒に寝てくれないじゃないですか」
「そんなことは無い。きちんと手順を踏みさえすれば、私だって頭ごなしに否定したりしないさ」
「じゃあ、今日一緒に添い寝して下さい」
「却下だ」
ぶすっと不満げに頬を膨らませる彼女は、マリアという。私とマリアの関係はシンプルだ。従者と、その主人。私はマリアの生命と生活を保証する代わりに、彼女は私の雑事や日常生活のサポートを行う。ただ、それだけの関係だ。
私としては、彼女を手元に置いておくことを良しとしていない。私の素性もそうだが、何より彼女にとって私という存在は、害にしかならないのだから。
その理由もまた、簡潔なものである。単純に、私がこの世界で嫌われ者であるからだ。
世界に住まう動植物の中には、時としてその身に超常的な存在を宿す存在が居る。私もその内の一人だ。本来ならそれは尊ばれ、持て囃されるものなのだが、時としてそれは差別の理由にもなり得る。
特に私の身に宿った超常的な存在。世間一般では精霊やら加護やらと呼ばれるものは、あまりに異常だった。
効果は単純明快。私は、死ぬことが出来ない。私の存在を滅することは出来ず、ただ生命活動を維持し続ける。どんなに体をバラバラにしても、閉じ込めても、自動的に私は世界のどこかへ現れる。そういう、存在なのだ。
だからこそ、マリアが私の傍に居るのは危ないのだ。奇怪なことに、私の異常性を欲しがる酔狂な馬鹿がそれなりに存在しており、そういう奴は大抵手段を厭わない。勝手に勘違いをして、マリアが危険な眼に遭う可能性は高いだろう。
またここで、新たな疑問が湧いたことだろう。だったらどうして、彼女から逃げるなり置いて行くなりしないのか、と。
この理由も簡単、とはいかないのだ。こればっかりは、私にもどうすることが出来ない。だからこそ、こうして毎日思案しているのだから。
「どうかしましたか? そんなにジッと見られると、照れちゃいます」
「一切照れている様には見えないが」
「ふふっ……心の中では、それはもう大騒ぎなんですよ。私、あまり顔に出ない様なので」
全く表情を変えずに、こちらを真っ青な双眸で見上げるマリア。これもまた、私の甘さが原因だ。私は、もう彼女を見捨てることが出来ない。それは、あの時マリアを救った頃から決まっていたことである。
マリアは、とある地方の村の出身だ。貧相な農地に、周りは巨大な山岳に囲まれたそこは、人が住まうにはあまりに過酷過ぎる場所だった。
大きな国の保護下にも無く、その毎日を冬の蓄えを生産するために消費する。そんな場所で一度問題が発生すればどうなるのか。人は、驚くほど簡単に狂ってしまう。
ここから先は、その村の最後の生き残りから聞いた話と、マリアの断片的な譫言をつなぎ合わせ、私なりにあそこで起こったことを推測しただけに過ぎない。だから、私は詳細な出来事を知らないし、マリアに聞くつもりも無い。きっと、彼女にとってそれは、忘れたい記憶だろうから。
きっかけは、一人の若者の体調不良が原因だった。たった一人だが、それでもこの村にとっては死活問題である。だから、彼らは必死に若者を治療しようと試みた。
とはいえ、近くの大きな街へ行こうにも、そこからでは時間がかかりすぎる。けれど、若者の体調不良は街へ行かなければ対処不能だった。
それだけならばまだしも、少しして今度は若者の両親も同じ状態に陥った。もちろん、村は絶望感に沈んでいく。もう、手段を選んでいる状況では無い。村人は集まって、どうするかを協議した。
最終的に、選択肢は二つになった。三人の同胞を殺すか、古くからの伝承に縋るか。しかし、好き好んで愛すべき隣人を殺したい訳もない。だったら、どうするのか。
彼らは楽な方を選択した。冷静な判断も出来ずに、ただ最悪の決断をしてしまったのだ。
ここでマリアが登場する。彼女は、その外見から忌み嫌われていた。父も母も古くからこの土地に住んでいるのに、彼女の容姿はあまりにも違いすぎたから。隣人から、村から、両親からさえも蔑まれていた。本当に嫌な話だ。
