28 これからどうすべきか
次の日の朝。私は夫と朝食をともにしていた。
いつ帰ってきたのか。まあ、『魂を安定させるため』の期間は終わったのだから、表面上文句はないんだけど……。
ここからどうするのが一番だろうか、とも思う。簡単に言えば、今の夫の魂は、私のことで一喜一憂して回復したり崩れたりするワケで。理想の状態は、『私がいてもいなくても、安定した状態を保てるようになること』、な、筈。だよね? たぶん。
「……アルトゥール様」
「なんだろうか」
「今夜はどうなさるのですか?」
「今夜?」
「いえ、お帰りになるのかどうか知りたくて。少し、お話ができればと──」
「帰る。すぐ帰る」
すぐて。
「……あの、無理をしてほしい訳ではなくてですね。アルトゥール様の都合がよろしければと」
「無理じゃない。問題ない。いつまでに帰れば良い?」
すごい真っ直ぐな目で見てくる。なんか期待してる目で見てくる。
「……そうですね……」
ベルンハルトをちらりと見れば、何でもない、といった顔をしていた。このまま話を進めても問題ない、ということだろう。
「お休み前に少しのお時間を──」
あからさまにシュンとするんじゃない。あなたはそれでも公爵ですか。
「──いただきたいのですが、……もし、ご都合が合えば、夕食もともにできますか?」
目を輝かせるな。
「分かった。それまでには帰ろう」
あのですね、そのあとどれだけビシッと言ったとして、あの百面相を見てからだと、何も効果はないですよ?
☆
玄関ホールにて。
抱きしめられ、手の甲にキスを落とされ、
「では、リリア」
「はい。行ってらっしゃいませ。……?」
何を物欲しそうな目で見てくる。
が、動かないので埒が明かない。
なんだ、どれだ、どれを求めてるんだ。
「……アルトゥール様」
「なんだろうか」
なんだろうか、じゃないんだよ。
「少し屈んでいただけますか?」
「あ、ああ」
緊張した顔をしながら屈む夫の首に腕を回し、その耳元で。
「お帰り、お待ちしております」
囁くように言う。……夫が固まった気がする。
「アルトゥール様」
腕を外して体を離せば、夫はやっぱり固まっていて。
「アルトゥール様、動いてくださいませ」
頬をペシペシ叩いたら、思い出したように動き出した。
「……あ……あ、ああ……」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくる……」
若干フラフラしながら馬車に乗ったけど、大丈夫か?
そして、ベルンハルトが同乗し、扉が閉められ。
馬車はやっと、玄関ホールから出ていった。
そして私は気づく。
……もしや、明日からも毎日こうしないといけないのか?
ちょっとげんなりしながら自室へ行って、少ししたら、侍女が手紙を持ってきた。そこには、家族や友人からや、全く面識のない方からのものもあった。そして、その手紙たちのうちの三通は、中身を見るのが怖く思える差出人のもの。
いや、だって、王妃殿下と第一王女殿下と第二王女殿下だよ? 相手が相手な上に、昨日の今日のあれで、何が書かれてるかと思うと、怖い。
……しかし、読まないという選択肢は取れない。
「……」
クラウディア様からの内容は、殆ど昨日のことについてだった。私を気遣ってくれている内容で、王族に気を遣わせてしまっているのが怖いけど、クラウディア様なら大丈夫かな、と思えてしまうので、これが国母というものなのだろうか。
そして、王女様方からの二通。お茶に来ないかという二通。どちらも同日。本来なら頭を抱えるところだけど、二人ともそれを分かって書いていらっしゃって、要するに、三人でお茶しましょう、ということだった。
受けない理由はない。ただ、どうして、二人ともが出したんだろう……。試されてるのかな。
「ま、ともかく、お返事を書きますか」
私は便箋を取り出し、机に広げた。
☆
「ただいま、リリア」
抱きしめられ、
「……お帰りなさいませ。アルトゥール様」
私は半ば諦めるように、その背中に腕を回し、労うように、ぽんぽん、と叩いた。
夫は、本当に夕食までに帰ってきた。昨日のあれがあって仕事が滞っていただろうに、無理をしていないだろうか。
「……アルトゥール様」
「なんだろうか」
「ご無理をなさってないですか? 私の都合にばかり合わせていただかなくても良いのですよ?」
体を少し離し、顔を見上げて言えば、夫は微笑み、
「君は本当に優しいな」
私の頬にキスをした。……なんでキスした?
「無理などしていない。君が居ない頃のほうが、仕事に明け暮れる日々だった。それこそ、ベルンハルトに窘められる程にな」
苦笑しながら言われるそれを聞いて、驚いた。
ベルンハルトが止めるほど、仕事一辺倒だったってこと?
「ご自分の体を大切にしてくださいませ」
「ああ、大切にする。今は君が居る」
「え?」
「父のように早死にする気は、今は毛頭ないからな」
軽く笑って言われる、それ。父。前バウムガルテン公爵、ツェーザル・バウムガルテン様。早世された理由は知らなかったけれど、過労も原因の一つだった……?
「……本当に、大切になさってください……」
死なないでほしい。そう思いながら抱きしめ、
「……」
はて、自分はどうして抱きしめたのだろうかと、すぐに体を離した。
「失礼いたしました。では、食ど──んぐっ」
「……君は、ずるい」
ぎゅう、と抱きしめられ、呟かれる。何がずるいか分からないけど、さっきの何かで夫にスイッチが入ってしまったらしい。抱きしめてくる腕の力を弱めてくれない。
「……アルトゥール様、お夕食を」
「……もっと早く帰ってくればよかった。そしたら君と、二人の時間を作れたのに」
そう言いながら、けれど、腕を解いてくれる。
「お休み前に話をする約束ではありませんか」
「……そうだけども……そういうものじゃなくて……」
口を動かしながら、私をエスコートして食堂に向かう夫。無駄に器用だな。
まあ、言いたいことは理解できる。というか、そのためにどうするか、を相談したくて話す時間をもらったわけだし。
けどそう言うとまた食堂までが遠くなるから、何も言わないでおこう。
☆
夕食の時に、第一王女様と第二王女様からお茶の誘いを受けた、と言ったら、「……あの二人……」と、夫が恨みがましい声を出した。
「……なにか問題があるのですか?」
「無い……と思う……が……いや、私が腹をくくればいいか……」
腹をくくるって。
「第一王女様──エルメンヒルト様は穏やかな性格で、第二王女様のフロレンツィア様は華やいだ性格だと、耳にしておりますけれど……?」
私がそう言ったら、夫はため息を吐き、
「いや、うん、まあ大体、その通りなんだが……まあ、会えば分かると思う……」
不安な言い方をしないでください。
そして、夕食後。話をする約束はしていたけれど、やっぱりというか、夫は仕事を持って帰ってきていて、それが一段落するまで本でも読んで待っていようと思っていたら。
「奥様」
部屋の外で誰かと取り次いでいた侍女が、困った顔をしてこちらを向いた。
「どうしたの?」
「旦那様が、今朝約束した話をしたいと。今からでもいいかどうかと……」
「私は良いけれど……お仕事は大丈夫なの?」
「奥様とのお約束を最優先したいとのことです」
「……」
大丈夫か、それで。でもまあ、駄目ならベルンハルトが止めてるだろうし。
「分かったわ」
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