メエメエさん 海への旅路
ウィンサー領を目指して東に向かう、メエメエさんと黒装束の闇精霊部隊。
中級闇精霊さんたちは、ラビラビさんがおもしろがって作った、忍者のコスプレを着ていた。
三頭身の忍者は妙にかわいらしい。
メエメエさんはいつもの黒執事服のままだった。
新月の夜は闇精霊の力が一番増すときだ。
夜陰に紛れて大森林の縁を移動していく。
木々のあいだを泳ぐように飛んで、ときに方向を確認するべく、背の高い木々の真上に浮かび上がる。
ひときわ高い木の頂点にとまって、メエメエさんは周辺を見回した。
北側には広大な大森林と山々が広がり、南側のずっと遠くには、街道と小さな村が見える。
暗闇でも視界は良好。
メエメエさんは方角を確認したのち、ひとつうなずいて、また森の中に身を潜めて東へ進んだ。
東の空が白み始めるころ、大森林の雰囲気が変わっていた。
ラドクリフ領の濃密な魔素に比べれば、この辺は随分と魔素濃度が薄い。
植生も潮風に強いクロマツやカシなどが多くなってきた。
風の潮の香りが混ざるようになったので、海まではあと一息だろう。
人の気配がない森の中を突き進んで、ようやく海岸線にたどり着いた。
一気に視界が広がり、初めて見る大海原に、メエメエさんと闇精霊たちは驚いた。
朝日に輝く大海に圧倒され、水平の彼方が丸いことを知った。
ハクの遠い前世の記憶の海は知っていても、実際に見るのとでは全く違った。
世界は、まだまだ、こんなにも知らないことであふれているのか!
そのことに、メエメエさんは心底感動を覚えていた。
しばらくそこで大海原を眺めていたが、こうしてはいられないと、メエメエさんたち闇精霊は、影に潜り込んで周辺の探索を開始した。
大森林内の探索をする者と、北側を調査する者と、南下して漁村を探す者とにわかれて行動する。
メエメエさんは海岸線を南に移動して、周辺の地形を調査した。
手分けして周辺を調査すること二日。
最初の海岸沿いの森に戻って、報告を聞く。
海に近い大森林を調査したチームの報告では、かなり森の奥まで人の手が入っているそうだ。
そこに転移拠点を作るとなると、それなりの工作が必要だろう。
何箇所か目星をつけてきたとのことなので、それは最後に検討することにした。
次に海岸線沿いを北上したチームの報告では、往復二日間、別ルートを移動してきたが、人里は存在しなかったと言う。
魔物の集落があったので、殲滅してきたと胸を張っていた。
ほかは森の浅い場所で植物を採取した程度で、深入りはせず戻ってきたそうだ。
海岸線を南下したメエメエさんチームは、岩肌が剥き出しになった海岸線を数千メーテ進んだところで、中規模の漁港を発見した。
アルシェリードの地図にあった、マーレの漁港だ。
メエメエさんたちは、影に隠れながら手分けしてマーレの港町を調査した。
港町は活気にあふれ、ラドクリフ領とは比較にならないほどの人間が暮らしていた。
よい漁場を抱えているようで、港の水揚げもかなりの量があるようだった。
外の街道から町に入る場合は、しっかりと検問がおこなわれていた。
検問を待つ商人や冒険者など、旅人の数もかなり多く見える。
メエメエさんは、想定したよりも人の目が多いことが気になった。
街道をとおらずにマーレ町にやってくる不自然さに、気づく者がいるかも知れない。
拠点予定の森からここまでも、人間の足ではかなりの距離がある。
気軽に魚を買いつけに来るという距離ではないように思えた。
なにかよい案はないかと、メエメエさんは遠く海を見渡した。
そこでふと、目に留まったのが、沖で飛沫を上げる精霊の存在だった。
森には森の、海には海の精霊が存在する。
空には風精霊が、大地には地精霊がいる。
メエメエさんは思いつきで、海の精霊にコンタクトをとってみることにした。