伝承の内容は、生け贄を捧げれば何でも願いが叶うという、もはや滑稽なおとぎ話だった。なのに、村人達は本気でそれを信じて、生け贄を用意した。選ばれたのは、マリアだ。
村人達はマリアを冷たい地下に監禁した。狭くて暗い、人が長時間居座れる訳もない場所だ。そうして、連日連夜祈り続けた。ご丁寧に、問題の家族を取り囲んで。
マリアを殺すのでは無く閉じ込めた辺り、この村の人間はよほど卑怯で下劣な連中だったらしい。けれど、そのおかげでマリアは今も生きているのだから、皮肉としか言い様がないな。
後はもう、分かるだろう。彼らは一人、また一人と病に倒れ、村は崩壊した。私がここに来たのは、もうほとんどの人間が死んだ後のことである。
息も絶え絶えな老人は、生け贄がどうのとふざけたことを抜かしていた。話を聞けば、なんとまだ幼い少女を監禁し、見殺しにしたと言うのだ。怒りで我を忘れそうになったのは、数十年ぶりだった。
そうして、私は生きているのが不思議な少女、マリアを発見したのだ。
マリアがどうして生存出来ていたのか、その理由は分からない。彼女の容姿に関係しているのか、それともただの偶然だったのか……恐らく精霊が関わっているのだろうが、それに関しては分からないことが多すぎる。しかし、そんなことはどうでも良いのだ。
年端もいかない少女。しかもそれは、世にも珍しい白髪で真っ青な瞳を持つ、あどけなさと儚さを共存させたとびきりの美少女だ。何の力も持たないマリアを、そのまま野に放つのは流石に良心が咎めたのだ。
「朝食の準備は出来ています。お顔を洗って、早く一緒に食べましょ?」
「私に食事は不要だ。餓死出来るのなら、私はとっくのとうに死んでいるだろうしな」
「もうっ! 冗談はその辺にしておいて下さい! きちんと毎日食べないと、駄目なんですからね!」
またこれだ。食事なんて、私にとっては煙草やアルコールと同じ趣向品に過ぎない。そんなことにわざわざ労力を費やす必要は無いと言っているのに、未だマリアは食事を出し続ける。
……美味いことは、認めるが。
私が食事をしている様子をニコニコと眺めながら、マリアはパンを頬張っていた。その顔は、私が朝食を食べているのが大層嬉しそうで、私も断るに断れないのだ。食ったところで、何が変わる訳でもないのだが。
食事が終わると、私たちは別行動を始める。私は無意味な死の探求を、マリアは家事をしているか、何処かに消えている。そのことに関して、特に言うつもりは無い。心配ではないかと言えば嘘になるが、そこまで私が彼女の生活を制限する資格なんて無い。
おっと。どうやら、寝室に大切なものを忘れてしまったようだ。私の数百年間の研究の礎。私を殺すことが出来るやもしれない、唯一の可能性。宝石の様に赤く輝く、賢者の石を。
私が勝手にそう呼んでいるだけで、それは全く別物なのかもしれない。しかし、私の研究で大量のエネルギーを濃縮出来たたった一つの代物だ。もう、同じものは作れないかもしれない。あれはそういう一品だ。
「あっ、ご主人様。これ、忘れてましたよ?」
「おぉ、すまない。助かったぞ、マリア」
「えへへ……ご主人様に褒められるの、嬉しいです」
少し駆け足で寝室に戻ると、マリアが捜し物を持って来てくれた。私はそんなマリアを、遠慮気味に撫でた。彼女はこうすると、大層喜ぶのだ。
マリアにこれが何なのか、説明は一切していない。ただ、大切なものだから丁重に扱って欲しいと頼んでいるだけだ。
こちらを上目遣いで見つめながら、気持ちよさそうに目を細めるマリア。その様子に、閉じ込めていた罪悪感が顔を出してきた。
私の在り方は間違っている。この世に存在してはいけない存在なのだ。そんな異物と、いつまでもこうして一緒にいるのはマリアの為にならない。それは、重々承知している。
なら、どうして私はいつまでもマリアを傍に置いている? 愛着が湧いたのか? それとも、単なる同情か? もしくは、ただのエゴか? もう、何十回とした問答は、未だに答えが出ない。
