春の湊
貴葵 音々子
春珈琲 惜しむ帳の夜に君
大学入学後にカフェ店員のアルバイトを始めた。モテそうだし、かっこよくない? それに珈琲はもともと好きだった。
大学デビューしたこの金髪もピアスも、初老のマスターはとやかく言わない。店内は常連の客ばかりで、外よりも時間の流れがゆっくりだ。だから新しい友達にはバイト先を教えていない。押し掛けられたら、ほら、ちょっとアレだろ?
閉店は夜の9時。
のぼり旗をしまおうと外に出たら、同僚がさっさと片付けていた。
目にかかる前髪がもっさい黒髪の男。3年前からここでバイトしている、俺の先輩。軽食作り担当。マスターが言うには俺と同い年だ。
学生なのか、フリーターなのか、それすらも知らない。聞いても無視されるんだ。あまり会話が好きじゃないらしい。
「お疲れっす」
「…………」
言葉のキャッチボールって知ってる?
まぁ、俺の人生に関係ないし、気にしない気にしない。
微妙な空気が流れた店先でドアが開き、小柄なマスターが顔を出した。
「新しい豆を取り寄せたんだが、試飲していかないか?」
俺はめちゃくちゃしたい。バリスタの雑誌に載ったこともあるマスターの珈琲は格別なんだ。
でも──となりのモサ男くんをチラ見する。彼はどうなんだろう。この世の全てに興味なさそうな奴だし、帰るのかな。
「……する」
初めて聞いたその声は意外なほど穏やかで。
桜の匂いすら感じたことがないくせに、なぜか春を感じた。
『
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