第16話 善田優雅の朝は早い
善田の朝は早い。
それ故に偽善田はその生活リズムに合わせねばならず苦しんでいた。
使用人に5:20に起こされ、ぼーっとしながら朝食をとる。まだ純正の全一は起きていない。
この時、普段の善田なら髪を整えてから飯を取るのに今日は寝癖を付けたまま朝飯を食べようとしていたので、ぼーっとしてる偽善田の髪を使用人らが直す。
そして6:00時からは一時間勉強をする。善田の教科書は丁寧に教科書に付箋やマーカーが貼っており、既に善田が5月にして1年生の後期の範囲まで予習をしてある事が分かった。
当然普段善田が勉強している様なその予習など中身が全一である偽善田には出来ず、そこまで先に予習して何になるんだろうな~と思いながらも昨日の授業の復習をする。まだ純正の全一は起きていない。
7:00に勉強を終わらせ、偽善田は全一の部屋へと向かった。一言だけ言いに来たのだ。
使用人と共に全一が寝ている部屋に入ると、ベッドの上で気持ち良さそうにぐっすり眠っている全一がいる。
「全一君、全一君、おきなさい」
「…ん、なんだよ母ちゃん。もう10分眠らせ……え、あ…」
寝ぼけた全一が目を開けるとそこには善田の顔があり、全一の頭は直ぐに目覚める。
美少女に朝起こされるなど、男なら誰でも夢を見る。それが今叶ったからだ。
だが目を覚まして昨日の事を思い出すと、それも少し冷静になれた。
「も、もう学校行く時間?」
(そうだ、コイツの中身俺だった。でも寝ぼけててそれを忘れてたから、今一瞬胸キュンしちゃったわ…今も結構ドキドキしてるし、俺の心情ぐちゃぐちゃだ。
昨日演技だとか余計なことしてコイツを一度好きになっちゃったせいかな…)
自分に恋をするという自分の複雑な心情はさておき、目の前の偽善田は少し怒っている様に見える。
「今日から私の生活リズムに合わせて、朝から勉強やらなんやらしましょう。だから私と同じく『リアルファンタジー』も23時までね」
(俺だけこんな目にあって、お前だけこの館で自堕落に良い気してるのが気に食わん!)
偽善田は、自堕落な自分と今の自分の苦労の差を考え、全一を自分の元まで引き摺り降ろす事にしたのだ。
「というわけで春川、俺がここに泊まるのは今日限りだ。色々世話になった」
「ちょちょ、待って!やっぱ普段通りの生活で良いからもう少し泊っていって!」
「それは嬉しい話だが、お嬢様を引き摺って歩くなど許せん。
お嬢様も…どうしてそこまでこの男を屋敷に泊めたいのですか。服を乱れてますよ」
帰宅を決めた全一が春川にそれを報告しに行くのを止めるべく、偽善田がしがみついて止めようとしていた。力はそこまで差は無いが、慣れないスリッパを付けていた事から力をあまり入れられず偽善田は廊下を引き摺られていた。
そして善田は一人では心細いので必死に全一を止めていた。
偽善田の事を好きな気持ちがあったので本気で帰るつもりはなかったが、思いの外偽善田が騙されて良い反応をしてくれたのでイジワルを続けている。
「お嬢様、ここは全一様の言う通りにしましょう。全一様が帰るご決断をなさったのですから」
「…こんな時だけ俺をお客様扱いされるとムカつくな。やっぱしばらくは居座る」
「頼む!お嬢様の為にも帰ってくれ!」
両者に「帰れ」「帰るな」と掴まれて言われ、ほんのちょっとモテ男の気分を味わえご満悦な全一であった。
ちなみに帰るか帰らないかの判断は保留にし、学校で決めるという事にした。
学校に出る時間となったので、春川、偽善田、全一は学校の準備をして車へと乗り込む。
この館から出るのにもこの特別な力がある車ではなければならないので、3人+運転手の芹沢が現在車内にいる。
「そういえば俺の制服とかバッグなんていつの間に持って来てたんだ?
