最年少護衛者と爆弾を付けられた令嬢
左原伊純
第1話 桜井妃奈子、護衛者がつく
国家資格『最高位護衛者』ができてから60年経った2120年、初めて十代の人間が資格を取得した。
♦︎
宝石業界、貴金属業界のお披露目パーティがあと一時間で始まる。
桜井妃奈子は応接間で一人で紅茶を飲んでいた。
鮮やかな水色のドレスを纏い、髪を高い位置で結い上げている妃奈子がモノトーンの部屋に映える。
いきなり後ろのドアが開く大きな音がした。父がばたばたと駆けよってきた。
「妃奈子、テレビ!」
「お父様? そんなに慌ててどうしたのですか?」
父が大慌てでリモコンを掴み、スイッチを押す。
制服を着て、淡々と喋る少年が映っている。
右下のテロップによると、妃奈子と同じ新高校一年生だ。
『最年少の『最高位護衛者』資格保持者が誕生しました! 十五歳! 十五歳です! 名前は橘ヒロヤ君!』
妃奈子は驚いて両手を口に添えた。
「すごいですね! 素敵」
妃奈子は父を見上げた。
父は震えている。
「お父様?」
「大変だ……妃奈子」
父は頭をかきむしる。いつか禿げたら大変よ、と亡き母がいつも笑っていたことを、妃奈子はふと思い出した。
「なにが大変なのですか?」
「今度、妃奈子のボディーガードを担当するの、こいつなんだよ!」
『はい。最年少ということはあまり気にしません。僕はただ仕事をするのみです』
テレビから、少年の淡々とした声が流れ続ける。取り乱す父との落差が面白いが、面白がっては父に悪いかしらと、妃奈子は感情を引っ込める。
『ヒロヤ君の最初の任務は『ハイパワーストーン社』のご令嬢だそうで』
「落ち着いてください、お父様」
父はついに涙目になり、顔を手で押さえた。最年少の橘ヒロヤに私を任せるのが不安なのねと思えば、妃奈子は何も言えない。
『『ハイパワーストーン社』は最近何かとありますよね』
テレビの中の無遠慮な記者の言葉に、妃奈子は眉をひそめる。
父の妃奈子への心配は本物で、令嬢である以前に父の娘である自分はただの人間なのに、会社名で呼ばれるなんて。いつもこうだ。これ以上記者の言葉を聞きたくなくて、テレビを消そうとした。
『最年少だとか、最初の仕事だとか、関係ありません。桜井妃奈子さんをお守りします』
リモコンの電源スイッチを押そうとしていた指が止まった。
橘ヒロヤ。前髪が短く、りりしい眉が見える。一重だがしっかりと開かれた目。
妃奈子の名を呼んだ。
隣で父が心配だと泣いているが、妃奈子はその声に耳を向けなかった。
妃奈子は、画面の中の橘ヒロヤをじっと見つめていた。
♦︎
「おはようございます、妃奈子さま」
「おはようございます。今日も一日頑張りましょうね」
翌朝。
軽く髪を整えて、妃奈子はメイドたちに囲まれて朝食をとる。本格的に髪を整えるのは、朝食を取った後だ。
ハイパワーストーン社の社長、桜井亘の一人娘として、人前に出る時はしっかりとしなければならない。
だが、父が雇ったメイドたちはみな優しく、本当に妃奈子を思ってくれる人達なのでラフな姿で接することができる。
今日の朝食は簡単な和定食。
妃奈子は笑顔でいただきますと言って、箸を取る。その時、初めて見るメイドが目に入った。
「おはようございます。あなたは新しいメイドの方?」
メイドはこくりと頷く。
なんだか不思議な雰囲気の人だと、妃奈子は思った。
「私と歳が近いの?」
またしてもメイドはこくりと頷く。
私に気を使っているのかと、妃奈子は残念な気持ちになる。
令嬢だからといって最初から距離を取られたら、悲しいと思ってしまう。
朝食を食べ終えると、年配のメイドが後片づけをしてくれた。
立ちあがると、先ほどの若いメイドが妃奈子の前に立ち塞がる。
何か私に用事なのかしらと思い、どうしたのと妃奈子が口を開こうとすると、そのメイドはぎゅっと妃奈子に抱きついた。
妃奈子は驚き硬直し、メイドの顔を見ようとするが、がっちりと抱きつかれていて、彼女の肩に妃奈子の顎を乗せている状態なので、見ることができない。
「あ、あの」
妃奈子が問いかけようとした時だった。
激しい音を立てて花瓶が砕け散った。振りむこうとするが、未だメイドに拘束されていてできない。
もう一撃、何かが飛んできた。
花瓶の後ろの壁に銃弾がめり込んだ。
「え?」
メイドが妃奈子を押し倒し、妃奈子は床に押しつけられる。
先ほどまで朝食を食べていたテーブルが倒れた。
もう少しで、メイドも怪我をするところだった。
ようやくメイドが妃奈子を解放してくれた。メイドにお礼を言おうと、妃奈子は彼女をしっかりと見た。
そして、妃奈子はびくっと固まる。
「妃奈子お嬢様、これからお守りいたします」
頭を下げたのは、彼女ではなく彼だった。
本日より妃奈子を護衛する、橘ヒロヤだったのである。
妃奈子はセミロングの髪の、頭の上と横の部分の髪だけを、左右で小さな縦巻き状にまとめる。
こうしないと、髪が広がりすぎてしまうのだ。頭の下の方の髪は、そのまま下ろす。肩に付く程度の長さだ。
ツーサイドアップの結んだ部分を縦ロールにしたような見た目だ。
新しい制服も着た。身なりは完璧だが、心は晴れない。
「行きましょう。妃奈子お嬢様」
顔色一つ変えずに橘ヒロヤが妃奈子を出迎える。
彼も制服を着ている。同じ高校に通うのだという。
「守るためとはいえ、抱き着いたりしてすみませんでした。びっくりしましたよね」
「助けていただいたのですから、気にしていませんよ。あと」
妃奈子はくるりとヒロヤに振り返る。
「お嬢様、だなんてやめてください」
ヒロヤは僅かに目を丸くする。
妃奈子は堅苦しくお嬢様と言われるのが好きではない。
これからいつも一緒にいるであろう彼に、常に堅苦しく呼ばれるのは不本意だ。
「お嬢様ではないですか」
「そうですけど」
妃奈子はなんと言えばいいか、もやもやする。自分が令嬢であり、ヒロヤにとっては護衛対象なのだ。お嬢様と呼ばれるのは諦めるしかないのかしら、とため息をつきたくなる。
「では、なんとお呼びすればいいでしょうか」
「妃奈子、でいいです」
言いながら、妃奈子自身もそれは無理だろうと分かって悲しくなった。
「それは無理ですので、『妃奈子さん』はいかがですか」
ヒロヤの提案に、妃奈子は目をぱっちりと開けて、笑顔になった。
ヒロヤの方から提案してくれたことが嬉しかった。
妃奈子が大きく頷くと、ヒロヤは小さく頷き返した。
護衛者がつくのは嫌だが、ヒロヤだからまだましということにした。
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