僕を嫌うあの子は僕の彼女になるらしい⁉
日比野 シスイ
一章 受け入れる覚悟
第一話 僕を嫌いだと明言する彼女が出来ました。
「あなたのことが嫌いです! 私と付き合ってください‼」
深夜の学園。何故か屋上に呼び出された僕こと
前後の文でこれほど矛盾する告白もないだろう。
わざわざ寮を抜け出し、見回りの警備員を潜り抜け、何故か開いていた屋上のドアを開けた先にいたのはクラスメイトの
月の明かりしかない夜空の下でも綺麗に映える黒髪。吸い込まれそうな綺麗な瞳。街中ですれ違っても思わず振り返ってしまうだろう整った美貌。こんな夜中だというのに、私服で来た僕と違って、夜空谷さんは学園内外でも可愛いと評判の制服姿。
学園内では就寝以外は制服の着用が義務となっているけど、律儀なものだと思わず感心してしまう。
けど、そういう変に真面目なくせに冗談は通じるから、常に周りに人がいる人気者。
今までまともに会話すらしたことがない高嶺の花。
僕にとっての夜空谷さんはそういう相手だった。
でも状況的に考えて、昼間机の中に入っていた差出人不明の手紙は彼女がくれたものと思っていいのだろう。
『今日の深夜十二時頃、校舎の屋上で待っています』
なんて簡潔な文面も差出人がわかれば、いかにも夜空谷さんっぽく感じる。
何で夜中の十二時なんだよ!
もっといい時間はあったはずだろう⁉
絶対にそこだけは文句言ってやる‼
今時珍しいくらい正統派のラブレターをもらっておきながら、ぶっちゃけそんな不平不満しか出てこなかった僕だけど、相手が夜空谷さんとわかればその文句が一つも出てこないのだから、美人はズルいと思う。
……とはいえだ。
「えっと……何かの罰ゲームだったりする? 誰かの指示で僕なんかに望まぬ告白をしてこい的な」
頭を下げて、僕に手を差し出している夜空谷さんにひとまず状況を確認する。
僕なんかに夜空谷さんが告白するわけがない!
とか、そういう後ろ向きな理由ももちろんある。
悲しい話だけど、釣り合ってるか釣り合っていないかで言えば、迷いなく後者だ。
けど、そういう理屈を抜きにして、この告白が彼女の望むべくして行われているものじゃないという確信はある。
なんせ、嫌いだから付き合えと言われている状況なんだ。
困る僕を見るのが目的と思ったほうがまぁ無難だろう。
「そんなことありません! 私は自分の意思で真剣に交際を申し込んでいます!」
「えぇ……」
けど、夜空谷さんは顔を上げるなり真面目な顔でそんなことを言い返して来た。
うっそだ~! カメラを構えた他のクラスメイトはどこなんだ~い?
……っと、疑い茶化したい気持ちはあるけど、万が一があるならば棒に振りたくないというのが僕の本音。
だから、ひとまず気になる部分は目を瞑って、彼女の言葉を信じよう。
真面目に交際を申し込んでくれているなら、あの告白は何かミラクルが起きて冒頭の文面が変わってしまったに違いない。
真剣に交際を申し込んでいるとまで言われたのならば、この状況は紛れもない告白だ。
これ以上何かを勘ぐって夜空谷さんを傷付けるような真似をするのは人としてもダメだと思う。
けれど、告白なんて初めてされた上に、相手は高根の花と思っていた夜空谷さんだ。
喜んでお付き合いします!
そんな感じにすぐにでも返事をすればいいものを、僕は返事の前に余計な確認の言葉を吐いてしまう。
「……僕が好きってこと?」
「違います。嫌いです!」
「どういうことなの⁉」
前言撤回!
良かったよ、確認して!
だって意味がわからないもん!
何が一番わからないかって? 言ってる彼女はいたって真面目な顔ってところ!