シレッと使用人の人に「本日の授業の準備を済ませた鞄です」って言われて渡されたのだが」
「半蔵殿が今朝早朝に盗りに行ったんだ。お前の弟を朝早くから起こすのは気が引けるから、姿を認知出来なくなる土器を所持して無断で入ったらしい」
「うわっ、平気で犯罪犯してるじゃん」
もうさっきの騒動から、春川は偽善田の前でも全一に対して普通に話す様になっていた。
ちなみに館での知らされている全一と善田の関係は、互いの趣味を理解し仲良くなった者というだけで、偽善田が全一の欲情を誘う様な発言をしていた事は半蔵しか知らない。彼も広めるつもりは無いらしい。
春川と全一は何やら色々と話していたが、助手席に座る偽善田は黙り込んでいた。
(今日は善田のフリして学校と館を乗り切りながらも、館でこの家の土器について調べる。かなり大変だな…そして今の俺の協力者は一人、もう一人の俺だ。
二人で協力すればどうにかいけるか?超不安なのだが。
ぶちゃけ善田の友達の名前とか知らんし、どんな話をしているのかも分からないから、乗り切れる気が全くしない)
今日これからの事を不安に思っていた。
だがその不安を漏らせる唯一の相手は今、春川と色々言い合っているのでそれを共有する事は出来ない。
(自分で言うのもあれだが、コイツ協力者としてクッソ頼りねぇ…)
_______________
俺の名前は『花巻 零』、この学校の2年生だ。
そして、イケメンでコミュ力があって面白という事でこの学校で3番目に話題になっている者だ。
俺は昔から一番になるという事に固執している。
小学生の運動会ではわざと自分より駆けっこが弱い相手と組んで一位になったし、中学生の頃の合唱コンクールでは他クラスの歌が上手い者達と前日にカラオケに行って喉を過労させたり、挙げると色々思いつく。
この偏差値50程度の学校を選択したのも、学校のレベルをかなり下げてテストで学年トップを取る為だ。
だから去年、俺はテストの度にこの学校で一番話題の者になっていた。
だが今年ある二人の後輩が入って来てから、俺はその一番の座から引き下ろされた。
1番話題になっているのは、『善田 優雅』という下級生の話だ。
見る者全ての心を掴むルックス、そしてどうしてこんな学校にいるのかと問い詰めたいぐらい身体能力と知力が高い。
初めて俺が全てにおいて自分を上回っていると思った相手で、どうやっても引き摺り降ろせないと思った相手だ。
だが俺はこんな事では諦めず、ある計画を練っている
それは彼女を俺に惚れさせ、恋人同士になって俺の横に置くという計画だ。
これが成功したら俺は完璧超人美少女を惚れさせた男として再びトップに返り咲けるはずだ。
だから今、俺は彼女が毎朝通る駅のストリートピアノである曲を演奏し、彼女の心を鷲掴みにしようと計画を実行している最中だ。
2週間前に、偶然彼女がスマホである洋楽を聞いているのを目撃し、その曲をピアノで弾ける様に2週間ヤダマ電機のピアノを弾けるコーナーでその曲だけを練習した。
ピアノなんて触った事が無かったが、この曲のピアノを弾いている人の手元の動画があったからそれだけを完全に覚えてコピーしたら2週間で弾ける様になっていた。もう出禁喰らってあの店には入れないけど。
もしかすると自分にはピアノの才能があるのかもしれないが、今はそれは良い。今考えるのは彼女を魅了する事だけだ。
そしてストリートピアノの前で待機していた花巻は、善田が春川という友達と一緒に歩いてきた所を見計らってその曲を弾き始めた。
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善田は学校ではお金持ちなのを隠す為、車で直接学校には向かわずに少し遠くの駅の人気が無い所で車を春川と共に降り、その後電車に乗って学校に向かっている。
今日は全一を家に先に送ってから来た。だから今、偽善田は春川と二人っきりだ。
途中で何やらストリートピアノで曲を弾いている者がいたが、知らない曲だし、心に余裕が無かったから偽善田は特に足を止める事なくその場を通り過ぎていった。
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