女子力(物理)から始まる愛もある

みしょうかん。

第1話・告白パラドックス


高校2年進級とともに行われる文理選択を経て。

クラス替えのあとの新たな人間関係で浮かれた雰囲気も落ち着き。

そろそろ大学受験への道筋が見えようかという頃あいの、若葉が眩しさを日に日に増してゆく4月なかば過ぎの出来事であった。

春らしい穏やかな昼下がり、帰宅の途につこうとしている一人の男子生徒の後方から、何者かがけてくる気配がする。


(またか…)


これから起こるであろう顛末を想像して、その男子生徒、佐々岡大樹ささおかひろきは顔をしかめる。

「まったく、モテる男はつらいねぇ…」と、おどけた調子でつぶやいてみても始まらない。とりあえず、彼は道端の自販機を見て立ち止まったていで、後ろの状況を確かめてみた。

「さて、どれにするかな」と、独り言をしながら横目で追跡者の有無を探ってみる。たたずむ彼を下校する生徒たちが次々に追い抜いて行く。そんな中、あまり見覚えのない、長めの髪をポニーテールにくくった女子生徒がひとり、スマホをいじりながら立ち止まっているではないか。決してこちらを見ようとはしないが、逆にそれが不自然さを際立たせている。少し距離があるものの、わりと可愛らしい顔立ちの女の子であることは見て取れた。そう言えば同級生にこんな子がいたような気もするが、同じクラスになった記憶はない。大樹はしばらくそのまま様子をうかがったが、彼女がこちらを向く気配はなさそうだ。


「やれやれ、今回も俺がお膳立て係ですか。」小さくふっと息を吐き出し、大樹は再び歩き出した。


断っておくが、彼は決してモテる男ではない。これまで彼女という存在もいたことがない。付け加えるならば、別に男が好きというわけでもない。


が。


新学期が始まってすでに2回、同じようなことが起こっている。これはもう立派な異常事態と言えるだろう。


大樹は振り返ることもなく、進行方向と逆向きの、やや鋭角に曲がった横道へと突き進んだ。閑静な住宅街に向かうその細い道は、どうしても遠回りとなるため彼の高校の生徒が入り込むことはまずない。そして、少し進んだその先には変則的な十字路があり、うまい具合に通学路からは死角となるのだ。

そのポイントにさしかかった大樹の後方から、果たして、少し慌てたような足音が聞こえてきた。


「あの、すみませんっ」


タタタ、という軽快な足音とともに大樹の背中から声が掛かった。彼はゆっくりと立ち止まり、そして振り返る。


「わっ…わたし、2組の江口っていうんですけど、もし、あの、よかったらアドレスを…」


その女生徒はこちらに近づきつつスマホを操作して画面を開いているようだった。


「それって、相手は俺で合ってる?」


投げかけられたその言葉に、少女はようやく大樹の顔を直視した。


「え……あ!あれ…あのっ…」


上気していた少女の顔が、驚き、次いで失望に彩られる。別に大樹が悪いことをしているわけではないが、何度見てもこの瞬間はいたたまれないものだ。


「ご…ごめんなさい…」

やがて、すっかり意気消沈した少女が頭を下げる。決して性根の悪い子ではなさそうであった。


「ああ、うん、いいよ。何だか最近よく間違えられるんで。」大樹はさして気にしていない、といった風に手を振った。


「あの…本当に、ごめんなさい…」そう言いながら少女はきびすを返した。元の通学路に向かって、とぼとぼ歩きながら頭に着けたシュシュを外している。たぶんポニーテールは彼女なりの勝負髪型だったのだろう。


「――まあでも、せめて俺の視界から消えた後にして欲しかったなあ」

少女を見送ったあとで、大樹はぽつりとこぼした。


横道にそれたり、人気のない場所に誘導したり、大樹だって好きこのんでこんな回りくどいマネをしているわけではなかった。最初から完全に人違いの告白であると確定していれば、たった一言「告白する相手を間違ってますよ」と、声を掛ければすむ話だ。しかし用件が告白と判明していない段階で、その科白セリフは口にしづらい。さらには、ほんの数パーセント—―いや、あるいはコンマ以下かも知れないが――大樹自身に対する好意がある可能性だって残されている。

フタを開けてみないと分からない—―シュレーディンガーの告白、とでも表現すべきなのだろうか。

そんなわけで、大樹は犯罪者予備軍でもないのに学校周辺の、あまり人目につかない場所に、そして追跡者をそこへ誘導するすべに詳しくなってしまったのだ。まったく、記憶容量の無駄遣いもいいところである。


「さて、行くか」


気を取り直すようにかぶりを振って、大樹はしたくもない遠回りを開始した。


それにしても、と大樹は思う。

この手の人違いが、新学期になってからあまりにも続いている。どうやら女子の間で人気の高い同級生と大樹の容姿がよく似ているらしい。特に後ろ姿の見分けが付きにくいのだそうだ。それほど似ているならば、大樹だって少しはモテても良さそうなものだが、残念ながら彼自身が告白されたことはない。そうすると、「もう一人の大樹」は決して容姿でモテているわけではないようだ。別に人気者と我が身を比べるつもりもないし、さほどモテたいと思っているわけでもないが、何だか人違いされるたびに自分の中身を否定されているようで、どうにもメンタルを削られてしまう。


ただ、ここにきて告白の誤爆が多くなっているのには、実は他にも理由があったのだが、まだこの時の大樹には、あずかり知らぬことであった。




作者より


お読みいただいた皆様、ありがとうございます。初投稿になります。このサイトの、他の作品に色々コメントしているうちに、自分でも書きたくなりました。ひっそり、こっそり、目立たないように続けてゆく所存です。

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