第27話 結末
ヒロヤと護衛者達に動きを封じられている椎名に、妃奈子は驚いた。
自分をあんなに縛り付けていた老人が、このような姿になるとは。
妃奈子は、幼い頃からの恐怖の正体を思う。
妃奈子が恐れていたのは、椎名ではなく、椎名の裏の力だった。
だから今、妃奈子は椎名が怖くない。
ヒロヤが頷く。妃奈子には、ヒロヤの言いたいことが分かった。
「椎名お爺様。私のリングを外してください」
「妃奈子」
椎名の妃奈子を呼ぶ声が、まるで孫を呼ぶ祖父の声のようで、妃奈子は驚き、震える。
「俺が悪かった。椎名ロックの全ての権利をお前にやろう」
「いりません!」
妃奈子は、息を吸い込む。
「あなたから貰うものなんて、ない!」
腹の底から叫ぶのは、生まれてから初めてかもしれなかった。椎名は何故か何も言わない。まるで、言えないかのようだ。
「私は、ゼロからの始まりでいいのです」
妃奈子は、一歩、椎名へ距離を詰めた。
椎名は、しばらく黙った。そして、懐から、一つの金の鍵を出した。
「これが鍵だ。くれてやろう」
妃奈子は、目を見開き、手で口を押える。
生まれてから、初めて解放される時が来た。
椎名が鍵をヒロヤに渡す。ヒロヤが有川に許可を貰い、護衛者達の後ろにいる妃奈子の元へ来た。ヒロヤに抱きしめられ、妃奈子の熱が上がる。ヒロヤの手が、リングに触れる。ヒロヤの右手の鍵が、鍵穴を探す。そして、鍵穴を見つけた。
「妃奈子さん、俺たちは勝ちました」
妃奈子は胸がいっぱいになる。
「私は、あなたに守られることがふさわしい人間になれましたか?」
ヒロヤの笑顔に、涙がつたう。
「初めからふさわしい方でした」
妃奈子は幸せだと思った。今、この瞬間が、幸せだ。
「ヒロヤ!」
護衛協会の人間がヒロヤを呼ぶ。
椎名の手に、スイッチがある。そのスイッチにパスワードを入力するパネルがある。
「これは爆弾のスイッチだ。これを無力化できるのは、リングと同じ鍵だ」
護衛者達が、椎名へ罵声を浴びせる。妃奈子はヒロヤに抱き着いた。
「ヒロヤさん。私はもういいです。あなたがリングを外そうとしてくれて嬉しかった」
涙を流す妃奈子に、悲しみはもう無かった。
「いいえ、ふざけないでください」
妃奈子は、悲しい思いでヒロヤを見る。
「ヒロヤさんや皆さんを犠牲にすることは、嫌です」
「俺達を見くびらないでください。護衛者は、任務を全うします」
ヒロヤは妃奈子を抱き寄せ、耳元に口を寄せる。
「このリングは爆弾でもあります。そうでしょう?」
ヒロヤの言うことを聞いて、妃奈子は涙の止まり、頷いた。
妃奈子はヒロヤに連れられて、護衛者達の前に来て、椎名の正面に来た。ヒロヤが護衛者達を向いて、椎名に聞かれないよう、声を出さずに口を動かす。護衛者達は、少し考えたが、有川が頷いたので、皆後退した。
椎名に、妃奈子とヒロヤが対峙する。ヒロヤは鍵を持つ。そして、妃奈子のリングに触れた。
「いいのか?」
椎名の歪んだ笑みに、ヒロヤはまっすぐに頷いた。妃奈子はヒロヤに頷いた。
かちり、とリングに鍵がはまり、リングの一か所が外れ、脚をずり落ちる。
そして、今から勝負が始まる。
椎名がパスワードを打つ。
妃奈子はリングを掴み、力一杯、椎名に投げる。
空に舞うリングを、ヒロヤのアイキドウ銃が撃ちぬいた。
大きな爆発が、椎名の散弾銃に引火し、さらには椎名の手の爆弾のスイッチにも引火した。
屋上に爆風が吹き荒れた。
♦
椎名の後ろに回り込んでいた護衛者が、すぐに椎名を回収して治療したため、椎名は一命をとりとめた。椎名と共に戦っていた死刑囚達も、無事に刑務所に戻された。
目が覚めたヒロヤは、病院で寝かされていた。爆風に叩きつけられて気を失っていたという。
「妃奈子さんは」
目が覚めて一番に妃奈子の名を呼んだヒロヤに、有川は笑った。珍しく、苦笑ではないまっすぐな笑みだった。
「隣の部屋だ」
妃奈子はヒロヤより軽傷だった。ヒロヤが妃奈子を庇うように抱いていたからだ。妃奈子の左の太ももに、白い輪がある。リングの中だけ日焼けしていなかった、白すぎる肌だ。
「脚が軽いです」
ヒロヤは妃奈子に抱き着いた。二人とも、静かに涙を流して、抱き合い、背を叩き合った。
自分の病室に戻ったヒロヤは着替える時、腹部に包帯が巻かれていることに気がついた。全く覚えが無いので、そっと包帯の中を見ると、刺された痕があった。
「これが刺さっていたんだよ」
有川は、ヒロヤの血がついた妃奈子の髪飾りの破片を出した。割れて、鋭利な角になっている。
「妃奈子さんの善意だったのにな。傷になってしまった」
ヒロヤは、気絶したふりをした男に撃たれかけたことを思い出す。その時、腹部を刺された痛みで動けなくなったために、撃たれるのを免れたと思い出す。
「いいえ。これのおかげで俺は生き残りました」
やはり、依頼者は護衛者に与えられるだけの存在ではなかった。
護衛者は依頼者にたくさんのものを与えられ、そして、それ以上の力で依頼者を守るのである。
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