第25話 桜井妃奈子、闘う
爆発した椎名福助のホテルから、妃奈子はヒロヤに守られながら逃げ延びる事ができた。
その途中でセボーラとアセウガとはぐれてしまったが、二人もきっと無事だと信じる。
「妃奈子さん、ここで護衛協会の助けを待ちましょう」
ヒロヤに頷き、妃奈子はばくばくする心臓を抑えるためにも、息をゆっくり吸い込んだ。
リングを付けられた妃奈子は、リングのない自分を知らない。幼い頃から、この人は私ではなくリングを見ているのねと思うことは数多かった。
リングのせいで護衛が付くことは嫌だったが、ヒロヤだからましだと思った。単純に、いい人だと思ったからだ。
でも、ヒロヤじゃなくてもっと本気の付き合いが無い人の方がよかったのかと、思ったこともある。
妃奈子が諦めたことに、ヒロヤが諦めないことが申し訳なかった。
それ以上に、諦めて、底に沈めた思いを再びかき回すのが怖かった。
ヒロヤを前にして、彼の勇気を前にして、かき回さないという選択はできなかった。
妃奈子のためだけではなく、ヒロヤはヒロヤのために戦っている。それを聞いて、妃奈子は自分が大きな勘違いをしていたことに気がついた。
ヒロヤを犠牲にしていると思うくらいなら、妃奈子も自分の底からの本気で、ヒロヤに向き合えばいい。それだけのことだった。
「ヒロヤさん」
ヒロヤの静かな微笑みが、妃奈子を照らす。
ヒロヤの勇気が、妃奈子が独りで沈めてしまった、本当の思いを浮かび上がらせる。
「リングのせいで、どんな人にも椎名ロックの孫娘だと真っ先に思われることが嫌だったの」
ヒロヤが頷いてくれる。
「感情の浪費なんて、格好つけてたの。本当は、あの人のために泣くこと、怒ることが虚しかったの」
ヒロヤが聞いてくれるから、妃奈子は話せる。
「椎名お爺様が憎くてたまらないの。世界で唯一の物を持っていることを、他社、他国に表明するために、私という金庫を作ったことが、許せないの」
ヒロヤが妃奈子の手を力強く握った。
「お父様への威圧のために私を使っていたことが明らかになったのだから、闘うわ」
「はい」
「もし負けたら……どこか、経済も政治も関係ない所に逃げて、立ち向かったことだけを誇りにして、穏やかに過ごすわ」
「負けません」
二人が向かい合わせになるように、ヒロヤが妃奈子の手を引いた。
「今は、先を考える時ではありません」
「ごめんなさい」
妃奈子は、自分が微笑むことができることが、不思議だった。
「大丈夫よ」
「俺と妃奈子さんで、これからの妃奈子さんを救いましょう」
「はい!」
その時、後ろからヘリの音がした。赤いラインの入ったヘリだ。
「妃奈子さん、護衛協会の助けが来ました!」
ヒロヤが続けて何か言おうとしたが、
「ちょっと、大丈夫なの?」
ヘリの開いた窓から、拡声器ごしの美月の声がする。妃奈子は驚き、信じられずに上を見る。
ヘリが着陸して、鍛えぬかれた四十代の男が出て来た。ヒロヤがその男に駆け寄る。ヒロヤと同じデザインの戦闘服だ。
「妃奈子さん」
ヘリから美月が出てきて、意外にも彼女は妃奈子の手を握った。
「私の護衛の有川の目的は、あなた達の様子を近くから見ること。私はおまけ」
美月は清々しく笑った。
「そのリングが無くなった途端に、普通の成り上がり社長の娘になる。そうなったら、私に会いに来なさい」
妃奈子は美月の手の温かさに泣く。美月が妃奈子を抱きしめる。妃奈子はますます泣いてしまう。
「必ず会いに来なさい」
「行くぞ!」
有川が叫ぶ。
狙われる心配のない美月がヘリから降りた。
妃奈子はもう少し美月と一緒にいたかった。
ヒロヤに手を引かれ、美月から離されて入れ替わりにヘリに乗り込む。
「美月さん!」
ヘリに乗り込みながらも、妃奈子は叫ぶ。
「私は、あなたのことが、ずっと前から好きだったのです! 大人しく、はい、はいと従っていたのは……」
離陸し始める。
「あなたに言いたいことが、たくさんあるから、だから、会いに行きます」
ヘリのドアが閉まり、妃奈子は声をあげて泣き出した。
「ヒロヤさん、きちんと聞こえたでしょうか?」
「聞こえてなくたって、戻ってきて再会した時にまた言えばいいんです」
急上昇するヘリの重力に耐えながら、妃奈子は美月のいた一角を見る。
妃奈子は、美月を好きだった。ただ、何もかも面倒になって、心を使いたくなかっただけだった。
月に照らされた美月の笑みが見える。月のように美しい。
♦
ヘリが椎名ロック本社のビルの屋上のエアポートに着くと、妃奈子は他にもヘリがたくさんいることに気がついた。
「大丈夫です。全部、護衛協会のヘリです」
「挨拶が遅れました。初めまして、妃奈子様」
銃の整備をしながら、有川が挨拶をしたので、妃奈子も挨拶をする。
「椎名氏の暴挙は、うちのヒロヤへの契約違反に値しますから。護衛協会も加勢します」
有川が妃奈子に簡易防護服を着せた。
ヘルメットを被せられる時、妃奈子は右側の水晶の髪飾りを取った。
「ヒロヤさん。これを持っていてください」
ヒロヤは束の間、いいんですかと言いたそうな顔をしたが、妃奈子に頷いて、受け取ってくれた。
有川、ヒロヤ、その他大勢の護衛協会の人間たちが集まった。
その奥に椎名福助と、椎名ロック軍事部門の人間がいる。広大で障害物が無い屋上の、端と端からお互いを見据えている。相手の銃は大きい。
怖がってはいけないと、妃奈子は震える体に力を入れる。泣いてはいけないと、ヒロヤの背を見る。
「妃奈子さん!」
屋上の床ぎりぎりにヘリをホバリングさせている、セボーラとアセウガがいる。
「無事だったのですね!」
「護衛協会から助けてもらったよ。さあ、私達と一緒に乗って」
妃奈子は頷く。
ヘリに乗り込む寸前にヒロヤを見た時、ちょうど彼は振り返り、妃奈子に笑いかけた。
「無力な私ですが、祈っています」
妃奈子はヒロヤから目を離さないように、恐怖に負けて目を閉じないように、見つめる。
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