「……ご主人様」
「なんだ」
「どうして、そんな顔をなさるのですか? 私、何かご主人様に粗相をしてしまったでしょうか?」
「……っ! 違う。マリアは良く私に尽くしてくれている。私の様な落伍者にはもったいないくらいにね」
このところ、何だかおかしい。マリアのことを思うと、死んだはずの感情が次々と蘇ってくるのだ。彼女と一緒に居ると、心が乱される。
「私はご主人様と一緒に生活出来て、とても幸せです。ご主人様が傍に居てくれるのなら、私はそれだけで十分なんです。だから、そんな自分を貶めるようなことは言わないで下さい」
「マリア……君は、優しい子だね」
強く彼女のことを抱きしめる。こんなことでは、私の悲願に支障が出てしまう。彼女と共に過ごすと、死にたくなくなってしまう。
私は、どうすれば良いのだろう? 今更マリアを見捨てることなど、出来るわけも無い。しかし、彼女と同じ歩を進める訳もない。八方塞がりである。
その後、中々離れたがらないマリアを説得して、私は実験室に戻った、しかし、私は何をするでも無く、ただ物思いに耽っていた。実験を始めたのは、それから数十分経ってからだった。
気がつけば、日が沈んで夜になろうとしていた。鈍った思考では、全くと言って良いほど研究は進まなかった。このところ、ほぼ毎日こんな調子だ。
リビングに行くと、行儀良く座ったマリアが居た。彼女は私に気付くと、それは大層嬉しそうに顔を綻ばせて、私に近寄ってきた。
「お疲れ様です、ご主人様。今、スープを温め直しますね」
「全く……出来ているならノックでもしてくれ。そうしたらすぐ来たものを」
「ご多忙なご主人様の邪魔をする訳にはいきませんから。はいっ、今フーフーして、食べさせてあげますねっ♪」
「辞めろ。その食べ方は非効率的だ」
マリアと過ごす時間に安らぎを覚える自分が居た。彼女と言葉を交わす度、触れあう度、彼女の幸せそうな笑顔を見る度に、それはどんどん強くなっていく。もはや、抗うことに意義を見いだせなくなっていた。
「夜もまた、研究を続けるのですか?」
「いや……今日は、もう良い」
「なら、一緒に寝ましょう。ご主人様がお望みなら、夜伽も――」
「そこまでは必要ない」
「あだっ……! もう、お堅いですね……!」
不思議だ。いつもの私なら、彼女と寝床を共にすることすら断っていただろうに、今日はまぁ良いかなんて考えている。自分が自分では無くなった様な感覚で、少し不思議だ。
けれど、嫌な気は全くしない。マリアと共に過ごす時間が増えると思うと、言いあらわ使様もない高揚感に包まれてくる。私も、随分と絆されてしまったものだ。
「ぎゅ~~……ほらっ、ご主人様もぎゅってして下さい」
「分かった分かった……全く、しょうがない奴だ」
「えへへ……私、今すっごく幸せです。このまま一生、こうしていたいです」
マリアの体温を感じながら、私は鈍い頭で考える。そういえば、睡眠の必要が無かった私が眠る様になったのは、マリアと共に過ごすようになってからだ。
あれは確か、寝付けないから一緒に言われた日からだったような――
「愛していますよ、ご主人様」
私は、そんなどうでもいいことを忘却して、意識を落としていった。まるで必要の無い、暗闇の底へと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は、あの日まで誰にも愛されたことがありませんでした。全員が私を異物のように、バケモノを見るような目で私を見てきます。
それが私の常識でした。父も母も私を邪魔な存在として扱い、他の人は気味が悪そうに陰口を叩く。そういう生活が、私の普通でした。
しかし、心の何処かでは気付いていました。こんなことは当たり前じゃないって……私も、誰かに愛されたいって。
