7 少し確かめたいのです

 ベティーナ達の話を聞いて、母にそのことを手紙で尋ねたら、エリーゼの予想通りのことが書かれていた。私を熱い眼差しで見ていた夫に気付いたと。それを帰ってから即父に相談したと。二人はどうすればと悩んで、不敬に当たるのだとしても娘の命を守るためと、バウムガルテン公爵家に手紙を出そうとしたという。娘には近付かないでほしい、と。けれどその前に、バウムガルテンからの使者が来た。


 と、ここまで読んで、そういえばデビュタントの数日後、誰か来たとみんなが騒いでいたけれど、私は絶対に部屋から出るなと、父に言い含められていたな、と思い出す。あの時、使者が来ていたのだろう。


 手紙は、こう続いていた。バウムガルテンの使者はとても丁寧に、突然訪ねてきたことを詫び、爵位が下の伯爵である自分達に最大限の敬意を込めて接しろと、主から仰せつかっている、と言ってきたという。それすなわち、公爵が伯爵を同等に扱うと、その意味を表していた。そして使者は手紙を渡し、帰っていった。父は母とともに、その手紙を慎重に開いたらしい。で、そこに書かれていたことが。


 私を見初めてしまったこと。そして、私を危険に晒すことになってしまったことへの謝罪の言葉から始まったという。そして、けれど、どうか、呪いを解く手段を見つけ、彼女を守るから、彼女との婚約を認めてくれないだろうか、と。


 公爵からの伯爵への申し出。本来ならば、断る訳にはいかない。だけれども、夫は──バウムガルテン公爵は、この話を蹴ってくれても構わない、とまで付け足していた。使者も秘密裏に送ったもの。この話をここで終わらせるなら、私達には迷惑はかけず、私にも一生近付かないと誓う、とまで書いてあったらしい。


 父と母は悩んだという。バウムガルテン公爵の優秀さは有名で、その妻になれば私の生活は安泰だと。けれど、呪いが、彼の枷となっている。妻として嫁いで、果たして私は幸せになれるのか。そして、両親は決断した。この話を断ると。


 断っても、公爵家からは本当に何もなかった。社交界に噂さえ流れなかった。父と母は胸を撫で下ろし──半年後、また家は大騒ぎになった。バウムガルテン公爵が自らやって来たのだ。


 あー、その時も部屋から出るなと言われたっけ、と天地がひっくり返るほど大騒ぎになっていた家でのことを思い出す。


 そして弱冠二十歳の公爵は、名乗ったあと、両親に頭を下げたそうだ。公爵に頭を下げさせるなど、一族郎党殺される。本来ならば。けれど、彼はまるで自分達を──父と母を──自分と対等な関係のように接し、自分の厚かましさを、もう近付かないと言ったそれを覆したことを謝罪した。そして、言った。解呪の方法が見つかったと。そして、それを半年で成してみせるから、どうか私を──リリア嬢を、自分の伴侶として迎えさせてほしいと。

 両親は悩み、答えを保留させてほしいと頼んだ。公爵はそれを受け入れた。

 そして、父と母は悩んだ末、私に問いかけた。


『命を懸けてまで愛してくれる人と、普通の人、どっちと結婚したい?』


「…………言われた……あれか……あれか……!」


 私はその時『君がため、私は世界に嫌われる』という、人知を超えた力を持つために人々に恐れられ殺されそうになっていたヒロインを助け、そのヒロインの力によって自分の命を削られるのもいとわずヒロインのもとに居続けるヒーローとの二人が、厳しい戦いと生活の中愛を育み、やっとヒロインの力を封じるすべを見つけるのだけれど、ヒロインをかばってヒーローは死んでしまい、ヒロインもその後を追うという小説にドはまりしていた。なので、その質問の意図など深く考えず、


『命を懸けてくれる人がいい。最後まで、私のことを想ってくれる人がいい』


 と言ってしまった。しまったのだ。


「私のバカ……! お父様もお母様もバカ……! そんなんで分かるか……! いや分かっちゃ駄目なんだけども……!」


 そして爆速で婚約して婚姻して──どうして爆速なのかというと、私の耳に何かしら入ることを恐れたらしい──夫の呪いが解けるまで、私は約三ヶ月、軟禁状態で放置された。

 ……ちょっと父と母に物申したい。てか、弟もこの話知ってるんだよね? どう思っているか知りたい。


「……ふ、ふふ……ちょうどいい……今はあの人と顔を合わせないから、実家に帰るのにもってこいだわ……」


 私は引き出しから、真新しい便箋を取り出した。


 ☆


 その手紙を読んで、アルトゥールは膝から崩れ落ちた。


「椅子に座っている時に渡すべきでしたね。で、今度はどんな内容ですか?」


 ベルンハルトが書類を片付けながら、全く持ってどうでもいい、そんな声で問いかければ。


「……り、……リリア、が……家に、帰りたい、と……」

「はい?」


 その答えに、ベルンハルトも流石に少し驚いた。


「ちょっと、失礼しますよ」


 呆然としている主の手から手紙を引き抜き、その文面に目を通すと、


「なんだ、そんな大層な話じゃないじゃないですか」


 と、ひらひらと手紙を振る。


「家族と話したいので四日ほど家を空けたい。それだけじゃないですか」

「……本当に」


 アルトゥールは、幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、


「本当に、それだけだと思うか……?」


 絶望した顔をベルンハルトに向けてきた。


「……。アルトゥール様のお考えは?」

「家に帰るだけというが帰ったまま、ずっと実家であるブランケ伯爵邸から出てこなくて、音信不通になり、果てには離婚の締結書が送られてきたりしやしないか?!」

「あー、まー」


 ありそう。ベルンハルトはそう思ったが、そのまま口に出すと恐らく主は再起不能になり仕事が進まなくなるので、別の言い訳を考える。


「では、奥様と話をしてみては?」

「それは、したいが……だが、今は」

「顔を合わせないで、扉越しに話をする。それくらいなら、奥様も許してくださるのでは?」

「……して、くれるだろうか……」

「してくださいますよ。離婚を切り出したのにあなたの生命を心配し、抱き締めてくれたお方ですよ?」

「だっ! から、その話は……」


 アルトゥールは顔を赤くし、慌てたように手を振って、


「……だが……それくらいしかないか……」


 振っていた手を頭に当て、少し唸ると、


「分かった。やってみる」


 力強い声で言った。内容が内容なので、あまり締まらないが。



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