果てなき世界へ

光の海

兆し

心臓がバクバクしている、呼吸が苦しい、肺がはち切れそうだ、、、

もっと速く、もっと、もっと速く。


「このクソガキ!おい!誰か!そいつを捕まえろ!!!」


後ろから激怒した商人の怒声が聞こえてくる。


何故だ、何故バレた?いつもなら、バレることもないのに、わからない、とにかく今は逃げないと。


体力はすでに限界だ。ダメだ、このままだと捕まる。そう感じた直後、急に足元に誰かの足が現れる。

それに躓いた僕は頭から盛大にこけた。


「ゔゔぁ、、」


こけた勢いで盗んだ商品が目の前に散らばった。


頭を打ったせいで、脳が揺れている。

クラクラする、鼻血の出そうな感覚、視界がぼやける。

複数の人間が僕に跨っている。重い、全力で走り続けて体力も殆ど無い、意識が朦朧としてきた。


「おい、クソガキ、今日という今日はお前を騎士団に突き出してやるからな、覚悟しとけ。」


そんな言葉は僕に届くことは無く、、、




目が覚めると、僕は牢屋の中にいた。先の出来事で負った傷は癒えている。

盗人が入る牢屋なんて限られているから、ここはおそらく、ウィステラ騎士団の捕縛牢屋の中だろう。

となると、この傷を治したのは騎士団医療班と考えるのが妥当だ。


僕は立ち上がり、鉄格子の前まで行く。少し揺さぶってみたがびくともしない。牢屋から出られるわけもなく、もう一度牢屋の奥に行って座った。


あぁ、どうしたことか。


これまで盗みを行った回数は10回以上。僕はずっと片親で育ってきたが、ずっと育ててくれた父はおそらく魔物に殺された。おそらくというのは実際父の遺体は見つかってないからだ。もしかしたら、僕を見捨てて別の街に行ったかもしれないが、、、そんなことはできれば考えたくない。


父は冒険者だったが、ランクはDランク冒険者で、そこまで強い冒険者ではない。毎回同じ魔物を狩ったり簡単なクエストをして、そこそこの収入を得る。そんなごく普通の冒険者だった。


父がいなくなってからは、僕は食べるところも寝るところもなく、なんとか必死で生きてきた。

盗みをしたのは悪いと思っているし、罪悪感もあったが、生きるためには仕方なかった。

幸い、今まで盗んだものは食べ物だけだ。騎士団も年齢と状況を考慮して、そこまで重い罰を与えたりはしないだろう。もしかしたら、すぐにここを出られるかもしれない。だが、仮にここを出られたとしても、その後僕はどうすればいいのだろうか、、、?

冒険者という選択肢が脳裏に浮かぶ。


その時、誰かの足音がした。おそらく兵士だ。真っ直ぐこっちに向かってくる。牢屋の前で止まった兵士は鍵を開ける。


「おい、小僧。出てこい」


立ち上がった僕は重い足取りを抱えながら牢屋の外に出る。


「騎士長がお呼びだ、ついてこい」


「はい、、」


それにしてもなぜ、この街の騎士団をまとめるはずの騎士長が僕を呼んでいるんだ?

そんなことを思いながら、僕は牢屋を後にした。



騎士長室の前まで行くと、兵士に部屋の中に入るよう、促された。


「失礼します。」


部屋に入ると、左右には本棚があり、大量の本が丁寧に整理されていた。


広い空間の奥にはモダンな木製の大きな机があり、騎士長は艶のある木製の椅子に座っていた。


「やぁ、セトくん」


騎士長は細身で座っていてもわかるほど背が高くメガネをかけている20代のヒューマンだ、穏やかで落ち着いた声をしている。


「ど、どうして僕の名前を知っているんですか?」


そりゃ騎士団なんだから調べればすぐにわかるだろと思いつつも、確認のために口にする。


「調べさせてもらったよ。君の父親のこともね、君の状況はある程度把握済だよ、そこで騎士団は君の年齢と状況を顧みて、一連の盗みのことは厳重注意で済まそうと思っている。盗んだ商品も全て食べ物だしね。」


自分の予想と殆ど同じことを説明されて、予想していたにせよ自分の中で思っているのと人からこうして言われるのとでは全く違う。

14歳の僕にとってはこの説明が途方もない安堵をもたらしたのだった。

と言ってもこのまま終わりという雰囲気ではない。


「ところで、君には今住む場所がないようだね」


「はい」


俯きながら僕は答える。


「そこで提案なんだが、冒険者になるのはどうかね?」


冒険者はランクがEX、S、A、B、C、D、E、F、Gの9ランクあり、最も強いEXランク冒険者は世界でも数えるほどしかいない、大抵はFからDランクの層に集まっていて、彼らの大半は家族を養うために敢えて簡単なクエストを選んで、死なないように気をつける。


と、父から聞いていた知識を思い出す。


「冒険者なら今の君の年齢でも登録可能だし、簡単なクエストでお金を稼いで生きていくこともできるだろう。それに不謹慎だが、盗みを働いてもすぐに捕まることがなかった君にはその手の才能があるような気がするのだが、どうかね?」


冒険者か、と考えてみたが今の僕には冒険者以外生きていく術は無いような気がする。とにかく今は生きることが大切だ。


「わかりました。考えてみます。」


「うむ、どちらにせよ、身寄りの無い子供に気づず、追い詰めたのは我々の責任でもある。あの商人には我々から説明して理解してもらえたから安心しなさい。」


「はい」


そう答えながらも、やはり酷いことをしたと罪悪感を感じる。近いうちに謝りに行くべきだろう。


その後は騎士長から僕が身寄りの無い子供という理由で、一ヶ月の間無料で宿屋に泊まらせてもらえることになった。


ほんの数時間前の状況からここまで事が運んだのは騎士長の配慮があってのことだ。本当に騎士長には感謝の気持ちでいっぱいだ。


「ありがとうございました。」


そう言って騎士長室を出ると外には兵士がいて、僕を泊めてくれるという宿屋に案内された。

宿屋に着くと、兵士は


「じゃあもう盗みなんかするんじゃねぇぞ」


と言って早々に去っていった。


僕は緊張の呪縛から解かれるように大きなため息を焚きだすと、目の前にある宿屋を見上げるのであった。

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