それは叶わぬ願いです。こんな私を愛してくれる人なんて居ません。髪色も変だし、目の色だって皆と違う。こんな私を愛してくれる人なんて、きっと存在しないでしょう。
暗い暗い穴蔵に閉じ込められた時、泣きながらそれを理解しました。苦しくて、怖くて、痛くて……それでも、暗闇に見える何かを見つめながら、私は苦痛に耐え続けました。
毎日毎日、暗闇を見続けていると、何かが見えた様な気がしました。ぼんやりとしか見えていなかったそれは、段々と形がはっきりとしてきて、確かに私の前に現れたのです。
見えたのは、私でした。輪郭だけしか見えないけど、確かにそれは私なのです。口をにんまりと三日月に歪め、私を見ています。
「貴女、私なの?」
「…………」
「そうなんだ。じゃあ、貴女も閉じ込められちゃったんだね」
「…………」
「あはは……私たち、似たもの同士みたい」
その影と、私は何かを話したような記憶があります。けれど、何を話したのかは覚えていません。だけど、確かに最後――
「絶対に、離しちゃ駄目だよ」
「え? 一体、何言って……?」
その瞬間、私の眼を強い光が焼きました。影はたちまちに消え、新鮮な空気が私の周りに充満し始めます。
「っ……! 本当に、こんな子供を生き埋めにしたのか……!」
「……ぅぁ」
「良かった……まだ、生きてる。本当に良かったっ……!」
おかしい。さっきまで私は普通に喋っていたのに、声が出ません。助けてくれてありがとうって、貴方は何者なのって、聞きたかったのに。
瞼がほとんど開かないから、声の主がどんな人なのか全く分かりません。でも、優しげなその声の人に抱きしめられて、私は人生で初めて安心しました。
彼は衰弱しきっていた私を、熱心に介護してくれました。高そうな薬を惜しげも無く使って、ほぼ付きっ切りで一緒に居てくれて……初めて感じる温もりに、心がどんどん膨張していくのが分かりました。
この人と一緒に居たい。この人と一緒に生きたい。この人のために全部を捧げたい。それは、彼と日々を過ごす毎に倍増していきました。
「ね、え」
「まだ治り切っていないから、無理はするな」
「良い、の。それ、より、貴方の、名前、教えて」
「……そんなもの、とっくの昔に捨てたよ。君の好きな様に呼んでくれて構わない」
そう言って、彼は寂しげに笑いました。
でも、私にはそれが酷く悲しかった。だって、あんな絶望しきった顔で笑いかけられても、心がきゅっと苦しくなるだけなのだから。
彼は自分のことを語ろうとはしません。ただ、何かの研究をしている人ということだけは、教えてくれました。
もっと彼のことを知りたい。まだ完璧とは言えないものの、リハビリとして外に出られるようになってからは、私は彼について調べ回りました。
そして、知りました。彼が、特異な体質によって死ぬことが出来ないこと。さらに、彼の実験の内容が、自分を殺すために行っているということを。
寒くないのに、身体がガタガタと震えました。心臓の音がうるさくって、汗も止まりません。涙が滲んできて、嗚咽が止まらなかった。
彼は私の光です。彼は私の希望です。彼は私の生きる意味です。なのに、彼は私を置いて何処かへ行こうとしている。それに、身体が治ったら私を一人で生きていける様にしようとしています。
そんなの嫌だ! 初めて触れた温もりを、初めて知った愛情のようなものを、初めて心の底から望んだ存在を、易々と手放したくなんてありません。私は、無我夢中で彼の元へ行きました。
「お願いします。私を、貴方の傍に置いて下さい」
「……駄目だ」
「何でもします。絶対に迷惑はかけませんし、何も欲しません。だからどうか、お願いします」
「…………本気、なのか?」
「はい。私は、貴方と一緒に生きたいです」
「そうか。なら、好きにすると良い」
「っ……!!! はい!!!」
その日から、彼はご主人様になりました。私はご主人様に一生を捧げる。そして、私と一生生きて貰うのです。
