妖精界からの帰還~本編221話直後~

●前編 (ラビラビさん視点)


 十二時を回ったあとで、時の精霊トキちゃんは告げた。

「これだけ大規模な魔法を維持し続けたのだから、ルーク村の周辺に闇妖精の魔道具か何かが設置されているかもしれないよ。夜明け前に周辺を探してみて」


 その言葉にアルシェリード様がうなずいた。

「では私が見回ってみよう。まだ強力な魔法の残滓が残っているかもしれないねぇ。メエメエさん、力を貸しておくれ」

「かしこまりました。闇精霊部隊を総動員します」

 メエメエさんが謎の笛を取り出して吹けば、シュタタッと、黒装束の闇精霊たちが現れた。


 いつかハク様の、前世の記憶の中で薄っすらと見た気がする……。

 闇の軍団? 影の一族?? そんな感じの……。

 メエメエさんも結構染まっているよね。


 ハク様が起きていれば「忍者なのッ?!」と、ツッコミを入れたかもしれないが、今はお父上様の腕の中でスヨスヨと眠っている。

 寝顔は穏やかだ。

 お父上様がハク様を抱き上げると、その場に転移門を開いて、お部屋へ移動してもらうことにした。

 グリちゃんたちもニイニイちゃんも大分お疲れだしね。


 ピッカちゃんとユエちゃんだけは、夜の暗闇でお役に立ちたいと言って、アルシェリード様に同行するようだ。

 お父上様はアルシェリード様に頭を下げた。

「ご面倒をおかけします。ハクを休ませたあとすぐに戻りますので、よろしくお願いします」


「気にすることはない。私もここの住人だよ。村を守ることも使命のひとつさ」

 アルシェリード様が笑って言えば、お祖父様もうなずいた。

「わしも行こう。まだ何か潜んでいるようであれば、わしが成敗してくれるわ!」

 疲れを見せない快活なようすに、お父上様は苦笑していた。


 お父上様とバートンさんは頭を下げてハク様のお部屋に戻っていった。

 明け方までバートンさんがハク様に付き添ってくれるようだ。


 数分後に戻ってきたお父上様と一緒に、アルシェリード様とお祖父様とカルロさんが、牛舎の転移門から外へ出ていった。

 もちろんピッカちゃんとユエちゃんと、メエメエさんと闇の精霊たちも一緒に出発した。


 残された私はメエメエさんから渡された精霊卵のようすを確認する。


「ずいぶん魔力が減っているね。色も失われている」

 くすんで小さくなった、精霊卵の上に降り立ったトキちゃんが不機嫌そうに言った。


「大分魔力を奪われました。精霊王の卵ですから、私の何百倍も回復には時間がかかりそうです」

「それもハクの魔力を与えれば、数年で回復するんじゃないかな?」

 トキちゃんの言葉に、私はうなずいた。


「そうですね。ゆっくり時間をかけて回復し、ハク様の魔力がなじめば良いです」

 長い時間を生きることになるハク様と、いずれはこの植物園を支えることになる精霊の卵と。

 手にした精霊卵の上に、知らず涙がこぼれ落ちていた。


「私たちはわがままです。ハク様の墓守にはなりたくない。ハク様が大好きな家族といずれ別れることになってしまっても、ずっと一緒にいたいと考えてしまう」

 トキちゃんは私の頭の上に飛んできた。

「聞こえていたよ。僕が死んだあともみんなで仲良く暮らすんだよ、だっけ?」

 私はコクンとうなずくことしかできなかった。


 あれは植物園から派生した精霊たちに、しっかりと聞こえていた。

 どんなに遠くにいても、心に響いていた。

 あの戦闘の中で、グリちゃんたちにも届いていただろう。


 とても優しく温かな、それでいてとても残酷な言葉。


「こうなったら、パパ様たちにも長く生きていただくしかないです! 延命薬の開発に着手します!」

 私が決意表明をすると、トキちゃんは飛び立った。

「がんばってね。ナガレさんの聖水のパワーで、結構延命しそうだけどね」

 トキちゃんはそう言って、どこかへ飛び去っていってしまった。


 私は白衣の袖で涙をゴシゴシとぬぐうと、精霊卵を持って研究室へ戻ることにした。

 私は私にできることで、名誉挽回するしかない。

 



●後編(メエメエさん視点)