これが笑いをこらえているとかだったらギリギリわかるけど、この子は一体何がしたいの⁉
脳内大パニックな僕はあわあわと言葉に詰まってしまう。
そんな僕の態度にしびれを切らしたのか。夜空谷さんは少し眉根を寄せて、僕に向かってビシッと指を指した。
「空森君! 女子がこうして告白をしているんです! ビシッと返事をするのが男の子の務めじゃないんですか!」
「いや、そうかもしれないけど! でも、前提がおかしいんだって⁉ その告白に意味があるように思えないんだって‼」
「私の告白に意味がない……フラれたということでしょうか?」
「いや、そうじゃなくて──」
「そうじゃない! つまり今から私たちは恋人ということですね!」
やだ⁉ この子ったら全っ然話聞いてくれない⁉
嬉しそうな顔で夜空谷さんは僕の手を握る。
こんな状況だというのに、同年代の女の子と手を繋いでいるという事実に顔が熱くなった。
言ってることはめちゃくちゃなのにニコニコと僕の手を握る夜空谷さんを見ていると不思議とこの告白が悪くないものに思えてくる。
もう一度言おう。美人ってズルい。
「これからよろしくお願いしますね、空森君!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ほとんど無意識のまま、僕はそう返事をしてしまった。
気付いた時にはもう遅い。
これで僕はめでたく、嫌われているとわかっている夜空谷さんと恋人関係が結ばれたことになる。
夜空谷さんは満足そうにムフ~っと鼻を鳴らすと僕の手を離し、ポケットからハンカチと透明なプラスチック容器に入った除菌用アルコールを取り出した。
アルコールを手に吹きかけ、念入りに僕と握り合った手をハンカチで拭き上げると、仕上げに除菌用アルコールをハンカチがしっかり濡れるまで吹き付けた。
アルコールでびしょびしょになったハンカチを地面にそっと置き、夜空谷さんはさらにマッチを取り出すと擦ってハンカチへポトリと落とす。
ポウッ……とハンカチが小さく炎を上げ、燃え尽きた。
「ふぅ……処理完了です!」
「もう嫌! こんな関係耐えられない‼」
涙が溢れて止まらない!
あぁ、神様。どうかお教えください。どうして僕は告白されてそれを了承した側なのに、汚物と同等の扱いを受けなくてはいけないのでしょうか‼
「いきなり泣き出してどうしたんですか? 私で良ければ話を聞きます!」
「そっとしといて!」
「そうはいきません! だって……彼女、ですから‼」
「さっきの扱いでよくそんな乙女の反応が出来るね⁉」
うっすら頬を染めながら、恥ずかしそうに俯く夜空谷さんは正直可愛かった。
だが、騙されるな。
この子が僕を嫌いなのは疑いの余地もなく決定事項なのだ!
……けど、不思議な話なんだけど。
夜空谷さんとこうしている時間は楽しかった。
女の子の前だと変に取り繕おうとするのが男の性とか思っている僕だけど、ありのままの僕でいられるというか、居心地が良いというか。
たとえ話を聞いてもらえなくても。汚物扱いされようとも。
……いや、よくよく考えたら嫌だなそれ。
雑な扱いが僕の居場所みたいに聞こえるぞ?
けれど、自然体でいられたのは事実で、僕は夜の校舎に忍び込んでいる不届き者だということも忘れてうるさくツッコミを入れていた。
もちろん、夜にそんな声を上げれば、校舎を巡回している警備員だって気が付く。
「そこにいるのは誰だ!」
校舎へ続くドアから懐中電灯の光が僕たちに向けられた。
その瞬間、夜空谷さんはもう一度僕の手を取ると、校舎の端へと駆けていく。
「空森君は高いところとか大丈夫ですか?」
「苦手ではないと思うけど……」
「そうですか。では私を信じて跳んでください!」
屋上をぐるりと囲うように張られたフェンスの一つ。メンテナンスのために開閉式になっている箇所を夜空谷さんと通過する。
本当なら施錠されているはずだけど、多分これも屋上同様に夜空谷さんが開けておいたんだと思う。
まぁそんなのはどうでもいいんだ。
僕が今気にするのはそんなことじゃなくって──
「ジャ~ンプ‼」
「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉」
屋上から夜空谷さんが足を踏み切った。
手を引かれている僕ももれなく一緒に屋上からダイブすることになり、地面の見えない真っ暗闇の中へと僕たちは仲良く飲み込まれていった。
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