ご主人様と過ごす日々は幸せで、でもだからこそ不安で……いつ、この幸せが終わってしまうのかが怖かった。ご主人様の研究が完成してしまったら、ご主人様が私の目の前から姿を消してしまったら……考えれば考えるほど、私は眠れなくなりました。
だから、私はご主人様の傍で無いと眠ることが出来ません。ご主人様の温もりを感じながら、ご主人様の手を握っていないと、私は駄目になってしまう。
ご主人様は優しい人です。でも、だからこそ私がご主人様に依存することを良しとしていません。ご主人様の隣で眠ることも、あれやこれやと理由をつけて拒否されてしまいます。
そこで私は考えました。ご主人様が私を手放したくないって、そう思ってくれれば良いのにと。私はご主人様から離れるつもりは無いし、ご主人様が望むなら何だってする。つまり、後必要なのはご主人様の命令だけなのです。
「なぁんだ……そんな、簡単なことだったんだぁ……」
簡単な事実に気付いた私の行動は早かった。まず、ご主人様に毎日料理を食べさせました。彼は食事なんて不要だと言うけれど、そこは何とかします。
もちろん、そこには色々と仕込んでおきます。例えば睡眠薬、または滋養強壮に効く薬草、あるいは……私の、一部を。
その時に湧き上がるあの情欲を悟られない様にするのは大変です。ご主人様が眠った後に始まる私の天国のことや、彼が私を食べているという事実が頭を巡って、つい襲いかかってしまいそうになります。
そういう時は、こっそりと彼の寝室に向かいます。ご主人様の匂いがたくさん残ったベッドに飛び込んで、それを思いっきり肺に吸い込みます。
「すぅーはぁ……すぅーはぁ……えへ、えへへ……ごしゅじんさまぁ……♡」
私の全部を使って彼の芳香を感じ取ります。自然と頭がふわふわしてきて、幸せな気持ちで目がチカチカして、ご主人様には絶対見せられない、恥ずかしい姿を晒してしまいます。
最近はこうしないとご主人様を無理矢理襲ってしまいそうになるので、これも日課となっています。こうやってご主人様を感じながら、脳内で彼とイチャイチャする妄想を沢山するのです。
「すき、だいすき、あいしてる……♡ わたひだけのごひゅじんひゃま……♡♡♡」
甘美な妄想で脳を焦がしていたその時、コツコツという音が聞こえました。間違いありません、ご主人様です。すぅっと、冷静な自分が戻ってきます。
こんな姿を見られては幻滅されてしまいます。私は急いでベッドの乱れを直して、自分の身だしなみを整えます。その途中、ご主人様がいつも大事そうに持っている赤い石を見つけました。
きっと、ご主人様はこれを取りにきたのでしょう。私は出来るだけ冷静を装って、まるで掃除でもしていたかの様に部屋を出ました。愛しいご主人様を見つけると、私は声を弾ませて彼にそれを差し出しました。
「あっ、ご主人様。これ、忘れてましたよ?」
「おぉ、すまない。助かったぞ、マリア」
「えへへ……ご主人様に褒められるの、嬉しいです」
ご主人様は柔らかな笑みを浮かべて、私に寵愛を授けてくれました。彼の手が優しく私の髪を撫でる度に、緩んでだらしなくなってしまいそうです。もう……そんな風にされたら私、どうにかなってしまいますよ?
そんな意味を込めてご主人様を見つめます。ですが、彼は私を見ていませんでした。何処か遠く、私の見えない何かを見て、悲しそうにしていました。
嫌だ。私だけを見て欲しい。私のことだけ考えて居て欲しい。私だけしか感じないで欲しい。私はそんな欲望は塞き止めることが出来ず、つい吐き出してしまいました。
「……ご主人様」
「なんだ?」
「どうして、そんな顔をなさるのですか? 私、何かご主人様に粗相をしてしまったでしょうか?」
「……っ! 違う。マリアは良く私に尽くしてくれている。私のような落伍者にはもったいないくらいにね」
そんなことを言わないで下さい。私はご主人様に仕えることが最上の喜びなんです。ご主人様の役に立つことだけが、私の生きる意味なんです。ご主人様だけが、私の全部なんです。
どうか、私だけを見て?