 アルシェリード様たちとともに牛舎の転移門から外へ出ると、妖精界から戻ってきた時と同様に、真冬の夜は静寂に包まれていた。

 風もなく、雪も降っていない。

 もしかしたら、冬の精霊王アルパカさんがそうしてくれているのかもしれないと、ちらりと思った。


 その漆黒の世界に隠密部隊が散ってゆく。

「不審な道具や石や札があったら触らないで、見つけ次第場所を知らせてください!」

 中級精霊たちには荷が勝つだろう。

 場所を特定するだけでいい。


「どれ、我々はこの牛舎周辺の探査をしてみよう。さすがにルーク村全域に術を施すとは思えない。このあたりが北の外れだろう……」

 アルシェリード様の号令で、一行は新雪が降り積もった道を、ピッカちゃんとユエちゃんの道先案内で進んでゆく。


 数メーテ先の畑の雪の下に、何かを発見した。

「私が確認します」

 ピッカちゃんに周辺の雪を溶かして、照らしてもらえば、そこには闇の魔力を持った石が置かれていた。

「これですね」

 禍々しい魔力がまだくすぶっているようなので、直接触れないように周辺を結界石で囲んだ。

 私の後ろからのぞき込んできたアルシェリード様も顔をしかめていた。

「これはまた、強い魔力を帯びているね。どのくらいで効力がなくなるかね?」

「ある一定の時間だけ発動する仕掛けだと思います。さすがにいつまでも人間界に干渉し続けることは不可能でしょう。ハク様の浄化魔法があれば一瞬でしょうが……」

 この闇の魔導石は結界の内側になるように置かれていた。


「ねぇ、闇なんだから太陽の光で相殺できないかな?」

 ピッカちゃんの横からユエちゃんが言葉を挟んできた。

 その言葉に全員の視線がピッカちゃんに集まると、眉毛をキリリとさせて大きくうなずいてみせた。

「やってみるよー!」


 その場から全員が離れて、後ろを向く。

 強い光を直接見るようなポンコツは、ハク様しかいない!

「えい!」

 ピッカちゃんの掛け声とともに、周囲が真昼のごとく照らされた!


 光が止んだあとで振り返ると、闇の魔導石の魔力がほぼ消滅していた。

 全員がホッと胸をなで下ろした。

「これなら大丈夫そうです。まずは場所の特定をし、村に近い場所から解除しましょう。ピッカちゃんの魔力は大丈夫ですか?」

 私が声をかければピッカちゃんはうなずいた。

「だいじょぶ!」

「僕が補助するし、足りなくなったら精霊魔力石を使うよ!」

 ユエちゃんが元気に拳を握って叫んだ。



 そうこうしていると、周辺を探索していた隠密部隊が戻ってきた。

 アルシェリード様も光の魔法が使えるので、一行は二手に分かれて行動することにした。

 アルシェリード様とお祖父様とカルロさんに、隠密部隊の半数をお付けした。


 光の精霊魔力石をゴッソリふんだくられたが、背に腹は代えられない。

「やあやぁ! ピッカちゃんに負けない光魔法をお見舞いしてやろう!」

 妙なハイテンションで楽しそうに歩いていった。


 残ったお父上とピッカちゃんとユエちゃんと私とで、反対方向へ進んでいく。

 屋敷の周辺は後回しにして、ルーク村付近の闇魔導石を無力化していく。

 その何個目かの闇魔導石の側に、悪魔妖精が数体潜んでいた!

 よく見れば、魔力がスッカラカンになっているようだった。

 それを察知したお父上様が剣であっさりと切り伏せる。

 たいした抵抗もなく倒れた悪魔妖精たち。


「どうやら魔術の対価にされたようですね。この妖精たちの命が尽きるまでが、術のリミットだったのかもしれません」

 私の言葉にお父上様が苦々しそうに顔を歪めていた。

「配下をコマのように使い捨てるとは……」

「この者たちを生贄とすることで、闇の結界魔法を堅牢なものとしたのでしょう。非情なおこないができるからこそ、バーヴァン・シーは恐ろしい妖精なのです」

 お父上様も黙ってうなずいていた。


 悪魔妖精の屍はいったんマジックバッグに仕舞って、次へと移動する。

 そのあとにも何回か遭遇することになったが、すでに虫の息だった者と、こと切れていた者があった。


 アルシェリード様たちの方でも、同様の有様だったようだ。

 合流した一同は、最後にお屋敷・お祖父様邸・ビール工房周辺の魔導石を解除して帰路についた。

 そのころにはすでに空が白み始めていた。

 隠密部隊が確認できた闇の魔導石はすべて回収が終わった。


「逃げ出した悪魔妖精が森に潜んでいる可能性もありますので、念のため、ミディ部隊に日中も探索させます。みな様は少しお休みになった方が良いでしょう」

 精霊は不眠不休でも動けるが、人間はそうはいかない。


「ああ、そうだね。一~二時間でも眠らせてもらおうか。レイナード殿は今日一日ハク坊やと一緒に過ごしておあげ」

 アルシェリード様がそう告げると、お祖父様も同意しておられた。

「ああ、それがいい。大森林の方はわしに任せておけ。残党狩りと参ろうぞ!」

 暴れ足りないらしい……。

 お父上様は恐縮していたが、素直にお礼を言って頭を下げていた。


 ハク様の周りの人々は、とても頼りになる。

 ハク様の周りには、そういった人たちが自然と集まってくるようだと思った。

 この温かな人々と、ハク様が長く過ごすことができればいい。

 私もピッカちゃんもユエちゃんも、心の底からそう感じていた。

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