第八十話  斜め上への罪滅ぼし  ③


 以前も言ったかもだけど、僕たち男子の部屋はとんでもなく初期仕様だ。


 お嬢様たちは各々が家具やら照明やらはもちろん、本とかそれこそゲームなんかを買い足して自分らしい部屋を作っているみたいだけど、あいにくとそんな余裕はこっちにはない。


 一人部屋には机と椅子がワンセットあるだけで座椅子すらない。床もフローリングのままカーペットなんて敷いていない。


『適当に楽にして』


 とか言って座って待ってもらいながらお茶でも用意するのが僕の知る来客対応なんだけど、その一番最初である座る場所はどこが正解なんだろうか。


 この中だとやっぱ椅子だと思うけど、普段から僕が座っているところに女の子を座らせるのもどうかと思うし、かといって床に座らせるのはもっと違うだろうし。


 …………ベッド?


「バカか僕は‼」


 僕の声に驚いた夜空谷よぞらだにさんがビクゥ……! と体を震わせる。


「あの、空森からもり君?」


 いきなりの奇行に逃げ出しても不思議はなかったのに、今の僕が傷心中であり不安定だと思ったのか夜空谷さんは優しい顔で僕の手を取った。


「空森君は、バカですよ……?」

「優しい声でひどいこと言ってる⁉」

「あ、いえその……自信をなくしているのかと思って……」

「僕は別にバカであることを誇らしく思ってないからね⁉」


 僕って言うか自分が馬鹿であることに自信をなくす奴なんてそもそもいない!


 自称バカはたいていが後ろ暗いことを隠している聡い奴なんだ!


「……いや、ごめん。僕がおかしかったのに……。適当に座ってて。何にもないけど飲み物くらいならあった気がするから」

「はい、わかりました」


 そう言って僕は冷蔵庫のほうを向く。


 どのみち正解がわからないんだ。

 どこに座るのかは夜空谷さんに任せよう。


 そう決めて冷蔵庫を開けた。


 さて、何があったかな?

 部屋にある食べ物は僕の手作りだから出せないけど、飲み物は婆さんが気まぐれでくれたものがいくらかある。


 ペットボトルに入った炭酸に緑茶。それとエナジードリンク……。

 エナドリはないにして、炭酸ダメな人って結構いるよね。


 じゃあ、緑茶でいいかな。


「いや、待てよ……?」


 これは本当に出していいものなのか?

 パッケージ的に市販品なのは間違いないけど、僕だから渡して来た庶民用みたいなトラップがあったりしないよね……?


 いやいや、楽観視はダメだ!

 仕入れ先から貰った外部の市販品の可能性がある!


 前に婆さんが言ってたじゃないか。味も見た目も同じだけど、中身は全然別物に仕上がってるって!


 差し入れにどうぞって渡されたものが余っているみたいな可能性は全然あるんじゃないか!


 たしか渡されたときも『自分で飲み切れるだけを適当に持って行きな』って感じだったし、この自分がって部分が重要な意味を持っているんじゃないか!


 そう思った僕はお茶のラベルを凝視する。

 たしか学園用のものには区別のために校章が入れられていたはずだ。


 それがなかったらこれは夜空谷さんに出してはいけないものということになる!


「あれ、あるな……」


 背面の成分とかが書かれている面には百合咲ゆりさき学園の校章がしっかりと入れられていた。


 これがあるならこのお茶は学園内を流通してもいいものということになる。


 婆さんのあれはお高いものを卑しくたくさん持って行こうとするなよって釘だったのかな。


 そんな油断をした時だった。

 僕はそれに気付いてしまった。

 ラベルの下のほうに書かれた日付の違和感に!


 今は五月!

 そしてラベルの表示は六月‼


 期限が迫ったからさっさとなくそうとしたのかと思ったのは間違いだ!

 この六月は……!!


「去年じゃないか‼ というかなんでそんなものがあるんだよ‼」


 婆さんめ……。

 なかなかな物を渡してくれやがったよ!?


 賞味期限はセーフとは言うけどさ!

 僕だって一日二日なら気にしないよ?

 でも約一年はさすがに不安になるんだけど⁉


「あの空森君……本当に大丈夫ですか? さっきからどなたかとお話をしているんでしょうか?」

「いや、そんなことはない! 全然平気!」


 部屋に夜空谷さんがいて緊張しているからなのかな。

 確かに今日の僕は独り言が多い。


 ブツブツと何かを言ってるならともかく全力で叫んだりしてるんだから不気味さも跳ねあがっていることだろう。


 夜空谷さんはもはや僕がイマジナリィフレンドと話しているとか思ってそうなレベルだし。


「ごめん、お茶くらいはって思ったんだけどそれすら用意できなさそう、で……!」


 諦めた僕は夜空谷さんへと振り返りまたしても息を飲んだ。


 僕が自分をバカだと一蹴したというのに、夜空谷さんはあろうことか座る場所にベッドを選んでいた。


 しかも腰掛けるんじゃなくて、完全にベッドの上に乗って、俗に言う女の子座りでちょこんと座り込んでいる。


 僕は立っているものだから、夜空谷さんは上目遣いで僕を見つめていて──


「煩悩退散‼」


 見たものを脳が処理し始めたので、僕は思い切り捻った水道へと頭を突っ込んだ。

 冷たい冷水が浮かれた頭を急速に冷却してくれる。


「あの本当に大丈夫ですか……? いつにも増して様子がおかしいんですけど……」

「うん、大丈夫。本当に大丈夫。なんか色々とゴメン……」


 二人きりの密室で様子がおかしい奴と一緒にいるのは夜空谷さんも怖いだろう。

 いや、僕も僕で必死なんだけどさ……。


 ひとまず冷えた頭で僕は椅子に腰掛けた。


「お茶すら用意できないとは……。ちょっと自分が情けないよ」

「気にしないでください。いきなり来たのは私なんですから、むしろ手土産もない私のほうが軽率でした」


「そんなのいらないって。むしろそういうのは肩が凝るから気にしないで気軽に来てよ」

「そうですか。では今後も気軽に──」


 ピタッと僕たち二人が固まった。

 気軽に部屋に来るのを容認し合うのはどうなんだろう。


 今もまずいけどそれが日常になるのはもっと色々とまずい気がする。


「気軽には来ませんけど……ではたまに」

「……うん。お待ちしてます」


 互いに目を逸らしながら、凄く小さい声で僕たちはひとまずそんな合意をした。

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