「私はご主人様と一緒に生活出来て。とても幸せです。ご主人様が傍に居てくれるのなら、私はそれだけで十分なんです。だから、そんな自分を貶める様なことは言わないで下さい」
ご主人様が欲しくて、ご主人様を誰にも渡したくないのです。私利私欲のため、私は私の幸せのために行動しています。
けど、そのことに罪悪感なんてこれっぽちも湧いたことはありません。私は十分苦しんだはずです。これまで良いことなんて一つも無かったのです。そんな私が、自分の幸せを追い求めることを、誰が咎められると言うのですか。
「マリア……君は、優しい子だね」
あぁもう、駄目ですよ……そんな力一杯抱きしめられたら、我慢出来なくなってしまいます。やはり、ベットの残り香よりも本物の方がよりダイレクトに、私の心を揺さぶってきます。
「ふぅ~~はぁ~~……ふぅ~~はぁ~~」
「……マリア?」
「あっ、駄目です。ちゃんと精一杯抱きしめて下さい」
「そろそろ、実験に戻りたいのだが……」
結局、私はご主人様を手放したくなくて、数十分ほど引っ付いたままでした。ご主人様の胸の中は凄まじいです。驚くべき吸着性に、一度感じると忘れられないご主人様成分が多分に含まれていて、どうしたって抗うことは出来ないのです。
あぁでも……そろそろ、良いのではないでしょうか? 私、随分と我慢しましたよね?
ご主人様の食事を用意しながら、色々と細工をします。ご主人様は鈍感で味音痴だから、きっとこの細工にも気付かないのでしょう。
「眠くなる薬草に、精力がつくお薬に……後、これも……♡」
味見をしたら、酷い味でした。でも、ご主人様はきっと気付かない。私が毎日毎日あんなに頑張ってアピールしてるのに、その気持ちを無視するのです。
だったら……私が、嫌でも分からせてあげます。ご主人様が分かったって、私だけを愛するって言ってくれるまで、愛して愛して愛し続けます。
ご主人様は少し遅くれてやってきました。ずっと待っていた風に見える私に呆れつつ、しかしその顔は少し嬉しそうでした。ドキリと、私の心臓が跳ねました。
それって、私のラブコールに同意したってことで良いんですよね? 私をついに受け入れてくれるってことで良いんですよね?
だって、そんな美味しくないスープを顔色一つ変えないで飲んで、私と談笑しているのですから。そういう事なんですよね?
「夜もまた、研究を続けるのですか?」
「いや……今日は、もう良い」
あぁ……! やっぱり、そうなんだ! 私の愛をついに受け入れてくれるんですね! 私だけのご主人様に、なってくれるんですね!
暴走する気持ちを必死に抑えて、私はご主人様に契りについてお話をします。もう、私の頭の中はピンク色の妄想で一杯になってしまっています。
「なら、一緒に寝ましょう♡ ご主人様がお望みなら、夜伽も――」
「そこまでは必要ない」
「あだっ……! もう♡ お堅いですね……♡」
ご主人様と寝室に向かいます。ご主人様と合意を得て一緒に眠るのは、私が彼無しでは眠れなくなった日以来です。それを今日は満遍無く、余すこと無く体験することが出来るのだから、もう興奮しっぱなしです。
「ぎゅ~~……♡ ほらっ♡、ご主人様もぎゅってして下さい♡」
「分かった分かった……全く、しょうがない奴だ」
「えへへ……♡ 私、今すっごく幸せです♡ このまま一生、こうしていたいです♡」
ぐりぐりと身体を押しつけながら、私はご主人様成分をたっくさん取り込みます。頭が沸騰したように熱くて、身体も火照って仕方ないのです。ご主人様を取り込めば取り込むほど、それは悪化するというのに、もう私は止まれませんでした。
ゆっくりと、ご主人様の瞼が閉じていくのが見えました。こんなにご主人様を襲う気満々の私が近くに居るのに、こうも無防備に全てを晒すというのは、もはや合意と受け取って良いでしょう。
「愛していますよ、ご主人様♡♡♡」
私は、ご主人様の全てを味わうため、未開の地へ足を踏み入れたのでした。
ここから先は、私とご主人様だけの秘密。誰にも絶対、教えてなんてあげません。
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