メエメエさんと闇精霊たちは、翌日から海に潜って調査を始めた。
海の精霊との交流。
海の魔物の調査。
生息する魚介の調査。
これも手分けしておこなわれた。
メエメエさんは海精霊との交流の中で、数十メーテの海底に、今にも死にかけた海竜がいることを知った。
海竜はこの海域の主で、海竜が死ねば凶暴な海獣がやってくると、海の精霊たちは嘆いていた。
それを聞いたメエメエさんはひらめいた。
死にかけの海竜と、その縄張りの海底ごと、ハクの植物園につなげられやしないかと。
メエメエさんは口元がニヨニヨするのを止められなかった。
植物園とこの海をつなげてしまえば、わざわざ港町まで買い付けに来る必要がなくなって、ハクが望む魚介類がいつでも取り放題ではないかと。
海の中は海藻も多く、魚介の種類も豊富だ。
ハクの記憶の中で知り得た、魚の知識と照らし合わせても、類似する魚介が多い。
メエメエさんはさっそく死にかけの水竜を訪ねた。
この海域の主である海竜は、首長海竜の姿をしていた。
美しい海底の岩場に横たわっている海竜は、確かに命の灯が消えかけているようだった。
メエメエさんは海竜に、新たな精霊として生き直してみないかと提案した。
海の精霊たちも一緒になって、海竜を説得した。
最初は渋っていた海竜も、海の精霊たちの説得に折れて、ついには精霊転生を受け入れた!
海の精霊たちとメエメエさんは大喜びした。
メエメエさんはラビラビさんに連絡をして、植物園内の海エリアを作るように要請した。
急遽ラビラビさんが、徹夜で突貫工事をおこなったのは、また別の話。
こうして、海竜が寝床にしていた海底の岩場に、転移門を設置することができた。
海竜の亡骸を源に、岩場周辺を聖域化したのだ。
そこに隠匿魔法を施した、人がとおれるサイズの転移門を設置する。
もちろん、こんな海の底までやってくる酔狂な人間などいない……と思うが。
いや、ひとり心当たりがあった。
この岩場には、希少な青色サンゴや海水晶が至るところに生えているので、きっと興味を示すことだろう……。
まぁ、そのときは、そのときか……。
ラビラビさんが作った海エリアと転移門をつなぎ、ゆっくりと海水の移動をおこなう。
大量の海水が流出しても、海の水位が大きく変化することはない。
気づく者もいないだろう。
植物園内の海エリアに、まずは海藻を育て、そのあとで魚介の移動をお願いしよう。
それは海精霊たちが請け負ってくれた。
海精霊たちもおもしろがって、率先して協力してくれたのだ。
開通した転移門をとおって、あちらの海に行った海精霊は、ハクの高純度の魔力を大層気に入ってくれたようだ。
また、新たな仲間が増えるだろう。
メエメエさんのニヨニヨは止まらない。
こちらが落ち着いたら、もっと北の海にも転移門をつなげよう。
昆布やホタテなどは是非欲しい。
ハクが喜ぶだろう。
なんやかんや言っても、メエメエさんはハクが大好きだった。
こうして、メエメエさんの野望が一歩進んだ。
精霊転生した海竜が、十センテのダンゴウオになったのはご愛嬌。
海竜はブツブツと文句を言っていたが、海精霊たちに「カワイー」とほめられて、まんざらでもないようすだった。
巨大海竜のときは恐れられることが多かったせいか、小さくかわいい姿になってからは、海精霊たちと仲良くたわむれていた。
ちょろ……。
そのようすを、メエメエさんは生温い眼差しで見つめていた。
だれかさんを思い出していたのかも知れない。
メエメエさんはいい仕事をしたと、大満足でラドクリフ領への帰路についた。
もちろん、海沿いの大森林の一角に転移拠点を作るのも忘れない。
メエメエさんは、精霊王国作りに余念がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます