掌編エッセイ・『#好きな言葉』
夢美瑠瑠
掌編エッセイ・『#好きな言葉』
(これは、今日アメブロのブログネタに投稿したものです)
好きな言葉は無数にあります。箴言、アフォリズム?というのか、この箴言という熟語がすでに「好きな言葉」かもしれないw 渋い、いい日本語だと思う…冗談はさておき、今TikTokというのをよくやっていますが、いろいろな「名言」、すごく心が洗われる、珠玉の言葉を、だいたい長くても一分くらいの間にメッセージや有名人のインタビュー、講演とかの映像で流すシリーズがあって、それをよく見ています。本当に胸を打たれてよく感涙したりする。多分こういう映像や言葉は無数にあって、その中のえりすぐりなんだと思う。デジタル時代ならではの、マッチングアプリとかそれに類した?IT文明の余沢というかそれの「名言版」です。こういう風に細切れに処理でもしないと昔のように例えば「道は開ける」というカーネギーの名言集を買ってきて一週間かけて読む、というような真面目で根気強い人はマイノリティなのかな?「名言」とか見向きもされにくいというのが現実なのか?とか思った。
ずうっとなんとなくそんな風に時代の風潮に流される感じでいて、たまたま庭で雨ざらしになっていた自分の本多数を無精の挙句に疎ましく思っていて?結果たくさん反古にしてしまって、ずいぶん高価な本もあったのに…とか今頃後悔したりしています。が、自分がどうも精神的にずっと不安定で、倒錯的に自罰や自殺的な行動にどうも走り勝ち、なんというかゲシュタルト崩壊みたいな変な状況に陥っているのは、「以前のようにじっくり本を読むという時間を持たないからではないか?」と、そうも思い出した。長年自分の人生は本頼り、読書だよりで、それは必然的な帰結ではあったが、なんとなくデジタルな時代に流されて、アナログ読書をないがしろにしてきたという、そういうことを「進歩」?みたいに錯覚していたけど、自分なんてしょせん読書して絶えず折れそうな心を鼓舞していかないと、植松努さんの名言を心の糧にしていないと、到底持たないようなそういうチンケな奴ではないか?そう悟り直した?だからツツイハスタカだけ読んどくよ!
掌編エッセイ・『#好きな言葉』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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